手にするために 二
本拠に戻ると、入り口に巨漢が待っていた。三番隊隊長、ガラム・クィントス。それが彼の名であったはずだ。
岩が擦り合うような声音で、彼は言った。
「捕らえました」
「そうか。白状もしたのか?」
ガラムが小さく頷いた。
そうか、ともう一度ルナリアが言った。声は、やけに空虚に聞こえる。
本拠に入る。食堂扱いとなっている大部屋には、いつにも増して大人数のエルフが居た。テーブルは全て脇に寄せられ、出来た空間を取り囲むように皆が円になっている。
その中央に、二人の男の姿があった。
縛られているわけでは無いが、床へと座らされ、周囲を固められているその様は、まるで囚人だった。
見覚えがある。確か――
「レーン、ピエト。状況は理解しているな?」
ルナリアの声に、二人はびくりと体を震わせた。
――そうか。
思い出した。初めて本拠に来たときに、エリスに『しつけ』をされた二人だ。顔の印象よりも、あの騒ぎの印象のほうが強かったので、どうにも覚えが薄かったのだ。
男の一人が立ち上がった。
「お、俺は、なにもこんな騒ぎにするつもりじゃ……ピエトの奴が言い出したんです。そうだ、奴がそもそも――」
震える声で弁明している。となると、こちらがレーンなのか。
なすりつけるも同然の言動に、しかしピエトは騒ぐことも無かった。ルナリアへと向けられた視線は、睨みつけるようでもある。
流れるピエトの視線がエリスを捕らえた。今度は、はっきりと殺意が見える。それでも口は開かない。
「ことの流れくらいは説明したらどうだ」
「……ふん」
彼は床につばを吐いた。
「二階を歩いていたら、間抜けな女が転んでやがった。良く見りゃ耳が無いじゃねぇか。つまり人間だ。人間は見つけ次第死罪。そうだろう? 罪を見つけた。だから周りに知らせてやった。後は罰が下るだろう。どこが間違っている。あんたの横で殺気丸出しのクソ女がいつもやってることと何が違う」
見られて、いたのか。ルナリアの視線がこちらに向けられる。黙っていたのは間違い無くルネッタの失態だ。
彼女は軽く息を吐くと、視線をピエトに戻した。
「そう思うならば、なぜ正面から言わない」
「はは、笑わせるなよ。そこら中捜しても見つからねえ。副長は毎回のようにメシと水持って二階へ消える。てことは、そこの人間はあんたらの部屋で暮らしてるってことだ。そんな扱い受けてる奴を、馬鹿正直に訴えてどうする。握りつぶすだろう? あ?」
目は血走っていた。もはや開き直ったのだろう。
「いつもいつも目の敵にしやがって。俺がそんなにも悪いか? 重罪になるようなことは何一つやっちゃいねえ。だがそいつは人間だ。存在自体が罪だ。俺は殴られ、そいつは部屋にさえ連れ込まれる。どれだけ気に入った愛玩具だかしらねえがな、差別にもほどがあるんじゃねえのか? 何が第七騎士団だ。無泉も第三市民も受け入れるだ。笑わせやがる」
飛びかかろうとさえしたエリスを、ルナリアが片手で制した。
「本気で、そう言っているのか?」
「当たり前だ。てめえらはそう思わねえのか」
じろり、とピエトは周囲を見渡した。しかし、と言うべきか、皆の視線は恐ろしく冷たかった。
もう一度、つばを吐く。
「ふぬけどもが。英雄気取りの魔女に飼い慣らされたか」
ルナリアが、歩き出した。部屋の空気は凍り付いたかのように固まり、男二人は震えだす。威勢だけはあったピエトの顔にも、はっきりと恐怖が現れていた。
二人の正面へと立つ。ピエトが、対抗するように立ち上がった。
「へ、へへ……言っておくがな、俺たちはもうここの団員じゃねえ。辞めたのさ。新しい就職先だってある」
「辞め、た?」
「そうだ。そうだとも。新しい主、聞きたいか? 聞いた方が良いぜ。そうすれば――」
「では、お前はうちの身内では無いのか?」
「……あ?」
怪訝そうに、ピエトの顔が歪んだ。
