続・魔技師レティシャの優雅なる一日
フラムス細工店は第十一地区の隅にある。
第三通りに面したその立地はお世辞にも良いとは言いづらく、客足は常にまばらである。自宅の一階を丸ごと改装した造りにしても、やはりどこか大雑把で快適からは程遠い。
品質は胸を張れると自負しているが、品数のほうに至っては相当に心もとない。凝り性であるレティシャの性格と、主な仕事がまず受注から始まることを考えれば当然の話ではあるのだが。
「ひーまひま」
カウンターに頬杖をつき、レティシャは気だるげにぼやいた。
食事を終え、時刻は見事に昼下がり。だというのに今日訪れた客は寝起きのレナルドのみであった。あくびを噛み殺し、ふと思い出したかのように次製品の発送を紙に書き起こし、まただらりとカウンターへ寝ころんで。
とはいえ、これが普通である。
魔力を原動として動く人形、なぞり流せば自動で開き、閉まる箱。多少の実用性は考えているものの、基本的にフラムス細工店はおもちゃ屋なのだ。
金に余裕のある層が訪れるには十一地区はあまりに遠く、逆に近所に住む第三市民はわざわざ玩具に金をかけようとするものは少ない。
もちろん品は良く、金額は安くを心がけており、買おうと思えばそこらの貧民層でさえ手が届くようにしているのだ。しかしそれも、そもそもこの店に来てくれなければ伝わらないわけで。
ちなみにだが、レティシャ自身の生活費はまるで稼げていない。細工店の売り上げ全て足しても、王への税金を払ってそれで終わりだ。食費が一切捻出できない。
そちらはどうしているのかと言えば――そこはそれ、腐っても第一市民のレティシャだ。暖石や冷石に魔力を籠める日雇い仕事から、砕岩灰の作成などの副業で稼いでいるわけである。少々背伸びして熱石にまで手を出せばだいぶ余裕が生まれるのだが、アレはレティシャの腕をもってしても中々に難しいのだ。今後の課題といったところである。
「ふぁーぁ」
レティシャが大きなあくびをしたところで――丁度店の扉が開いた。
貴重な貴重な客である。思わずレティシャは背筋を伸ばした。
女である。同時に、見知った顔である。常連とまでは言わないが、それなりに足を運んでくれる相手なのだ。
黒の長袖に、白のエプロンのような何か。スカートは太ももが完全にむき出しになるほどに短く、まさに扇情的の一言である。
赤の髪と瞳は脳裏に刻み込むような印象を与え、元から恐ろしく整った顔をさらに引き立てるが如くだ。胸は見事な大きさで、だというのに腰は掴めばおれそうなほどに細く。
男であれば釘付けにされるような美しい女が、それはもう劣情を煽る服を着ている。うっかり裏路地になど迷い込めば、その場で犯されても文句は言えまい――などというのは、彼女が誰か知らないものに限るだろう。
少なくともこの王都で、アレを襲おうとする勇者など一人として存在しない。それは自殺と何一つ変わらないからだ。
その女、つまりエリスはコツコツとブーツを響かせながら店内をゆっくりと散策している。
騎士団の副団長、文句無しの第一市民、特権階級。本来であればこんな地区に用など無いはずではあるが、どうやら彼女は昔この近くに住んでいた、らしい。何やら大暴れしていた時期もあるようで、この街のごろつき共はほぼ例外無く彼女を恐れ、嫌っている。もっとも面と向かって喧嘩を売る奴など、とうにいなくなってしまったらしいが。
「お」
エリスが不思議な声を出して、立ち止まった。棚に手を伸ばして、目当ての品をひょいと持ち上げる。
一言で表すのであれば、トカゲのおもちゃである。手足を短く、丸っこく。可愛さを前面に押し出したそれは、レティシャ渾身の一品であった。
ただしというか、当然というか、想定した客は子供なのだけれど。
どうやらエリスはおもちゃの仕組みにすぐに気づいたようで、とかげの背中を人差し指でそっとなぞった。当然魔力が乗っている。
力を注がれたトカゲはふるふると小刻みに体を震わせた後――びょん、と口から舌を伸ばした。
「おおぉー」
それはもう、嬉しそうに。まるで年端もいかぬ子供のごとき表情である。見ているこちらが微笑ましくなる。
なんでも彼女は、あの手のトカゲやら蛇やらが大好きらしい。要望を受けて幾つか制作した覚えもある。
エリスは手にしたトカゲを裏返し、ひっくり返し、撫でまわし、そして小さく頷いた。コツコツ音を響かせて、彼女はそのままカウンターへ。
「これ、お願いします」
「ありがとうございます」
カウンターの下から木箱を取り出して、緩衝用の布を詰めて、トカゲをそっと中へ。お代を告げれば、彼女は硬貨を取り出してそっと置いた。
木箱を渡す。エリスは受け取る。
にこにこ、にこにこ。それはもう満面の笑みである。邪気など毛先ほどさえ存在しない。これが目を合わしただけで殺されかねないとまで噂される、王都で最も危険な女とは到底信じられないほどだ。
彼女は子供のように愛らしい笑顔のまま、木箱を優しく胸に抱いて――急に表情が変わった。静かに、あるいは固く硬く。
「ところで、レティシャさん」
「どうしました?」
「最近このあたりで、何か妙なことはありましたか。単なる喧嘩でも良い。見慣れぬ奴が歩いていたとか、その程度でも良いのです」
「……いえ」
しっかりと考えた後、レティシャは首を左右に振った。
