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Elvish  作者: ざっか
第一章
11/117

手にするために 一


 薄暗い部屋の中で、触れ合うエリスの肌だけが、やけにはっきりと感じられる。

 あの騒ぎからどうやって帰ってきたのか、ルネッタはあまり鮮明に思い出せない。

 

 声。混ざり合う沈黙と喧噪。指される幾つもの指。見開かれた瞳。興味、驚愕、嫌悪と好奇を含んだ視線。

 つけ耳をむしったはずの男は、もうどこかに消えていて。駆け寄ってくるエリスの顔に殺気は無く、後悔に歪んだ表情は酷くルネッタの罪悪感を膨らませる。

 

 被せられるフード。カウンターに幾つもの硬貨が散らばる。手を引かれ、抱きかかえられ、帰り道を駆け抜けていく。

 空は暗く、それでも道は明るくて。エリスの胸に抱かれたまま、風を切るように帰路について。

 現実感は、薄かった。

 

 本拠の空気は何も変わらず、全てが夢のようでもあった。

 エリスの部屋に連れてこられる。鍵をいやにしっかりと確認して、彼女が部屋から急ぎ出て行く。

 二時間ほどぽつりとひとり。帰ってきたエリスの顔は、まるで泣きそうに見えてしまった。一言も交わさず、一緒にお風呂に入る。狭い。必然的に触れ合う柔肌に、だけど高鳴る鼓動は無くって。

 出て、拭いて、ベッドに入る。

 彼女の手が伸びてきて、これ以上ないほどしっかりと抱きしめられる。頭を抱えられて、耳元で呟かれる。


「ごめんなさい」


 まどろみに包まれる中、その言葉の意味を、ぼんやりとルネッタは考えていた。

 

 目が覚めた時にはもうエリスは居らず、冷たい水で喉を潤し、顔を隅々まで洗って――ようやく、何もかもを認識出来た。

 足が震えた。

 これほどに強い震えは、記憶にある限り三回目だった。一つ目はこの『仕事』を言い渡されたとき。二つ目は雪山をその目で見たとき。どちらも最近であることがおかしく思える。

 

 黒ずくめに斬られた時は、思えばこれほど震えなかった。あるいは震える暇も無かったのか。人の世で幾度も味わった死の危険にも、ここまで怯えていなかったはずだ。

 目前に迫る死よりも、遠くに、しかし確実に見える死のほうが恐ろしく感じてしまうのか。

 

 不思議だな、とルネッタは自嘲気味に笑った。少し寒い。両手で自分の肩を抱く。

 扉が開かれた。エリスが立っている。


「団長が帰ってきました」


 着替えて、彼女の後に続く。どうやら執務室で待っているらしい。飛び上がるほど嬉しいことのはずなのに、喜ぶ余裕が心に無かった。

 もうフードは被っていない。エリスも特に何も言わない。

 誰ともすれ違わなかったので、あまり意味は無かったのかもしれない。

 たどり着いた。扉を開けて、中に入る。

 ルナリアは、中央の椅子に腰掛けていた。


「やってくれたな、エリス」


 重々しい彼女の声が、静かな執務室に響き渡った。

 机に置かれた手は硬く握りしめられている。鋭い瞳、結ばれた口元。胸中を想像するのが、怖かった。


「申し訳ありません」


 深々と、エリスが頭を下げる。それを受けて、呻きともため息ともつかない音がルナリアの口から漏れた。


「お前の事情も心情も、良く理解しているつもりだ。四対一、先に手を出したのはあちら、向こうの横暴な行動、と……聞いた限りでは一定の正当性もある。だから、暴れたことに関しては何も言う気は無い。どう転んだとしても、自分の尻くらいは拭けるだろう。お前一人ならな」