「は、ははは、だからそう言ってるじゃねえか」
「味方では無いと。いや、敵だと」
「そうだ、そうだともさ。だが良く聞けよ。心して聞けよ。俺らの次なる雇い主はだな」
喚く男も意に介さず、恐ろしく平坦な声で、ルナリアは言った。
「残念だ」
不思議な音だった。同時に、聞き覚えのある音でもあった。
肉を貫く湿った音と、骨を砕く堅い音が、脳にこびりつく不協和音を作り出す。
ルナリアの突きだした右の腕は、ピエトの体を貫通していた。滝のような血が溢れ、床に真っ赤な池を作る。小刻みに痙攣する体は、違う生物のようでもあった。
悲鳴も、断末魔も聞こえなかった。一直線に貫かれている場所は胸であり、中には最も大事な臓器――心臓が存在するはずだ。
体を突き抜けたルナリアの右手は真っ赤に染まり、指先には僅かな肉片がこびり付いていた。あれが、心臓なのだろうか。
即死、だった。考えるまでも無い。
腕を引き抜いて、強く振る。肉片と血が辺りに地図を描く。ピエトの体が崩れ落ちる。
静かだった。誰も彼も、エリスでさえも、あっけにとられているように見えた。
不思議と恐怖は感じなかった。現実味が、あまりにも薄すぎるからかもしれない。
座り込んだままのレーンが、情けない声を漏らした。下腹部に黒い染みが生まれ、床に広がる。失禁したようだ。
ルナリアがレーンへと向き直った。彼は――もはや笑っていた。
「団長、おれ、おれは……こいつとは……もど、もどります」
「そうか。だが遅かったな」
ひたり、と。血にまみれた彼女の手が、レーンの頭部へと添えられる。
首を、千切った。
風化してぼろぼろになった枯れ木のように。焼きたてのパンをむしるように。
倒れる体。朱が滴る頭部を、無造作に投げ捨てて、
「除隊届けは受理されていない。辞めたいのであれば好きにすれば良い。逃げたいのであればどこへでも行くと良い。しかし無断ならば逃亡だ」
周囲を見回す緑の瞳は、深い森のように暗かった。
「そこの者、ルネッタは人間だ。それがどうした。私は何もかも受け入れてきた。貧民街の第三市民であろうと、明かりも消せぬ無泉であろうと、牢屋にたたき込まれた犯罪者であろうとだ。今までも、これからも変わらぬ。異領協定なぞクソ食らえである。こんな私についてきたお前らが、今更そんなことを気にするというのか?」
静寂の中、ルナリアは続けた。
「単なる好みだけで厚遇していると思うか。彼女は商人と言った。持ち込んだ品々は、お前らにこそ恩恵を与えるものだ。いずれ目にしたその時に、言葉の意味が分かるはずだ。私の命にかけて断言しよう。それでも信じられんというなら、好きにすれば良い」
そう言って歩き出す。エリスに促されて、ルネッタも歩を進めた。初めてここに来たときのように。
扉の前で、ぴたり、とルナリアが足を止めた。皆へと背を向けたまま、落ち着いた声で言う。
「執務室に居る。抜けたい奴は来い」
廊下へと出た。無言で執務室へと向かう途中に、エリスが分かれた。小走りで戻ってきたその手には、ルナリアの服と、濡れた布が握られている。
そういえば、彼女は返り血で真っ赤だ。
部屋に入ると、すぐに彼女は上着を脱いだ。血で染まった上半身を、エリスが丁寧に拭いていく。
着替えが終わり、ルナリアは椅子にこしかけた。エリスが服を持って出ていく。
僅かな間をおいて、扉を叩く音が聞こえた。
「誰だ?」
「俺です」
岩のような声。ガラムだとすぐに分かった。心なしか、ルナリアはほっとしているように見える。
入れ、とルナリアが告げた。すぐに扉が開かれる。
「まさか、お前が抜けたいなんて言わないよな?」
「まさか」
ガラムは笑った、のだろうか。強面が少し緩んだようにしか見えなかったが。
「皆の様子はどうだった?」
