表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕の彼女は左腕

『…きて…起きて…』


男の一人暮らしというのは気楽な物。誰かに起こされる事無く、朝もぐっすり寝る事が出来る。とは言え、仕事をやっているとそうはいかない。気楽さが命取りになってしまうことだって良くあるのだ。この前も寝坊で電車が止まってしまったニュースがあったからな…。


その点、僕はある意味有利かもしれない。


「…むーん…」

『もう、早く起きなさいって!』


さすがに寝ぼけ眼でも、大声、しかも女性の声で怒られてしまっては目もぱっちり開いてしまう。時計を見れば朝の7時、準備にはちょうど良い時間帯だ。一つあくびをして、洗面所から流れる冷たい水で改めて眠気を吹き飛ばした。


「いただきまーす」

『いただきます』


今日の朝ご飯は、特売のソーセージとミニトマト四つ、そして味噌汁。肉でエネルギーを蓄えて、トマトで栄養を補給する。そして塩で体のバランスを調整すれば、一日十分に動ける気力が湧いてくる。一人暮らしとなると、ついこういった大事な事を忘れてしまいがちになってしまいがちだけど、今の僕はしっかり朝食も欠かせない。そして、それは『彼女』も同じだ…。


『あ、ソーセージ取って』

「はい、どうぞ」

『あーん』


左腕の関節よりも体側…ちょうど服の裾を深めに捲くると露出する辺りの肌から、『彼女』はいつも声を出す。その言葉に従って、僕は利き腕である右側を使って食べ物を取り、その方向に持ってくる。食べ物をその肌の部分に近づけると、彼女は口を大きく開けて力強く中に引きずり込む。その後しっかりとよく噛んだ後に、喉の奥へ食べ物を送り込む音が聞こえる。


…そう、正確にいえば僕は今「一人暮らし」では無い。左腕に宿った、『彼女』と共に暮らしているのだ。


=============================


『今日の予定は?』


朝ご飯を食べ終えた後は今日の準備だ。

僕が通っているのは、大学の研究室。今日は先生と実験に関しての打ち合わせをした後に、研究材料の定期調査をするのがスケジュールとなっている。昔から大好きだった微生物を深く調べ、世界をあっと言わせる成果を出すのが夢。まだまだ先は長いけど、今をじっくりとこなしていくのが大事かもしれない。


そんな僕の左腕に『彼女』が現れたのは1年くらい前。ちょうど何をやっても上手くいかないと落ち込み、自分の進路はこれで良かったのかと思い悩んでいた時期だ。

最初は少し大きめのおできかと思っていた。仕事柄、変な薬品に触れたのかもしれないというのも考えたが、今までそんな大きなミスを犯した事は無い。多分何か気付かぬうちに栄養バランスとかが崩れたんだろう、とその時は軽く考えていた。でも、そのできものは一週間、二週間経っても治る事は無い。それどころか形は複雑になり始め、次第に硬さも増し始めていた。触ると少し痛みまで感じるようになってしまったのだ。まるでバクテリアが内部に入ったかのような感じとなり、大事を取ってしばらく僕は研究室を休んだ。


…病院へ行って薬を塗ってもらっても治らず、先生からもしばらく様子を見るようにと言われてしまった。確かそれから少し経った辺りかもしれない。自分の頭の中に、見知らぬ女性の声が流れ始めたのは…。


『ほんとに忘れ物してないでしょうね』

「大丈夫だよ、一緒に確認しただろ?」

『心配なのよ、私の体でもあるんだから』


あの時と同じように、学校へ向かう自転車道でも頭の中に彼女の言葉が流れ込んでくる。喋らなくてもテレパシーのようにこうやって会話が出来るというのは便利なものだ。


「人面瘡」。人間の体に出来た傷や腫れものが変形し、人の顔のようなものとなる。それは話をしたり物を食べたりと人間そのものの姿になってしまうという病気だ。あの時僕が調べた文献だと、近畿地方かどこかで似たような病気に悩まされた人がいて、お坊さんに治してもらったらしい。他にも呪いとか何とか、様々な嫌な言葉が並んでしまう。そしてそれらには、大食いだったりお喋りだったりという共通の特徴を持ち合わせている場合が多いようだ。まさしく、彼女そのものだ。

