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Elvish  作者: ざっか
第一章
13/117

手にするために 三


 隠す意味も無くなったし、どうせだから本拠内を見て回るか、というルナリアの言葉にルネッタは素直に頷いた。

 造りはともかく、広さはかなりのものだ。一通り歩き回るだけでもそれなりに時間がかかった。すれ違うエルフ達からはしっかりと視線を送られるものの、敵意も警戒心も感じなかった。ルナリアのおかげなのか、あるいはここが特殊なのか。

 

 大小様々な部屋があったが、基本的には三種類に分けられた。平団員が集団で寝泊まりする部屋。百人長が数人単位で暮らす部屋。残りは隊長以上にのみ割り当てられた個室だ。暖石を初めとした生活用具は全て己で用意するものらしく、同格の部屋同士であっても快適さは雲泥なのだとか。自費で用意するものが居るかどうか、が焦点らしい。

 

 残りは武器防具や各種備品を詰め込んだ倉庫に、台所くらいなものか。娯楽用のあれやこれは存在しなかった。禁じているわけではなく、金が無いらしい。切実だ。

 忘れてはいけないのが、訓練用の空間だった。庭を初めとした外部には、様々な器具が並べられている。剣や槍の訓練用と思しき人形。矢の的。輝く巨大な石もあった。魔術の訓練用らしいが、高いわりにあまり使わないらしい。

 

 敷地内には、居住用となっている建物の他に、もう一つあった。大きさは半分にも満たないが、まるごと一つが訓練所なのだとか。練度のほどが良く分かる。

 二つの建物を繋ぐ渡り廊下で、ルネッタはふと、かねてからの疑問を口にした。


「馬は……」

「なにか言ったか?」

「あ、いえ、騎士団というからには、馬が居るのでは無いかなと思いまして。その割には厩が見当たらないなと。場所が違うのですか?」


 立ち止まる。

 ルナリアの表情が見事に固まった。肩など小刻みに震えている。

 消え入りそうな声で、彼女は言った。


「いない」

「……え?」

「うまはいない。かねがない」


 沈痛な面持ちで告げる彼女の表情が、質問の拙さを際立たせている。

 エリスが、冷静に告げた。


「馬の確保と維持も大変ですし、訓練も特殊ですからね。扱いに加えて、体力維持の魔術を常時馬にかけ続けなければ行けません。さらに馬上で武器を振るい、己の体の隅々まで魔力を行き渡らせるとなると……兵の養成だけで、ざっと歩兵の十倍は金と時間を食います。もちろん欲しいですけども、騎兵。」


 くわっと、ルナリアの目が見開かれた。


「い、良いんだよっ。騎兵は確かに上級兵科だが、最上級兵科では無い。練騎兵と呼ばれる戦闘集団こそが、我らエルフの誇る武の頂。いずれごそっと手に入れるその目標のために、余計な部分に回す金なんか無いんだっ」


 天に向かって訴えるルナリアを、エリスは冷ややかに見つめている。

 練騎兵。確かラディウスの周囲を固めていた重装備の兵をそう呼んでいたと思う。


「あの、練騎兵とは、つまりどういう……」


 ルネッタの疑問に、エリスが答えた。


「単純ですよ。恐ろしく単純です。馬より早く駆け回れて、重騎兵の突撃以上の破壊力を出せる――ようは馬さえ邪魔になるほどに強い個を集めましたと、それだけです。特に資格も家柄も必要ありません。己でそう宣言し、後はそこらの有力者に認めさせるだけの力があれば練騎兵を名乗れるでしょう」


 ふう、と、エリスが小さくため息をついた。


「当然ですが、そんな強者は滅多におりません。才に恵まれた貴族の子が、厳しい訓練を積み、幾度もの戦を乗り越えて、ようやくたどり着けるかどうか、といったところです。我が第七騎士団でその域にあると言える者は……まず団長。次に私。後はジョシュアとガラムくらいなものです。大抵の練騎兵は筋金入りの戦好きですので、金でほいほい釣れはしますが……一人頭、重騎兵のさらに十倍といったところですかね。うちには絶望的な高級兵科です」