「……はい」

「連れ出すなとは言わん。暴れるなとも言わん。だが同時にやるのは論外だ。そもそも――」


 自然と足が一歩を踏み出していた。ルネッタは声を必死に絞り出す。


「あ、あのっ」


 怪訝そうに、ルナリアがこちらを見た。


「わたしが外に出られなくて息苦しくてですね、それをエリスさんが何とかしようとしてくれて……それに、店でのことだってわたしが頼んだようなもので、そのっ」


 庇っているわけじゃない。全部が嘘でも無い。せめて出来ることをしたい。エリスだけに責任があるとは思っていない。なのに巧く言葉に出来ない。それが――悔しかった。

 ルナリアが小さくうなった。目を細め、ちらりと視線をエリスに流すと、


「……お前はこんな娘を巻き込んだわけだ。実感が湧いてきたか?」


 沈痛な面持ちで、エリスが頷いた。


「まあ良い、済んだことだ。今は目の前にある問題を何とかしないとな」


 そう言うと、ルナリアは机に一枚の紙を置いた。

 エリスが尋ねる。


「それは?」

「異領協定の最初の条文だそうだ。ついでに幾つか悪知恵も授かってきた。策に移す前に見つかったゆえ、半分はもう使えないだろうが――逆に言えばまだ半分残っている。荒っぽくなるかもしれないが」

「荒っぽく、ですか」


 ルナリアの言葉に、ルネッタは少し裏返った声で答えた。気にはなるが、余り良い予感もしない。

 ところで、と彼女は続けた。


「ルネッタのつけ耳をはぎ取ったのは……その……やっぱりあいつか?」

「私も後ろ姿しか見えませんでしたので、断言は出来ませんが」

「ルネッタはどうだ。見覚えのある奴だったか?」

「それは……ごめんなさい。気が動転してて、よく覚えていません」


 ルナリアは大きく息を吐くと、だらりと椅子に座り直した。


「散々言っておいてなんだが、私にも大きな責任があるかもしれないな、これは」


 どういう意味なのだろう。尋ねようか悩んでいると、ルナリアが椅子から立ち上がった。


「さて、それじゃ向かうとしますかね」

「どこに、ですか?」

「城にだ。昨日の件で呼び出されてるんだよ。無論エリスと……そうだな、ルネッタも来い。今更隠す意味も無い」


 ルナリアが、じ、とエリスを見つめた。


「今日は暴れるなよ」

「もちろんです。ところで、誰からの呼び出しなのでしょうか」

「ぐーぜんにも、お忍びで、東方へとおいでくださっていたレシュグランテの第二財産継承者――つまりは立派な次期古老候補だ。昨日の小僧とは大違いだぞ」


 表情は涼しげに、しかしエリスは指の色が変わるほどに強く、拳を握りしめていた。




 さすがにというべきか、外ではフードを被っていた。

 ルナリアとエリスの姿はどこにあってもよく目立つが、向けられる視線の理由は違うと思う。

 もう、噂になっているのか。遠巻きに見るだけで寄ってこないのは、やはりこの二人と居るからだろう。今一人になったらどうなるか――想像したくもなかった。 

 

 城にたどり着く。

 あまりにも、大きかった。門など巨人が通るために作られているとしか思えない。

 当然石作りではあるが、色は全てが純白だ。艶やかな表面はまるで水に覆われているようで、単に大理石で組み上げたというわけでは無さそうだった。

 立派、などという言葉で表して良いものだろうか。これで王の力など国の頂点では無いというのだから恐れ入る。

 

 ルナリアが、門番に軽く手を振る。それだけで門が開かれた。角度が変わったことにより、また一つ気づく。

 縦横共に巨大な門だったが、厚みがまるで無い。攻城槌の一撃で割れてしまいそうだ。

 

 中に入った。

 煌びやかな廊下が奥へ奥へと延びている。行き止まりは階段になっており、そのまま二階へと昇れるのだろう。兵士らしきものの姿もちらちらとあった。ルナリアとすれ違うたびに背筋を伸ばして、続けてルネッタを怪訝そうに見る。申し合わせたようにみんな同じ反応だった。

 左右には幾つもの列柱が立ち並び、脇は吹き抜けになっている。外には緑も鮮やかな庭が広がっていた。

 とても美しい。だが、同時にそれだけの建物でもある。

 