当然僕も最初、彼女の存在を恐怖に感じていた。だってそうだろう、自分の体に勝手にもう一つ新しい顔が現れて、言葉を話したり食べ物を口にしたりすれば誰だって驚いて怖がってしまうはずだ。しかも彼女はいつも僕のやることなす事に文句ばっかり。さらにはご飯をあげないと左腕に激痛が走り、何も出来なくなってしまう。それが一日中続いた時もあって、完全に僕はノイローゼに陥ってしまった。


ただ、その時にお世話になっている医者に駆け込んだ事はある意味正解だったかもしれない。


=============================


「おはようございます」

「おはよう♪」「おーっす!」「おはようございます!」


僕が研究室にやって来た時には、既に仲間たちがいそいそと研究資料のまとめに励んでいた。卒業研究のために頑張る後輩もいれば、これから学会へ向けて仕上げる資料をどうするか悩んでいる先輩もいる。僕も同じように、昨日まとめた実験内容のファイルを出して、教授に見せる時に間違いは無いかの最終チェックを行う。それと、今度の研究室会議で使う資料の製作の続きも忘れちゃいけない。


『あ、その数値間違えてるわよ』


どこから見えているのか、左腕を資料の上に添えただけで頭の中に彼女の声が聞こえてきた。危うく実際の10倍の薬品を加えて微生物を全滅させる所だった。教授はこういう凡ミスでも結構厳しく指摘するから気をつけないといけない。でも、昔はそれでも僕は何度も失敗ばかりを繰り返し、教授や仲間たちも困らせてしまっていた。そこに現れたのが、『彼女』という訳だ。


あの時…病院に駆け込んだ時、そこの先生は人面瘡については完全に信じてくれる事は無かった。先生の眼には、僕の左腕の物体は彼女の顔ではなく痣となって残ったできものしか見えなかったようである。ただ、その時に僕が言った文句を聞いた先生の言葉は、ある意味価値観をひっくり返されるようなほどの衝撃だった。


――少し彼女の言う事を、聞いてみたらどうかね。


恥ずかしながら、うっかり僕は病院で大声を張り上げて文句を言ってしまった。だけど先生はそのまま僕を静めさせ、話を始めた。

この時僕は一文字一句、彼女の言葉を先生に教えた。もっと早く起きろ、ご飯の量が多すぎる、野菜が足りない、その文法はおかしい…。文句を言われる側は、相手に一度恨みを持ってしまえば執念深くなってしまうものだ。でも、改めて思いなおしてみるとそれは全部今まで僕がやろうと思って放置してきた事や、健康や日常生活に良くないものばかり。まさに先生が指摘した通り、僕がここまで悩んでしまった原因は彼女の言葉全てが図星というところだったのだ。

人面瘡は自分には見えない、だから推測でしか話す事は出来ない。だけど、もしかしたらこれは新たなチャンスかもしれない。そう先生は話してくれた。今までずっと自堕落だった生活を改め、夢へ向かう原動力にするいい機会だ、と。その言葉を聞いた彼女の笑顔の一方で僕としてはまだ完全には納得できなかった。ただ、先生の言葉がしっかりと胸に刻まれたのは確か。それがきっかけで、今の僕と彼女があるのだから。


=============================


「はい、あーん」

『あーん』


一つの事に夢中になってると、時間はあっという間に過ぎてしまう。

今日のお昼は、僕の大好きな学食の特大カツ付きカレーライスとカップサラダ。彼女も絶賛する美味だ。判別が出来ない可能性はあるけどさすがに人面瘡を他人の目に晒すという訳にはいかないので、ここ最近はいつも誰もいなさそうな場所のベンチに座って、僕と彼女は昼飯を一緒に食べている。ある意味、僕はリア充とかいう分類なのかもしれない。


