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Elvish  作者: ざっか
第五章
110/118

波乱の種を手土産に


 ――むーーーぅ

 ルネッタはソファーで一人、唸っていた。ただし決して声には出さず、心の中で嘆くように。原因はあまりに明白で、明瞭で、それでいて打つ手の無い過酷な現実だった。

 

 慣れたはずの執務室は、今日は随分と賑やかだ。何しろ来客が三人も居るのだから当然の話ではある。


「ふふ、ですからこのお菓子は遥々北方から……て、ちゃんと聞いてますのルナ」

「……聞いてますよー。聞いてる聞いてる、うん」

「もう、だったらもう少し気のある返事をなさい。わたくしが拗ねてしまうわ」


 甘えた声で、からかうように。対応がやや冷たく見えるのに、アンジェはとても機嫌が良いようだ。

 ルナリアが腰かけているのは、いつもの団長用の椅子。アンジェが腰かけているのも、ある意味同じ椅子。現れる謎の答えは単純、彼女はルナリアの膝の上に座っているのだ。

 

 さすがに向かい合わせではないものの、まるで姫が馬にでも乗るように――事実として彼女は姫みたいなものだけど――身体を横に傾けて、ルナリアの太ももを尻に敷いている。

 

 彼女は机に置かれた焼き菓子を一つ手に取ると、それを口にくわえたままルナリアに迫る。やんわりと拒否され、抗議の呻き。けれどすぐに諦めて、パキッとそれを二つに割った。

 一つは自分に、もう一つはルナリアへ。口元に押し込み二人で食べる。もぐもぐ。


「ん……おいしい」

「そうでしょう。この甘味が絶妙ですわよね。わたくしの所でも作れないかしら」

「簡単に真似できないからこそ、って気もするけど」

「それもそうですわ」


 談笑し、続きを食べる。仲睦まじく。少なくともここから見ている限りはそう感じるのだ。

 もちろん嫉妬は覚える。割り込みたいなと心から思う。けれど相手は大物も大物、古老の一角であるアンジェその人だ。そんな真似恐ろしくて出来るはずも無い。

 これがルネッタが心の中で唸り続けている原因、その半分だ。

 

 残りの半分は、ちょうど向かい側。ソファーに並んで座っている二人にあった。

 もはや見慣れた、やたらと露出の多い侍女服に身を包んだ赤毛の女エルフ――つまりはエリス。古代の女神のごとき薄布を身にまとった――ただしそれはアンジェも同じであるが――茶髪のエルフ、ようするにエレディア。

 

 彼女がそっと手に持った布を解くと、中から木箱が現れた。開けて取り出すは、こちらも焼き菓子。ただし色は薄く、形は不揃いで、妙に小さい。

 エレディアが、言う。おどおどとした態度で。


「あの……あのね、あなたはとてもお酒が好きだと聞いたの。だからこういうのを作ってみたんだけど、お口に合うかしら」


 恐る恐る一つを手に取り、エリスへと。まるで猛獣に餌をあげる子供か、あるいは内気で奥手な恋する乙女か。

 エリスは少々困ったような顔をしてはいるものの、素直に受け取り口元へ。さくりさくりしょりしょりごくん。


「ん、塩味ですね」

「ええ。そ、そのほうが良いかと思って……ダメだった?」

「いいえ、食べやすくてとてもおいしいですよ」


 にこり、と微笑む。遠くで見ていてどきりとするくらいに。

 エレディアはほっとしたように肩の力を抜いた。


「あの、ね……それ、私が作ったのよ。やり方も教えてもらって、手伝ってももらったけど、私、が……その……うれしい、わ。えへへ……」


 こちらも微笑む。ふにゃりと、頬まで染めて。元から顔は恐ろしく美人なわけで、それはもうかわいい。知らない男が見れば一撃で砕けるだろうし、多少なりとも彼女を知っている身としては別の衝撃が奔る。

 

 ――ぬー……

 割り込めないのはこちらも同じ。なにしろ相手はあのエレディアなのだ。人間であるルネッタが何かしようものなら、どういう反応を示すやら。

 悶々とする。それはもう悶々としている。それを察したのか、あるいは単なる偶然なのか、突然横から声がかかる。


「ルネッタ殿」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 思わずあげた声に驚いたのか、その相手――ディアは一歩後ずさった。