 ――やっぱり。

 この城の構造も、堀が無いことも、低地に作られたことも、今ならば推測出来た。

 つまりは、防衛拠点として、軍事施設としての城を作り上げることが、許されなかったのだろう。最初の手綱は全て古老が握っていたはずなのだ。余計な力を与えすぎるのは愚策である、と。

 ルナリアの話を聞く限りは、そうそう古老の理想通りには行かなかったようではあるけれど。

 

 いっそ開き直って全てが宮殿のようになっていないのは――最後の抵抗だったのだろうか。

 ルナリアが列柱の間を抜けて、庭に出た。小走りで追いかける。踏みしめた草が、さくさくと心地よい音を立てた。

 大きな池。色とりどりの花畑。さながら妖精の楽園に、複数の姿があった。

 

 一人は背を向けている。目にも鮮やかな刺繍の入った赤い礼服を身に纏い、腰には長剣を提げていた。金貨のような髪は背中まで届くものの、肩幅からすれば男性だろう。

 周囲には、警護と思しき兵が十名居た。黒光りする甲冑は見事と言うほか無い造りだ。顔の全てを覆う兜には、仰々しい羽根飾りまでついている。

 

 何よりも目を引くのは、手元だった。太股ほどもある横幅と、ちょっとした槍とさえ言える縦幅の、まさに大剣だ。全て鞘から抜き放たれて、漆黒の刀身が庭へと突き立てられている。柄に両手を掛け、ぴくりとも動かない十の影は――もはや臨戦態勢にしか見えない。

 貴族と思しき男が、振り返った。

 堀の深い顔立ち。鋭い目。年齢は、人間で言えば三十半ばから四十だろうか。もちろん見た目通りでは無いだろう。一桁違うかもしれないのだ。


「これはこれは……久しいですな、ルナリア・レム・ベリメルス騎士団長殿」


 刻んだような笑みが浮かぶ。作り物かは分からない。

 ごくり、とルネッタはつばを飲み込んだ。確かに昨日の貴族とは、まるで迫力が違う。纏った雰囲気は針のようで、一対一で正対すればまともに声も出せないと思う。

 ルナリアが頭を下げた。


「ラディウス卿、この度はお手数をおかけ致しました」


 釣られるように、ルネッタも頭を下げる。エリスも同様にするかと思えば――彼女は一歩を踏み出していた。

 何をするのかとはらはらと見守っていると、改めて、深く深く頭を下げた。


「誠に申し訳ありませんでした。今回の責は、全て私にあります」


 ラディウスの顔の皺が、ぴくりと動く。

 穏やかな声だった。


「顔をあげられよ、エリス副団長殿。今回の件は我が不肖の息子にこそ責がある。レシュグランテの面汚しである。致命となるほど名を貶める前に止めてくれた貴殿に、非などあろうはずも無い」

「……ですが」

「よい。数の差、理由、共にエリス殿を非難するものなどおるまい。いっそ殺してくれたほうが良かったのかもしれぬな。かのエリス・ラグ・ファルクスの手にかかったとなれば、愚息にも最後に箔が付いたというものである」

「そんなことは」

「なにより、貴殿はあの馬鹿息子には手を出して居らぬ。なぎ倒された護衛共は、自身の弱さこそを恥じさせるべきであろう」


 ラディウスが、背後の兵へと声をかけた。


「各自、部屋に戻れ」

「しかし」

「命令である」


 その一言で、反論は消えた。

 一糸乱れぬ動きで十名の兵士は剣を引き抜くと、城の中へと戻っていく。金属の擦り合う音は、不思議なほどに小さく、少ない。

 庭に残ったのはラディウス一人だ。ルナリアが口を開く。


「見事なものですね。我が団員では、ああはいきません」

「ルナリア殿にそう言われるのは、中々に喜ばしいことですな」


 ラディウスは、微笑んでいた。


「今は私の護衛ですが、本来は錬騎兵でしてな。ようやく数が百に届き、軍団としての運用が可能になったのです。金も手間もかかりましたが、その分の働きは出来ると信じております」