実は病院へ行く前は、ずっと彼女は僕に健康に良いものばかりを求め続け、文句を言いまくっていた。拒否する食べ物の中に、牛などの脂肪分が多いこのカレーライスも含まれていたのだ。でも、あの時の病院の先生の言葉で、彼女もまた自分の考えを改めた。あくまで「人面瘡」が存在する前提だと言う前置きはあったが、先生は食べ物の大事さを彼女にしっかりと語っていた。確かに栄養を重視する事は大事だが、それ以上に食べ物と言うのは人間生活において重要な事。美味しいものを口に入れ、その味を堪能する事で人はその栄養分以上のパワーを得る事が出来る、と。無理に押し付けた食べ物なんて全然美味しくないし、栄養にならないことだってある。その言葉に、僕の左腕に宿る顔も少し反省したような表情を見せていた。


気をつけます、という彼女の言葉を代弁した時、二人同時にある疑問が湧きだした。今までずっと調べていた資料だと、こういった人面瘡と言うのは何かしらの方法で切除が試されるもの。時には失敗し、ずっとそのままなんていう場合がある。何故先生はそのような事を言わなかったのだろうか。何故ずっとこのまま二人で過ごすと言う道を選ばせようとするのか。それに対して、先生はにやりと笑い、僕と「彼女」へ言った。


――生き物を研究してる身だったら、分かるだろ?

――君たちは「共生」している間柄なんだよ。


=============================


…まさに、その言葉どおりかもしれない。



午後は、研究室の教授と実験の打ちあわせだ。これをせずに勝手な実験をする事は許されない。


「…どうでしょうか」


彼女と協力して作り上げた資料を、教授に見てもらった。女性顔負け…いや、並の女性以上の美貌を近づけつつ、教授は一文字も逃すことなくじっくりと読んでいく。

沈黙の時間が数分流れた後。


「ここまでは結構いい感じね、よく出来てるじゃない」


相変わらず教授はおネエキャラ全開だ。個性的なメンツが多いこの研究室だけど、どんな人よりも遥かに教授が一番物凄い個性を持っているような気がする。ただ、それはあくまで一つの個性にしか過ぎない。微生物の研究で教授はかなりの実績をあげている実力派、駄目人間だった僕をここまで成長させてくれるほどの力を持っている。そして…


「でもここから先は何なの?この計測は何に役立つか分からないわ。それに図が見えづらいわね…」

「す、すいません…」

「謝っちゃ駄目よ。ちゃんと何に使うかもっと説明しないと」


研究分野に関しては結構厳しい。ミスがあったり気になる所があれば、教授が納得するまでたくさん釘を刺してくる。正直左腕に宿る彼女よりもそういう点では教授の方が上かもしれない。ただ、彼女と共通しているのはどれも正論であるという事、そしてしっかりとそのアドバイスに従う事で自分を成長させてくれるという点。無茶な時は無茶だと的確に指示し、出来る事はとことん行わせる。僕も将来、教授のような研究者になりたいものだ。


その後何とか先程の点も含めて先生への説明が無事に成功し、実験にゴーサインが降りた。この方法なら、かなり良い結果が残せそうだというお墨付きだ。


『お疲れ様』


教授の部屋を出ると、脳内に僕とは別の声が響いた。色々と口うるさい彼女でも、さすがの教授相手では手も足も出ないようで、少しだけ疲れ切った表情だった。仕方ない、いくら別の意志を持っていたとしても結局彼女は僕の一部分だから。

あの時に病院の先生が言った通り、僕と彼女は今や完全に「共生」の段階に入っている。今まで見てきた人面瘡関連の資料だと、人の顔が現れた側は人面瘡の言いなりにされたりノイローゼになったりでずっと悩まされる一方で、人面瘡は営利を貪り食う状態のものがほとんど…というか全てがそういう状態。生物学的に言えば、宿主だけ損をする「寄生」と呼ばれる段階だ。だけど、今の僕たちはそこから一歩進んだ所にいる。僕が彼女を食べ物などで養い、会話に乗る一方で、彼女は僕に様々なアドバイスを寄せ、健康管理までしてくれる。僕の友人が研究しているという、微生物と藻類の「共生」ととても良く似た関係だ。宿主が消えてしまったら、そこに寄生した生物も共倒れになってしまう。だからこそ、人面瘡である彼女はずっと自分が生き続けるために僕に様々な協力をしてくれるのだろう…とつい生物学的に冷酷なものを考えてしまうのだけど、実際の所互いに色々と欠点や利点を補っている、と考えた方がいいかもしれない。