 がっくりと、ルナリアが肩を落とした。

 エリスが続ける。


「さすがにと言いますか、練騎兵の集団を組織するなど古老でも容易い話ではありません。普通は数十。良くて百。千に届く練騎兵を集め、文字通りの『練騎士団』を作り上げているものなど、この国中探し回ってもただ一つ。古老中最大の武力を誇るベリメルス家くらいのものでしょう」

「べり……め……え?」


 思わず、聞き返しそうになった。肩を落としたままの彼女の顔を、まじまじと見つめてしまう。

 ルナリア・レム・ベリメルス。それが彼女の名であったはずだからだ。

 ぽつり、とルナリアが言った。


「ベリメルス出の今の古老、私の母の弟だそうだ。まともに話したことは無いけどな」


 目線は反らしたままだった。

 ――身内から暗殺者が送られてくるなんていうのは、貴族であれば当たり前の話なのかもしれないけれど。

 親を知らないルネッタには、その心境の底まで想像することは出来ない。それでも、暗澹たる気持ちになるのは避けられなかった。




 薄暗い部屋。柔らかいベッド。薄い疲れと粘ついた眠気に抵抗しながら、只ひたすらにルネッタは考える。

 様々な武器を見せてもらったが、およそ半数は重くて使い物にならない。とはいえ小さなナイフ一本でどうにかなるとも思えない。

 

 経験が無いので弓は駄目だ。石弓は使えるが外せば終わり、これも駄目だ。そもそも鏃を鈍らせなければいけないのだから、当ててまともに効くのかすら怪しいものだ。

 槍は多少使えるものの、一対一においてはそれほど良い得物では無い。

 メイスの類は刃引きのしようが無いので禁止。斧なんか用途不明なので却下。

 

 結局長剣しか残らないのだろうか。盾は客受けが悪いので禁止されていると凄まじいことも言われたけれど。

 ――何か。

 無いだろうか。相手がどれだけ駄目息子だろうとも、単純な力や速度で勝てるとはまったく思えない。剣にしても、使える、というだけで熟練というわけではまるで無いのだ。どうにか手立てを考えない限り、勝ち目は見えてこないだろう。

 銃は駄目で、それ以外に優位に立てる点はというと――


「あ」


 がばり、と勢いよくベッドから起き上がった。

 部屋の隅に置かれた背嚢をひっくり返す。確か捨ててはいなかったはずだ。こぼれ落ちる品々に混じって、紙に包まれた『それ』が転がってきた。

 さすがに、乾いていると思う。


「なんだよぅ。どうしたんだよぅ」


 寝ぼけたようなルナリアの声。むくりと体を起こしてはいるものの、顔はゆるゆるに溶けている。


「あのっ」

「んー?」

「銃が駄目なのは理解しています。それではこういうのは――」


 思いついた限りを、彼女に一から説明した。閉じかけていた瞼は言葉を聞くごとに開かれていく。

 面白そうだ、と彼女は言った。


「規定に引っかかるかどうかは……まぁ分からん。とはいえ勝ってしまえばどーにでもなるさ。無策で突っ込むよりは遙かに良い。交渉は私が押し切るから、その手で行くとしようか」