「そうですか、それならそれで。どうかお気になさらず」
彼女は僅かに頭を下げて、そのまま店から出て行った。
気にするなと、それはそれは無茶な一言を残して。
扉がゆっくりと開く音で、レティシャはどうにかまどろみから抜け出した。時計を見れば既に数時間。エリスに続いて二人目の客が訪れるまでに、それほどの時が必要だったということになる。
その第二のお客様は、なぜか中を伺うかのようにぐるりと見渡して――ようやく店へと入ってきた。
おっかなびっくり、あたりを警戒。おどおどとしたその様子は、まるで小さな悪事を働く少年のようだ。外見からすれば恐ろしく不釣り合いな態度である。
――不思議な日もあるもんだ
金の髪、白の礼服、震えが来るほどに美しい顔。そして先客に負けず劣らずでかい乳。トドメとばかりの、息苦しささえ覚える強烈な魔力だ。抑え込んでいるにも関わらわず、である。
名はルナリア。ある意味ではエリス以上の有名人であろう。
彼女は小動物のように周囲を警戒しながら、足音も立てずにカウンターまでやってくる。
はて、とレティシャは思う。彼女も初めての客ではない。以前に来た時などは、もっと落ち着いた様子でゆっくり品を見回っていたものだが。そもそも強者という言葉の頂点に位置するような女が、なぜこんなにも不安そうなのか――と。
そこでレティシャは思い出した。彼女の前回の来店時、こっそり受けた注文が何だったのかを。同時に、なぜ彼女がわざわざ一人で店に来たのか、その答えも、である。何しろ普段はエリスと一緒にやってくるのだから。
「その……ええと……」
消えいりそうな声で、ルナリアは言う。
「で、出来てる、かな」
「はい、きちんと仕上がっておりますよ」
そう答えると、彼女の顔が綻んだ。が、すぐに頬を染めて僅かに俯く。品が品であることを思えば、当然というべきか。あるいは注文したのに今更照れてどうするというべきか。
「今取ってきますので、少々お待ちください」
「うん、お願い」
レティシャは立ち上がって店の奥へ。二階に上り、自室の隅から目的の品を引っ張り出した。戻って座り、木箱を取り出し布を詰める。この辺りはいつもどおり、手慣れたものである。
「使い方を説明します?」
「い、いや、だいたいわかるから良いよ……うん」
真っ赤な顔で、小さくもごもごと。
彼女が何を注文したのかというのは――あえて詳細は言うまい。震えたり伸びたり縮んだり、丸かったり細長かったり、つまりはその手の品である。何に使うのかは問うまい。誰に使うのかも問うまい。そこは最低限の礼儀である。
きちんと箱の蓋を占めて、彼女に手渡す。受け取ったルナリアはようやく安心したように微笑んだ。それはもう、女であるレティシャがどきりとするほどにかわいらしく。
――ふう
大人気の騎士団長。皆の憧れの騎士団長。そうした評価も、この顔一つで理解できる――と言えれば良いのだけど。
第一より第二。第二より第三。彼女への好意はそうして弱き者になればなるほど強固になる。十一地区の貧民からすればもはや王より高い人気を誇ろう。心情的には第三市民であるレティシャにとってもそれは同じ――とはいかないのだ。
はっきり言えば、好きでは無い。
あまりに完璧な容姿、力。そして綺麗すぎる主張。かえって胡散臭く見える、というのも無くは無いのだが、そんなものは所詮は些末であろう。
単純に、怖いのだ。
敵意も無く、それどころかこうして柔らかく話してくれているというのに、レティシャは心臓を直接握りしめられているかのような錯覚を覚える。
なまじ自身に半端な魔力があり、感知が得意であるからこそ、目の前の可憐な女が余りに規格外の化け物であることが良くわかるのだ。
その気になってしまえば、自分など悲鳴を漏らす暇さえ無いのだろうと。
その恐怖は理屈で埋めることなどできはしない、とレティシャは思う。
「ありがとう」
だからこそ、にこやかに礼を言われると罪悪感をおぼえてしまうものでは、あるのだが。
「また何かあったらどうぞー」
「うん、きっとお願いするよ」
彼女はくるりと踵を返して、店の出口に一歩一歩。なぜかそこで、足が止まり、
「そうだ」
今度は至って真面目な顔。ふ、とレティシャは思う。まるでさっきの繰り返しだと。
「最近このあたりで、何か変わったことはないか? 事件というか」
「いえ特に。至って平和なものですよ」
「そうか。なら……いや、少しだけ気をつけておいてくれ」
それはどういう意味なのか、聞き返す前に彼女は店から出て行ってしまった。
結局その後、客は一人としてやってこず。外は暗く、夜が訪れ。
――まーた内職かぁ
来週の食費をどうするのか、重い難題を頭で解きながら、レティシャは外で店じまいの作業をしていた。
そんなとき、声が突然聞こえたのだ。
振り返ると、通りの向こうから小さな影が駆けてくる。見知った顔が、昼間を繰り返すように。今日は不思議な日だ。
「どしたのクヴィラちゃん。もう夜だぞ」
「あ、あ、あのっ!」
息も絶え絶え、顔は必死に、クヴィラは続けた。
「レオルド、来てませんか!?」
声音、雰囲気。事態の重さは、それで十分察せるというものだ。
「帰ってないの?」
頷くクヴィラの眼尻には、小さな涙が浮かんでいた。