『確かあの部分は…私が書いた部分だ、ごめん…』

「気にしないでいいよ。せっかく教授からいいアドバイスを受けたんだ、今度はそこを気をつければ大丈夫さ」


そうだね、と言う彼女の顔は、間違いなく笑顔だ。


=============================


夕方。実験室での資料の測定も終わり、帰ろうとした時に教授から一緒に飲みに行かないかと誘われた。ただ…


「すいません、ちょっと色々と立て込んでまして…」

「あら、仕方ないわね…私も突然だったし。今度の水曜は大丈夫?」

「教授の同級生の郷ノ川先生が久しぶりに来られるんですよね、その時は行きますよ」

「まあ、仁君の方が私よりいいの?もうみんな酷いわねぇ」


ちょっとした冗談を言いつつ、あまり研究熱心にするのもほどほどにね、と教授は優しくほほ笑んでくれた。

仕事に関しては色々と厳しい方だが、こういう遊びに関してはとてもノリノリで頼もしい人だ。だからこそ、いつも教授に対して嘘をついている事に関して罪悪感を抱いた。でも、いくら何でもこの事については真実でも説明は難しいだろう…。


『もう、たまには行かないと駄目じゃん』


家に帰って夕食を取っていると、左腕に浮かぶ彼女の顔から注意されてしまった。元々僕がこういった人の集まる所は苦手であるというのはとっくに彼女も知っている。いつも僕の行動を認識しているのだから仕方ないかもしれない。だけど、こうやって皆での会食を断ってでも、僕は彼女とこうやって話す時間を欲しがっていた。


「そうは言ってもねぇ、やっぱりこうやってのんびりするのもいいかなって」

『だから根暗って言われるのよ…ってちょっと、何やってるのよ、食べ物なんかで釣られる私じゃ…』


いくら文句を言っても、結局食べ物に釣られてしまうのは人面瘡の悲しい性なのかもしれない。作り置きしてきたカレーライスのジャガイモを、彼女は美味しそうに頬張った。わざと大きめに切った野菜なので、よく噛まないと大食いの彼女でも飲み込めないようになっている。勿論僕も同じ、しっかりと食べ物の味を口に馴染ませてから、胃の中へと送信している。

そういえば、彼女と一緒に暮らし始めてから食生活もかなり良くなったような気がする。今までは一日一食というのが当たり前、脂っこいものや甘いものと言った舌触りの良いものばかりを食べ続けていた。それに今思い返せば、ただ口に押し込むような感じで飲み込んでしまうという食べ方だったかもしれない。彼女は毎朝と昼、そして夜という三食をしっかりと僕に教え続けてくれた。そりゃ慣れない最初の頃は面倒だったし怖かったし、それにうっとうしかった。でも気付けばそれが当たり前になり、なんだか体の調子も良くなり始めた。それに…


『結構美味しいわね…あんた料理人でも十分いけるんじゃないの?』


今までナイフの使い方すら知らなかった僕が、色んな料理に挑戦できるほどの腕を持つようになっていた。今は時々、同じ研究室の人たちにも振る舞ったりしている。僕の料理に文句ばかりだった彼女も、口を開けば褒め言葉ばかりが漏れるようになった。でもその中でしっかりと注意点に触れると言う姿勢は変わっていない。今度カレーを作る時は、もう少しジャガイモを煮込んで柔らかめにしてみようと思う。


食器を洗った後は、風呂が入るまで今日の研究資料のまとめだ。計画通り、実験に使う微生物は順調に増えている。この調子なら数日くらいすれば本格的に色々と薬剤を加える事が可能だろう。ただし、分量を正確にしないと大変なことになる。料理を作る時と同じ、実験も命を扱う重要な作業。しっかりと丁寧に、そして心をこめてこなしていく必要があるのだ。

…そういえば、「心」やその基礎になる「命」というものがそういった実験材料にも宿っている、という重要な事を、あの時まで僕は忘れかけていた。同じような日々の中で、大事な微生物たちを単なる「物」として扱うようになってしまっていた。確かに日照時間や温度設定など重要な事は欠かせなかったけど、でもそれはただの品質管理。僕たちがエアコンやクーラー、コタツで丁度良い温度を保つようにする事となんら変わらないはずなのに、ずっと彼らを冷酷に扱ってしまっていたのかもしれない。


