永遠の恋人たち
『ブルームーン』の主役カップル、ゼファーと聖のお話です。
「どうぞ、マドモアゼル。こちらはサービスです」
ギャルソンが、シャンパンを差し出してくる。
アルコールを口にするにはまだ早い時間だが、ここではそんな野暮なことは言わない。
ただ、マドモアゼルはいただけない。
「メルシー。だけど僕は男です」
そうにこやかに返すと、心底驚いたというような顔をするギャルソン。
「おお!パルドン、ムッシュー。あまりにお美しいのでつい・・・」
「いいんです、慣れてますから」
「ムッシューはジャポネ(日本人)?それともシノワ(中国人)?」
「日本人です」
「そうですか。こんな美しい人がいるのなら、死ぬまでに一度、日本に行かなくてはいけませんね」
人懐っこそうな茶色の目をくりくりさせながら、ギャルソンは厨房のほうへもどって行った。
ここ、パリに来てからというもの、女性に見間違えられることは日常茶飯事だ。
最初は自分が小柄だからかなとも思ったけれど、フランス人って思っていたよりみんな小さい。
外人って背が高いという先入観があったのだけれど、それはアングロサクソンやゲルマン系民族に限ってのことであって、フランス人やイタリア人といったラテン系は小柄で結構ずんぐりむっくりした人も多い。
こうして、シャンパンを飲んでいても他の客たちの視線を感じる。
白人が多いこの街では東洋人の自分は目立つというのもあるが、それだけではない。
そう、僕はもう“人”ではないのだ。
4ヶ月ほど前に出会った運命の相手が、なんとヴァンパイアだった。
その彼の永遠の伴侶となった今、僕自身もヴァンパイアとなってしまったのだ。
そのことを後悔はしていない。
後悔どころか、こうして世界中を旅している今の生活は、以前の辛く孤独だった人生からは想像もできないほど幸せなのだ。
「んん~~~、美味しい♪」
ブッシュ・ド・ノエルを口に入れてそれをシャンパンで流し込む。
チョコの甘さがシャンパンと融合して、口の中でなんとも言えないハーモニーが生まれる。
パリは、なにを食べても美味しいから素晴らしい。
おかげで太ってしまいそうだ。
ふと窓の外を見ると、白いものがちらついている。
もうすぐクリスマスだが、この分だとホワイトクリスマスになりそうだ。
パリは想像以上に寒いけれど、人間じゃないからか寒さはそんなにこたえない。
むしろ、暑いほうがしんどいのだ。
「君、一人かい?」
突然、知らない男の人が目の前に立ち、話しかけてきた。
そのままこちらの了解も得ずに前の席に座る。
「あの・・・」
「日本から来たのかい?」
「ええ、まあ。あの、すいません僕、人を待ってるんです」
「君、フランス語がきれいだね、どこで習ったの」
「それは・・・」
自分でも不思議なのだが、ヴァンパイアになってからというもの、世界中の言葉が話せるようになったのだ。
昔の自分は、英語の授業が苦痛でたまらなかったというのに。
それこそ、A、B、Cくらいしかわからなかった。
その自分がこんな風にフランス語をぺらぺらと話していることが、嘘みたいだ。
「ごめんなさい、待ち合わせをしてるんで・・・」
「待ち合わせって、さっきからずい分長いこといるでしょ。君みたいなきれいな子を待たせるなんて許せないな。そんなやつほっといて、俺と遊びに行こうよ。面白いクラブを知ってるよ」
「えっと・・・」
一方的な相手にどう返していいかわからずあたふたしていると、ようやく待ち人が現れた。
「ナンパなら、悪いがよそを当たってくれ。彼は私のパートナーだ」
スラッとした長身に、黒いロングコート姿の彼はこのパリにいても目立つ。
実際、周りの女性客の視線は彼に釘付けだ。
目の前の男の人は、これは部が悪いと思ったのかすごすごと退散していった。
「待たせて悪かった、聖」
「ううん、全然。美味しいケーキを食べてたから。シャンパンもサービスしてもらったし」
「シャンパンのサービス?」
「そう、お店の人から」
そう言うと、彼、ゼファーは振り向きギャルソンのほうを見遣った。
ゼファーと目が合ったギャルソンが、慌ててこちらにやってくる。
「ボンソワール、ムッシュー。ご注文はいかがしますか」
「そうだな、私にもシャンパンをくれ」
「かしこまりました」
長い脚を組んで目の前に座る彼の姿を、僕はうっとりと見つめた。
あいかわらず、カッコイイ。
夕焼けみたいなきれいな色の髪が、肩の上で揺れている。
スッと通った鼻筋に、今にも雨が降りそうな空色の瞳。
本当に王子様みたいなんだ。
こんな素敵な人が僕の恋人だなんて、今でも信じられないくらいだ。
「もうすぐノエル(クリスマス)だな」
「そうだね、一年ってあっという間だね」
パリに来てから、僕たち二人の会話もフランス語になっている。
本当に不思議なんだけど、それでもまったく痛痒を感じないくらいに普通にコミュニケーションが取れるのだ。
「今日は、おまえに渡したいものがある」
「僕に?」
「そう。目を閉じて」
言われるがままに、目を瞑った。
手を出してと言われたから、両手をテーブルの上に置く。
すると、何か紙の箱のような物が手の上に置かれた。
少し重みがある。
「もう目を開けていいぞ」
そこには、赤いリボンを施した小さな箱が乗っていた。
中を開くと、チョーカーのようなものが入っている。
真中にある石は・・・ダイヤ?
「これって・・・」
「ちょっと早いが、私からのクリスマスプレゼントだ」
「えっ・・・うそっ」
「さっきたまたまこれを店で見かけて、聖に似合いそうだなぁと思ったんだ。衝動的に買ってしまった」
そう言いながらちょっと照れたように笑う顔が、僕は大好きだ。
黙っていると少し冷たい印象のゼファーだけれど、本当はとても優しくて温かい人なんだ。
それを知っているのは、きっと僕だけ。
そのことがまた、僕をこの上もなく幸せな気分にさせる。
「ありがとう、ゼファー。すごく嬉しい」
「そうか、よかった」
「でも僕、まだプレゼント用意してない・・・」
せっかく、ゼファーがクリスマスのムードを作ってくれたのに。
僕もなにか買っておくんだった。
そう思った瞬間・・・
「プレゼントはいらぬ。おまえのキスが、私へのプレゼントだ」
言いながら、チュッと、僕の唇を盗んだ愛しい人。
と同時に、ガシャンと何かが割れる音がした。
振りかえると、シャンパンを落として割ってしまったギャルソンが、顔を真っ赤にしながら謝っている。
周りの人たちも、僕たちを見て顔を赤らめていた。
僕たち二人の旅は、こんな風にして続いていく。
永遠の恋人たちへ-
メリー・クリスマス