 言葉が終わると、ルナリアは抱っこでもねだるように両手を広げた。


「とにかく明日。ほら明日だ。今日は寝よう。さあ寝よう」


 ――う。

 一瞬躊躇はしたものの、誘惑には勝てなかった。散らかした周りを片付けてベッドまで戻ると、優しく毛布の中へと連れ込まれる。

 しっかりと胸元に抱きしめられた。包み込むような柔らかさに根から安心してしまったのか、あっという間に意識は闇へと落ちていった。



 別棟の一階。訓練用の広々とした部屋に三人は居る。人影もちらほらと見えるが、さすがに朝早いからか、数は少ない。

 眼前に並べられた武器を、ルネッタはじっくりと見回した。全て刃を潰した訓練用ではあっても、重さに変わりなど無い。

 長さ。重量。使いやすさ。そしてなにより作戦に見合うかどうか。考えに考え抜いた結論を、実際にそれを取ることによって、エリスとルナリアに示した。


「両手剣……ですか。まぁぎりぎり振れないことは無いでしょうけど」


 エリスの声は意外そうだった。

 銀に輝く刃は手の平程度。厚みもそれなり。超重武器にはほど遠いが、やはりルネッタには重すぎる。

 ――だけど。

 殺すまで戦うわけではない。無力化させれば、それで終わりなのだ。思いついた作戦にもっとも適した武器は何か、悩んだ末の結論だった。

 真上にゆっくり振りかぶり――勢いよく振り下ろす。


「とっととっ」


 体が泳いでしまった。

 少し呆れたような声で、ルナリアが言った。


「……まずは重さになれるところからだな。エリス、本番までルネッタに付いてやれ。業務は分担して私とジョシュアでやる」

「よろしいのですか?」

「今はこれが一番大事だ」


 がんばれよ、と優しく告げてルナリアは立ち去った。

 柄を強く握りしめる。自分自身のこれからも、税の三割という大金も、全てこの手にかかっている。

 見つめ合うエリスの顔は――少し困っているように見えた。


「ええと……では素振りから。一刻も早く馴染ませてくださいね」

「はいっ」


 返事をする。元気な声が出せたと思う。

 



 もっともそんな威勢が続いたのも一時間程度だった。

 腕は小刻みに痙攣し、胸の辺りまですら上がらない。服は汗でぐっしょりと濡れているが、それを気持ち悪いと思う余裕すら無い。

 長椅子に突っ伏したまま荒い息を吐いていると、エリスの手が添えられた。


「じっとしててくださいね」


 そう言って彼女はルネッタの腕を摩った。ぼんやりと発光した手の平に撫でられるたびに、嘘みたいに疲労が抜けていく。


「寝かしておいてあげたい気もしますけど、時間の余裕がありませんので」

「いえ、ありがたい……です……」


 段々とエルフの数も増えてきた。思い思いに人形を切りつけ、剣を振り、あるいは模擬戦を続けているものの、やはりこちらが気になるらしい。

 手を軽く握る。疲労もほとんど回復したようだ。

 椅子から立ち上がる。

 するとエリスは何か思いついたのか、部屋の隅まで駆けると、長剣を一本持って戻ってきた。


「素振りだけしていても役に立ちませんので。私が受けます。好きに打ち込んでください」


 そう言うと、彼女は剣を右手一本で構えた。無造作に立っているだけ、に見えないことも無い。

 一瞬の躊躇はあった。当たるはずも無いとわかりきってはいるが、エリスに斬りかかるということ自体が暗い気持ちにさせてくれる。

 ――でも。

 そんなことを考えていられる状況では無いのだから。

 

 じっくりと、間合いを測る。多少重さにも慣れた。重心や癖も理解した。振れる。使えるはずだ。

 地を蹴る。速さと重さを乗せて、大上段から一直線に。振り下ろされた斬撃は、彼女の赤い髪へと伸びて――。

 堅い金属音と共に、あっさりと止められた。それは良い。当てたいわけじゃない。

 

 なんとも言えない気持ちにさせられるのは、彼女の姿勢だ。右手一本を無造作に折り曲げただけで、足などそのまま真っ直ぐ伸びている。明らかに腰から下などまるで使ってもいない。

 エリスは、少し困ったような顔をして、


「その――本気で切りつけてよろしいのですよ?」

「本気ですよぅ……」


 漏れ出た声は我ながらとても情けないと、ルネッタは思った。

 いったい何回剣を振っただろうか。数えるのも馬鹿らしいほどに叩きつけ、腕が震えれば回復を頼み、再び一心不乱に斬りかかる。

 汗で床に染みが出来るほど振り回したが、エリスに一撃加えるどころか、その足を一歩動かすことさえ出来なかった。

 

 そのエリスはというと、無様なルネッタを見下すでもなく、かといって己の腕を見せつけるように笑うでもなく、どこまでも申し訳なさそうな顔をしているのだから――余計に堪える。