「それは素晴らしい。我が第七騎士団においてもいずれは……と言いたいところなのですが、なかなか」

「はは、金食い虫ですからな。しかしルナリア殿、団としてはともかく、あなた個人としてならば驚異に映らないのではありませぬか?」

「……と、言いますと?」


 すぅ、とラディウスの目が細まった。


「先ほどの十名は、我が手駒においても最精鋭ですが……さて、ルナリア殿お一人で全員片付けるとして、どれほどの時が必要でしょうか」


 ルナリアが、沈黙した。

 とんでもない質問だと思った。波風を立てずに返答する方法などあるのだろうか。

 言葉を選ぶかのように、ゆっくりとルナリアが言う。


「ラディウス卿もひとが悪い。一目で精鋭と分かりますが、深層までは手合わせをせねば測れない。答えようがありません」

「ふむ……まぁ仕方無い。時を改めましょう」


 恐ろしいやりとりが無難に過ぎると、エリスが口を開いた。


「ラディウス卿、お願いがございます」

「何か?」

「繰り返すようではありますが、この度の騒動は私が原因です。どうか、店のものには――」

「こちらこそ繰り返すようではあるが、責は我が子にこそある。この件において、民を罰するようなことなどあるはずもない。ご安心召されよ」


 にこり、とラディウスは優しく笑った。

 ――思ったよりも。

 恐ろしいひとでは無いのだろうか。

 さて、と一言告げると、ラディウスは姿勢を正した。


「本題に入りましょう」


 ちらり、と。

 射貫くような視線が、ルネッタに向けられた。


「それ、が問題の人間ですか」

「はい。エメス山で拾いましたが、国境はすでに越えておりました」


 ルナリアの返答に、ラディウスは顎を摩って小さくうなった。

 表情は柔らかく、声音も穏やかに、彼は告げた。


「斬首ですな」


 ほんとうに、あっさりとした発言だった。一瞬内容が分からなかったほどだ。


「ラディウス卿、それは――」

「法である。遵守せねばなるまい。心配なさらずとも、あなた方第七騎士団が罪に問われることなどありませぬ。人間如きのために、汚して良いものでは無い」


 斬首。処刑。死刑。鈍く体を叩かれたようで、しかし不思議と妙な浮遊感もある。

 飲み込めていないだけ、かも、しれない。

 ルナリアが、大きく深呼吸した。


「異領協定における、始まりの条文を拝見しました」

「ほう」

「エルフが人間の国に渡れば死罪。人間がエルフの国を訪れれば死罪。それは間違いありませんでしたが、その責務を負うのはあくまで人間の国だけ。立派な不平等条約だったわけですね。つまり、裁く権利はあっても、裁く義務を我らは持たない」

「詭弁であろう。義務と言うのであれば、生かす義務も送り返す義務も無い。超えれば死罪である。それを守ることにどんな問題がありますかな?」

「ありません。ですが、絶対では無い」


 ルナリアが、す、と指を立てた。


「付け加えるならばもう一つ。条文を細かく確認したところ、二百年ごとに見直し、相応しい形となるよう更新するべしとありました。しかし実際にそれが行われたのは次の一回のみ。交渉相手となるべき人間の大帝国が滅んだからだ、と聞きましたが……その真相はこの際どうでも良いでしょう。大事なのは、更新が行われていない、という点であります」

「それも、詭弁である。現に協定は機能しており、互いに尊重している。さらに言えば、更新が必要という記述はあるが、更新しなければどうなる、という記述は無いのだ。その取り決め自体、無意味なものであったと私は考える」

「平行線ですね。しかし、それは考慮の余地が存在する裏返しでもあります」


 ルネッタの肩に、ルナリアの手が置かれた。


「失礼ですが、ラディウス卿。この件に関して、あなたに与えられた権限はどれほどのものでしょうか」

「……私の決定は、そのままレシュグランテの決定だと思って頂いて結構。そしてそれは古老全体の意思でもある。全権、と言えばよろしいかな」

「わかりました」


 肩を握る手に、僅かな力が籠もる。

 はっきりとした声で、ルナリアは告げた。


「霊決を、要請致します」


 ラディウスの皺が一層深くなったように感じられる。

 彼は大きく息を吐くと、ゆっくりと顔を振った。


「言うであろうとは思いましたが。しかし誰が出ると言うのだ。あなたか? それとも彼女――決闘狂いのエリスかね? どちらだとしても、受けることなど出来ぬ。人間一匹などのために、あなた方と刃を交えたいものなど、国中捜しても居りはすまいよ」