「平然としておりますよ。さすがに、奴らの妄言と団長では天秤にならないようで。今は首を引っこ抜いた手際が興味の対象です」
「それはまぁ……匂いがこびり付くまえに片付けてくれよ」
小さく頷くと、ガラムの顔が引き締まった。
「奴らは俺の部下です。俺も罰せられるべきでしょう」
ルナリアは小さく鼻を鳴らした。
「監督はお前か。ならば敵愾心を煽ったのはエリスで、いつまでも処分を渋ったのは私だ。不注意だったのはルネッタだな。お前の首を落とし、エリスを斬り殺し、ルネッタも殴り殺して、最後は自殺でもすれば良いのか?」
「団長、そういう意味では――」
「ガラム」
彼女は目を伏せる。声には力が無かった。
「お前の生まれも育ちも聞いている。ああいう連中に甘くなるのも理解できる。二度は無いが、それ故今回はこれで終わりだ。頼むから、これ以上身内を処分させないでくれ」
「……分かりました」
頭を深く下げると、ガラムは部屋から出て行った。
憂いた顔。少し震えた声で、ルナリアはぽつりと語り出した。
「王都と周囲には徴兵制度がある。はした金で拒否出来る程度だが、皆血に飢えているのか、少なくない人数が兵としてやってくる。それらは均等に騎士団に振り分けられるんだが――当然とでも言うべきか、うちはその対象に含まれていない」
瞳には、はっきりと疲労が見える。
「同時に志願制もあるわけだが……これも大抵は一から六のどこかに送られる。我らが第七騎士団にまでやってくるのは、志願時にはっきりとうちへの所属を希望したものだけだ。過剰な宣伝も禁止。街角で呼びかけるなどもってのほかだ」
髪をくしゃりとかき回して、彼女は続けた。
「そうした面倒な門をくぐって、やってきてくれた連中なんだ。あんな二人だとしても――殺すのは、中々に堪える」
「ですから」
扉が開く音。
声と共に、エリスが帰ってきた。外まで漏れ聞こえていたのか。
「私にやらせれば良いのです。これでも図太さは自覚しております」
「……そうもいかんさ。最後の最後は、やはり私の仕事だろう」
暗い顔。重い声。原因は少なからず自分にある。それが、たまらなく辛い。
ルネッタは声を絞り出した。
「申し訳ありません、わたしの所為で……」
「もういい、ルネッタ」
ぴしゃり、と言い切られる。
「あるいは、これで良かったのかもしれん。奴らが強姦事件でも起こそうものなら、致命的なまでに立場が悪くなるところだった。その前に始末出来た、とも言えるさ」
ルナリアは机の上で両手を組み、顎を乗せた。
「この件は終いだ。何より、お前はそれどころじゃないだろう」
――それは。
その通り、ではあった。文字通り命がけの状況なのだ。とはいえ何をすれば良いのか、今後どうなるのか。
――予想がつかないわけじゃ、無いんだけど。
ルネッタの顔から思考を読み取ったのか、
「じゃあ今後のことを説明するか」
ぱんぱん、と気合いを入れるためなのか、ルナリアは己の頬を軽く叩いた。
さて、と繋げて、はっきりとした声で続ける。
「問題だルネッタ。我らエルフの、最たる特徴とはなんだ?」
「え、と――」
みんなそろって美しいとか、長い耳はとてもかわいいとか。
そういうことじゃ無いというのは、もちろん分かってはいるが。
答えが遅いのが気に入らなかったのか、口をへの字に曲げたまま、ルナリアが席を立った。ルネッタの正面、およそ三歩の距離に居る。
彼女はそっと両手をこちらに向けると、
「え、わ、ひゃっ」
巻き込むような風が、ルネッタの周囲に現れた。流される。足が泳ぐ。前へと倒れ込んだところを、ルナリアに優しく抱き留められる。
目の前まで迫った彼女の顔に動揺しながらも、なんとか答えた。
「魔力……魔術です」
「そうだ」
優しい笑みだった。
「こうした放出ももちろんだが、何より大事なのは身体の強化と維持だ。強い腕力も長い寿命も、全ては魔術あってのこと。故に魔術の扱いが巧みであることは、他の何よりも評価される。崇められる、と表現するのが妥当なほどにだ」