「いえ、その、ごめんなさい」

「謝らないでくださいってば!」


 目尻に涙が浮かんできた。あわあわと慌てるエリスは少しかわいく見えるものの、もう自分が情けないやら疲れたやらで分けも分からず堪能する余裕なんて無い。

 肩を落としてうなだれていると、そうだ、とエリスが言った。


「防御も、必要ですし。ほら、構えてください」

「え、あ、はい」

「良いですか。軽く行きますので、正面に剣を。足を踏ん張り、腰を落として、脇をしめてください」


 油断は、していなかったと思う。仮にもエリス副団長の剣を受けるのだから、万全に万全の意識をむけるべし、という認識はあった。

 それでも、素直に彼女の剣を受け止めて、

 馬車にひかれたと勘違いするような衝撃が全身に奔った時、

 ああ、あのエルフの男や女はこんな力で殴られたんだなぁ、痛かったろうなぁ、と、

 薄れゆく意識の中で、ルネッタはそんなことを思った。




 気絶していた時間は僅かだったようだ。全身に痛みがまるで無いのは、目の前で心の底から落ち込んでいる赤髪の美人が、必死に治してくれたからだと思う。

 むくりと起き上がる。体は軽い。どうやら長椅子に寝かされていたらしい。


「どこか、痛みますか……?」

「いいえ、ぜんぜん大丈夫ですよ」


 笑顔で答える。嘘はついていない。恐怖を感じる暇すら無かったので、心に残るしこりのようなものも無い。それが良いのかどうかはともかく。

 エリスは深いため息をつくと、立ち上がった。


「飲み物を持ってきます」


 足早に出て行く。あっという間に一人で、周りには訓練を続けるたくさんのエルフ達。中々に、居心地が悪い

 ――どうしてようか。

 悩んでいると、突然背後から声が掛けられた。


「よう、人間の嬢ちゃん」

 

 男二人。女一人。皆動きやすい服装で、手にはそれぞれ武器を持っていた。にやにやと笑ってはいるものの――敵意を感じるわけでもない。


「な……なん、で、しょうか」

「そう警戒すんなって。嬢ちゃん、貴族と決闘するってマジか?」

「マ……本気、です」

「ふうん」


 男は小さく鼻を鳴らすと、何かを投げて寄越した。受け取る。どうやら――小さな木の実のようだ。


「食うと多少体力がつく。毒でもなけりゃ腐ってもねえよ。団長達がおっかなくてそんな真似はできねえし、する気もねえ」


 まじまじと、手元を見つめる。上目使いに男へと視線を送ると、ルネッタは小さく頭を下げた。


「ありがとう、ございます」

「いいって。がんばれよ嬢ちゃん。古老のクソ息子をぶっ殺してやってくれ」

「殺したら大変でしょ、馬鹿」


 女の返答に含み笑いを返すと、男は背を向ける。そのまま三人ともどこかへ行ってしまった。

 ――まぁせっかくだし。

 木の実を口に入れる。甘い、ような、すっぱい、ような。おいしいかと言われると難しいが、まずいわけでは決して無く。

 ほんのりと、力が湧いてくる。本当だったのか。

 

 ――なんだか。

 少し、嬉しかった。部外者でもあり、異端者でもあり、そもそもが犯罪者の身だ。あからさまな悪意を向けられ、その結果があの騒動でもあったのだ。敵同然の扱いを受けても仕方ない、と思っていたところに、そうでも無いと言ってもらえたようで。