 とはいえ気にした様子もなく、彼女は手元のカップをそっと差し出すと、


「お茶が入りました。どうぞ」

「あ……ありがとうございます」


 アンジェのお付き。その言葉にはあまりに多くが含まれている気もするけれど、こうした給仕の仕事もきっと手慣れたものなのだろうと思う。なにしろ手伝いを申し出てもやんわりと拒否されたくらいなのだから。

 ディアがなぜか自嘲気味に笑って、


「申し訳ありませんね。突然で」

「いえ、そんな」


 返答に困る。ゆえに無難な言葉しか出てこない。

 とはいえ、と思う。

 一体彼女たちは何をしにやってきたのか、当然の疑問なのは確かだ。

 それは三人とも同じだったのか、菓子を食べ終えたところでルナリアが静かに切り出した。


「ところでアンジェ、今日はいったいどんな用件で来たのかな」

「あら愚問を。あなたを愛でに、あるいはあなたに愛でられにきたのですわ」

「……それは良いとして、本音は?」

「まぁ失礼な。これは心からの言葉であって……って、そんな面倒そうな顔をしないのルナ。わたくしだって傷つきますわよ」

「それは謝る……で、本音」

「むう」


 ぷくっと頬を膨らませたのも一瞬、アンジェの顔つきが変わった。それはまさに、支配者としてのものに見える。


「ディア」

「はっ」


 忠実な従者は声だけで全てを察したようだ。ディアは部屋の隅に置かれたままだった『布にくるまれた長い何か』を手に取り、中央にあるテーブルに置いた。

 なんとなく想像はつく。それはルナリアも同じだろう。だから彼女はちらりと視線をエレディアに向けて、


「アンジェ」

「良いのですよ。彼女は既に、こちらがわですわ」

「……そうか」


 言葉の意味を皆が理解し、部屋が少し静かになる。

 その中で一人動くのはやはりディアだ。彼女がそっと布を解けば――現れたのは木と鉄で作られたらしき、長い棒。

 

 引き金の無いそれは、けれど銃以外の何物でも無いように、見えた。

 アンジェがルナリアの膝から降りて、中央まで歩く。そして今度はテーブルに腰かけた。

 彼女は置かれた『銃』へと手を伸ばすと、愛撫でもするかのようにそっと撫でる。そして言うのだ。裂けるような口元に、身震いするような笑みを刻んで。


「出来はそれなり……いえ、急いだわりには予想以上かしら。何にしても言葉では伝わりきりせんわね。試射の一つでもしてみてはどうかしら」

「そう、だな」


 ルナリアも席を立った。


「音の問題もある。試し撃ちは地下でやろう」

「地下?」

「ああ。前にこっそり作らせたのがあってね」

「ふうん。あなたも色々と企んでますのね」


 くすくすと笑って、アンジェも立った。当然の流れとして皆も一斉に。ただしルネッタだけは一瞬遅れてしまったけれど。

 部屋を出て、廊下に並び、


「おっと」


 ルナリアが声を出して、こちらへと振り返った。


「忘れ物。エリスはアンジェ達を地下の訓練場まで案内しておいてくれ。ルネッタはちょっと私の後に」


 エリスと一緒に頷いた。皆は廊下をてくてくと、ルナリアとルネッタは再び執務室に。

 ルナリアに促されるままに先に部屋に入ると、背後では扉を閉めるわずかな音が響いた。

 なんだろう、と思う暇も無く、柔らかで暖かな感触が背中に伝わる。


「え? え?」


 ルナリアに後ろから抱きしめられている、らしい。彼女の大きな胸が背中でつぶれて、細い腕が腰からおなかまで回されて、頬は頬にすりすりされて。


「なんとなくね。なんとなく」


 優しくそう言って、もう二回ほど頬ずりをして。

 ルナリアは背中からそっと離れた。振り返って顔を見る。彼女はわずかに頬を染めて、にへらといたずらっ子のように笑っている。

 

 そんな顔、残った感触、甘い匂い。それだけで、たまったもやもやが消えて行ってしまう、気がした。

 我ながら単純すぎるとは思う。


「じゃ、行くか。待たせると何言われるかわからないし」

「はいっ」


 わざわざこんな手間を割いてくれる。それだけでうれしい。それはもううれしい。

 あの新しい『銃』がもたらす何かさえ、考えずに済みそうなくらいに。

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