ルネッタを離すと、彼女は再び椅子に腰掛けた。
「身体の強化、維持、そして治療。それらの要素を最大まで引き出し、競い合うに相応しきものは――と、言うまでもないか」
「戦い……ですよね」
頷いて、ルナリアは右の拳を握る。
「精霊に捧げる偉大にして高潔なる決闘、で霊決だったか? 違ったか? まぁどうでも良いな」
「それに、勝てば」
「助かるさ。綺麗な建前付きとはいえ、見え見えの反古老軍団すら作らせてもらえるんだ。お前一人の安否くらいどうにでもなる。悪習ばかりに見えるしきたりとやらも、そう悪いものでは無い」
その、勝つ、というのが最大の問題なのでは無いだろうか。
黒ずくめの剣を受けて、体ごと飛ばされたことはまだ覚えている。ルナリアに殴られたらどうなるかは、あまり想像したくない。
――こんなわたしが。
エルフと正面から決闘。それは自殺では無いのか。
とはいえ、とルナリアが言った。
「絶対に戦え、というわけじゃない。そもそも相手が誰か、どの程度なのかも分からなければ判断出来ないからな。一流どころが出てくるならやるだけ無駄だ。一撃で終わる。その場合は難癖つけて拒否するか、あるいは――」
「どうするのですか?」
エリスが尋ねる。
眉をしかめて、低い声でルナリアが告げた。
「最悪の場合は、直前で相手に病欠してもらうことになるな」
「……あまりにも、あからさまでは?」
「良いんだ。証拠さえ掴ませなければどうにでもなる。奴にも、手伝ってもらうさ」
奴。あの、唯一の古老の協力者だろうか。
「魔力の欠片も持たない人間相手、ということで、そうそう強い駒を出してくるはずも無いとは思うが……とにかく、全ては相手を見てからだ」
その言葉を聞いて、ルネッタは静かにつばを飲み込んだ。
相手は翌日判明した。
まだ朝も早く、鳥のさえずりが聞こえる。三人が居るのは執務室では無く、ルナリアの私室だった。
机の上には一枚の紙が置かれている。縁には装飾が施され、インクには僅かな乱れも無い。
「ラディアラク・レム・レシュグランテ。本家でありながら財産継承権十二位……なるほどな」
そう言うと、ルナリアはちらりとエリスを見た。
「お前が脅したあの小僧だ」
エリスは露骨に不愉快そうな顔をした。
「己の尻を拭かせるのは向こうも同じですか」
「ま、立派な姿勢と言って良いんじゃないのかね。それで、腕はどうだったんだ。思い出せるかエリス?」
「剣を交えたわけでは、ありませんが……」
エリスは顎に手を当てると、考え込むように沈黙した。
口を開く。
「平凡にさえ届かない、と考えて良いのでは無いでしょうか。纏った魔力は貧弱でしたし、殺気などひとかけらも感じません。怯え、固まり、椅子から立ち上がることすらしなかったところを見ると、体術の心得すら怪しいものです」
「継承順位に相応しき力、てところか。納得ではあるが」
ルナリアの瞳が、まっすぐルネッタに向けられた。
表情は、緊張するほどに真剣だ。
「良く聞いてくれ」
「はい」
「相手はどうやら弱そうだ。お前にも勝ち目はあると思う。しかし、それでも決闘だ。命の危険はあるし、勝つにしても怖い思い、痛い思いはするだろう」
ルナリアが、すぐ目の前に立った。
「実を言えば、他にも手はある。お前をうちで囲うだけ、というのであれば何通りか方法が考えられるんだ。命の危険も何も無く、今までどおりに居られるが……同時に、それではどこまで行っても籠の鳥に過ぎない。今回の騒ぎを考えれば、外に食事に行くことさえ困難になるかもしれない」
肩に、手が置かれた。
「命を賭して自由を願うか、危険を避けて部屋に留まるか。決めるのは、やはりお前だ。どう選んでも私は責めない。逃げたからといって冷たくするようなつもりもない。一緒に出歩けないのは……まぁ少し寂しいが」