 どすん、という音。座っていた長椅子が、大きく震えた。何かと思って隣を見ると、恐るべき巨漢が腰掛けている。


「本気か」


 相変わらずの重低音で、ガラムは声をかけてきた。


「も……もちろんです」

「そうか」


 少しの沈黙を挟んで、ガラムが言った。


「だが、このままでは駄目だな」

「え?」


 どういう意味なのか。代弁するかのような声が、背後から聞こえた。


「なぜそう思うのです、ガラム」


 振り返ればエリスが帰ってきていた。手には透明な瓶を持っており、中は薄紅色の液体で満たされている。

 渡された。喉も渇いているので、すぐ飲む。甘さと塩辛さの同居した、恐ろしく不思議な飲み物だった。

 瓶から口を離すのを待っていたのか、ガラムが言う。


「人間、立って剣を構えろ」

「はっ……はい」


 エリスは沈黙している。睨みつけるような視線が怖い。席を立ち、両手剣を胸の高さにまで掲げると、


「打ってこい」


 はっきりと、言われた。否定する理由も無いし、これとて立派な訓練だと思う。

 だから、躊躇無く斬りかかった。

 放った一撃は、恐ろしく優しく、同時に素早く、いなされた。行き場を失った力の所為でたたらを踏むが、なんとか転ばずに済んだ。


「もう一度だ」


 振り上げて、気づく。僅かな、それでいて確かな隙のようなものが、ガラムの構えに見て取れた。吸い込まれるように、剣をそこへと打ち込む。金属音。巧く弾かれたが、今度は体勢は崩さない。

 ガラムが頷き、顎を振る。続けろ、とルネッタは理解した。

 隙を見つけ、打ち込む。横薙ぎに、唐竹に、逆掛けに。導かれた道をなぞるように、次々と剣を振るっていく。

 

 ――まるで。

 見知らぬ剣豪がとりついて、己の体を操っているんじゃないだろうか。そう錯覚するほどに、剣は美しい弧を描き、確かな鋭さを持ってガラムに迫る。

 威力も速度も足りないのは変わらない。半分は勘違いであることは間違い無い。それでも、さっきまでのがむしゃらな動きとは雲泥だと思った。

 ガラムが受け、距離を離した。


「構えろ」


 そして防げ、ということだと思う。

 構え、腰を落とす。振るわれる剣速は、ルネッタにすれば十二分に早かったが――

 高い音が室内に響く。視線、呼吸、事前の動作で、どこに打ち込むのか教えてくれている。それに合わせて剣を動かし、後は必死に握りしめる。お手本のような軌道は、綺麗な型を魅せるようだった。

 ガラムが構えを解く。それを見て、ルネッタも大きく息を吐いた。彼が低く告げる。


「副長」

「なんですかね」


 ちらりと見たエリスの顔は、ちょっと触れがたいほどに不愉快そうだった。

 ガラムが続ける。


「あんたに聞くが、剣とはなんだ。戦いとはなんだ。勝つには、どうすれば良い」

「……はぁ?」


 一瞬考えるように目が動いたが、すぐに答えにたどり着いたらしい。つかつかとルネッタの傍まで来ると、しっかりと両の肩に手を置いて、


「良いですかルネッタ。何よりも強い力で、誰よりも速く斬りつければ、相手は死にます」


 目が本気だった。

 ――それはそうでしょうけども。

 それが出来ない自分のような弱者はどうすれば良いのだろうか。

 重い息をガラムが吐いた。


「この通りだ、人間。エリス副長は化け物じみて強いが、それ故まったくもって教えるには向かん。時間を無駄にするだけだ」

「んなっ!」


 図星、ではあるのだろうけれど、同時に反論も出来ないのだろう。エリスは額に青筋すら立て、頬を激しく痙攣させている。はっきりと怖い。

 ガラムは、しかしひるむ様子も無く、


「俺と変わってくれ。あんたには新兵どもの訓練をお願いしたい。集団での行動を叩き込むのが目的なのだから、問題は無いはずだ」


 その言葉に、エリスは沈黙したままだった。紅の瞳には明かな迷いが見える。


「この人間を勝たせたいだろう。今は何よりもそれを優先するべきだ。違うか?」


 決心がついたらしく、エリスの肩から力が抜けた。どこか悔しそうだった顔に、再び険しさが灯ると、


「私のルネッタに手を出したら粉々にして豚の餌にしますよ」

「あんたと一緒にするな。そんな下らない心配はいらん」


 私の、という部分には触れないほうが良いと思った。


「二時間おきに戻って、人間の疲労をなんとかしてくれ。俺には出来ん」


 すぱりと言い切ると、ガラムは再び剣を構えた。

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