「私は出ません。エリスでもありません」


 背中を押される。一歩、前に出てしまった。


「出るのは、彼女自身です。己の尻は、可能な限り己で拭くべきでありましょう」


 ――え。

 断片からでも理解できる言葉が、ルネッタの頭に広がっていく。

 ラディウスが、眉をしかめた。


「正気かね?」

「無論です」

「本物の、人間かね?」

「もちろんです。魔力も持たず、魔術も使えません」


 沈黙、だった。きょろきょろと動く瞳が、ラディウスの逡巡を表している。


「我らに、利が無い」

「ちょうど鉱山の税が入る時期です。その三割、でいかがでしょうか」

「……税は減らしたと聞いたのだがね」

「減額前の三割で構いません」


 再び沈黙が訪れた。違いがあるとすれば、ラディウスの表情だろうか。

 揺れていた。明らかに大きく。

 たっぷりと、十秒近くの間を開けて、ようやく彼は口を開いた。


「良いだろう。して、正確な要求は?」

「彼女が勝った場合、彼女に第二級市民権を。もちろん国境を越えたことは不問に」

「霊決の等級は?」

「三級で十分でしょう。申し上げたとおり、彼女は魔力を持たない……いわば無泉です。体格も華奢で、武術に長けているわけでもありません。妥当かと思われます」

「そして、彼女が負けた場合は」

「鉱山の税の三割を、レシュグランテに差し上げます。他の古老への分配としては、そちらにお任せいたします」

「承知した。後で正式な書状を作らせて頂く」

「信じて、よろしいですね?」

「無論である」


 そう言い切ると、ラディウスが歩き出した。すれ違い様に視線を向けられる。瞳には、冷たい光が灯っていた。

 その背中に、ルナリアが声をかける。


「ラディウス卿。念を押すようですが、彼女は無泉です。そしてひ弱な少女でもあります。どうか、それを踏まえて相手を選んでくださいますよう」

「良く、分かっている。こちらとて恥じをかくつもりも無い」


 背を向けたまま言い切ると、足早に立ち去ってしまった。

 見送って、ルナリアは大きなため息をついた。


「すまん。これが精一杯だ」


 そう言うと、ぽんぽんとルネッタの背中を叩く。


「あの……」

「説明することは大量にあるが、とりあえず戻るぞ」


 後に続いて城から出た。来た道をそのまま引き返す。

 日差しは一際強くなっている。朝が終わったからか、通りに見える人影は明らかに増えていた。

 体中に視線が突き刺さる。フードも、あまり意味が無いのかもしれない。

 ルナリアが突然足を止めた。


「ルネッタ、フードを脱げ」

「え……?」


 言われたことは、もちろん分かる。だけどという思いが強い。晒すのが怖い。

 ルナリアの緑色に光る瞳が、早くしろと言っていた。

 フードを脱ぐ。どこからか声が上がった。刺さる視線もますます強くなる。言いようのない暗い感情がさざ波のように広がっていく。

 ルナリアに、手を握られた。


「え、そ、その」

「良いから。帰るぞ」

「だって、まずいですこんなのっ」


 手を引いて、彼女は歩き出した。早い。つんのめるようにして、ルネッタはついていく。握りしめてくる力は、痛いくらいに強かった。

 首を僅かに傾けて、彼女は視線だけをルネッタに注ぐ。


「何がまずいんだ」

「それ、は、その……」

「何もまずくない」


 断ち割るように言い切って、さらに彼女は足を速めた。

 背筋に刺さる悪寒をかき消すほどに、ルナリアの手は暖かかった。

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