その顔はずるいと、ルネッタは思う。
――どっちにしても。
選択肢は無かった。思えば、今までまともに選べたことなんて無いのかもしれない。ここまで来たことも、数々の仕事も、拒否すれば死が待っているだけだった。
それでも、今回のは違うと思う。
自分自身が選ぶのだ。他でもない、ルネッタ自身の気持ちのために。
「やります。やらせてください」
「……本当か?」
「エリスさんに連れて行ってもらったお店は、とてもおいしかったです。また行きたいと思います。今度は、三人で。だから――戦います」
ルナリアに抱きしめられた。包み込まれるような柔らかさが、体の隅々までを覆っている。匂いと感触に頭が溶けそうだ。
ぼそぼそと、彼女が耳元で囁いた。
「うーん……嬉しくはあるが、心配でもあるな。どう表現したものだろう」
「痛し痒し、ですか?」
「なんか違う」
ルナリアとエリスのやりとり。あまり意識を向ける余裕は無い。暖かい。押しつけられる体は幸せに一直線で困るような困らないような。
「とにかく、勝てよぅルネッタ。多少時間もあるし、準備は手伝うから」
「ふぁい……」
「ああそれと、銃は無しだ」
「ふぁ……え?」
惚けた頭が、一瞬で正気に戻った。
「規定に引っかかるかは分からないが、何より公にしたくないんだ」
――それは、そう、だろうけど。
ほとんど唯一と言っても良い勝機だったのだ。やると決めたのも半分は銃があるからと言える。
不安が顔に出ていたのか、ルナリアの右手が優しく頬を撫でた。
「そう怯えるなってば。どうせ相手はふぬけたぼんぼんだ」
どかり、とルナリアがベッドに腰を下ろした。
「さっきあれだけ脅しておいてなんだが、とりあえず負けても死ぬことは無い。霊決にも三種類あってな。お前がやるべきはその最も下位……動けなくなるか、降参すれば終わり。殺してしまえば大問題になるくらいだ」
「下位、ですか」
「三等級と言われている。ちなみに二等級は一応死ぬまで戦うことになっているが、敗者の命は勝者に委ねられる。相手次第で殺されずに済むが、統計的には半々だな。そして第一等級だが、これはどちらかが死ななければ終わらない。降伏も恩赦も無い。例外が無いわけでも無いが、基本的には片方が死ぬ」
――なんとも。
まさしく古代の闘技場だった。
「かける『何か』の重要さと、出る者の力に合わせて等級が選ばれる。お前は魔力も魔術も無く、体躯に恵まれているわけでもない。三級で十分だろうと私が望み、向こうが受けた。それはつまり、人間一人の協定違反なぞ大事だと思っていないことの証明だが……ならば無料で市民権くらい寄越せという話だよまったく」
それは少し要求が飛びすぎなんじゃないかと思う。
一つ、気になることがあった。
「あのっ」
「ん?」
「私が負けた場合は、確か税の三割を払うと――」
ルナリアが眉をしかめ、目を伏せた。
「良いんだ。その辺は気にするな」
「で、ですけど」
「余計なことを考えるな。何より、勝てば問題無い」
二の句を継げさせない表情だった。
「霊決では皆、魔術の放出を防ぐ指輪を嵌めさせられるんだが、お前には関係無いな。むしろ好都合だ。防ぐ術を持たないのだから。得物を始め、ある程度の持ち込みは自由だが、三級では刃を潰した武器を使う必要がある。こちらは希望の物を用意させよう」
「好きな武器……ですか」
「本番は十日後だ。準備期間を設けている、というよりも一番の娯楽なので客が集まる時間を作っている、というべきだろうな。剣闘そのものはいつでも見れるが、人間が出るというのは前代未聞だ」
にこり、とルナリアが優しく微笑んだ。
「工夫しろよルネッタ。向こうは舐めている。人間を舐めに舐め腐っている。それは戦いの場において、何にも勝る愚かな思考だと、思い知らせてやってくれ」