彼女には本当に感謝している。別の「命」とこうやって文字通り同居する機会を得た事で、僕の心の中であらゆる価値観が良い方向に変わった。そりゃ人面瘡というのは怖いし不気味だし、それに恐ろしい存在だ。彼女もそれは認めている。でも、全く異質なものに触れ、それと分かりあおうと努力するというのは本当に大事なことかもしれない。実験だってそうだ。様々な方法を用いて目指すのは未知の世界。予想もつかないような結果がそこには待っているかもしれない。そういう時は、何故そうなったのかをとことん調べ尽くし、しっかりとした基盤を作り、僕自身や科学の分野において大事な実績となる。拒絶するだけじゃ、物事は進まない。…まあ、彼女自身が真面目なのが救いなのかもしれないけどね。


丁度今日の実験分の結果がまとまった所でお風呂が沸いた。


『…み、見てないからね!絶対よ!』

「そこまで気を使わなくてもいいよ…」

『だ、だって…』


真面目な彼女は、案外こういった色仕掛けには弱いようだ。毎回服を脱ぐ度にこれだ。この前もちょっとそういう系のサイトを見ようとしたら慌てた彼女が早く消してと左腕を乗っ取って暴れてしまった事がある。そういう面は僕の方がリードする…って元々この体は僕の所有物だからリードも何もないんだけど、まあいいか。

ともかく、風呂に入ったら僕の体は勿論、左腕の彼女の顔も念入りに洗う。どうやら人面瘡と言うのは鼻もしっかりと塞ぐ事が出来るらしく、左腕をずっと水に沈めても平気なようだ。ちょっと羨ましいけど、ある意味これがしぶどさを示す恐ろしい証拠なのかもしれない。


「あー、すっきりしたー」

『やっぱりお風呂はさっぱりするわねー』

「だよね」


たっぷりと背伸びした後は、寝るまでのんびりと読書の時間だ。右手にはネットに掲載されている僕のお気に入りの小説、左手には彼女が最近はまっているショートショートの本。一度読んでみてと薦めたらすっかりはまってこの調子だ。時々ネットにもその作者の人が書いた新作が掲載されてる時があって、その時は一緒に読みふける。性別も性格も違うけど、彼女を作っているのも僕の細胞。何だかんだで、似た者同士なのかもしれない。

そしてちょうど読み終わる辺りで、二人揃って眠気が襲ってくる。スマートフォンを充電コードに戻し、布団に入って今日の任務は終了だ。明日もまた実験や様々な人との交流が待っている。勿論、彼女との連携も続く。

今、僕は人生で一番充実した時を過ごしている。それも、一人だけではなく、「二人」で分け合えるという幸せも加えて。



『おやすみ』

「おやすみ」


――もしもし仁君?元気?


――まぁ、さすが動物病院のお医者さん。どんな病気も治しちゃうのね。私も手伝えたら…え、大丈夫よ。研究材料にはしないから。


――ごめんごめん、ちょっと冗談きつすぎたわ。そうよね、私も動物を道具扱いなんてしたくないもの。


――…うん…ええ…まぁ、良かった。水曜日は大丈夫なのね。お疲れ様。


――そうよ、私のところのメンバーも全員来るって。もう、仁君が来るって言うとみんな楽しみだって言うのよ。嫉妬しちゃうわ、もう…。


――…ええ、あの子も来るわよ。勿論、『彼女』も連れて、ね。


――そうよね、さすがに私から人面瘡の事を言っちゃうと、彼の方が驚いちゃうもの。心の準備もまだ出来てないみたいだからね。

  それに、私は彼の方から言ってほしいの。科学者になるには、真実を伝える勇気が必要だもん、ね。


――ふふ、心配しないで。だってあの子は乗り越えてきたんだもん。私、信じてるわ。


――ええ。じゃあ、来週の水曜にまた会いましょう。龍ちゃんとお友達にもよろしくね。


――じゃ、おやすみなさーい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