髪
「お前ら仲良いよなぁ」
「こういうのは腐れ縁って言うんだよ」
「にしてもこの年でそこまでつるまないだろ?付き合ってんじゃねぇの?」
「はぁ?」
「あのな、俺の好きなタイプは笑顔の可愛らしい、長い髪の守りたいようなお嬢さんだ!」
「……だ、そうだよ?僕のどこが当てはまるって言うんだよ?」
「……お似合いだと思うんだけどなぁ」
今日も空は青い。
木製のベンチに座って、空を見上げる。絵の具で塗ったような空はどこまでも青く澄んで、一つ二つ浮く雲はやわらかく。本日も快晴。
僕は視線を下に戻す。この暑い中だというのに、結構多くの人がいた。家族連れや、犬の散歩をしている人や、僕みたいに一人で居る人も。楽しそうに腕を組みながら歩く男女が目に付いた。
うぅん、微妙に羨ましいぞ。ただ少し暑苦しいが。
「よぅ、待たせたな。……ん?何見てんだ?カップル?」
と、突然後ろから声がかかって頭の辺りに重みを感じる。僕が振り返ると案の定、にやりと笑ったスポーツ刈りの男が居た。シャツを捲し上げていて、浅黒い肌が健康的な笑顔とよく合っている。
「遅れておいて謝罪の言葉もないのかよ、悟史」
「俺らの間にはそんなものなくても揺るがない友情というものがあるはずだ!」
友情、ねぇ……。
「そんなもの感じてるの悟史だけじゃない?」
「うわ、酷でっ!俺らの友情メモリーズはかれこれ……何年だ?」
覚えておけよ、それくらい。
「小学校4年からだから8年弱だろ。悟史は相変わらずお頭が弱いねぇ」
「そういう真琴は相変わらず毒舌だよな……」
「別に普通だよ」
僕は視線を逸らす。
「それより何か用があるんじゃないのか?このクソ暑い中呼び出しておいてさ」
「ん、あぁ……ちょっと、相談が……な」
何事にもまっすぐ一直線、単純明快、猪突猛進、軽挙妄動な悟史が珍しく口ごもる。
「どこか行く?こんな所にいつまでも居たら、僕の美しい白い肌が紫外線に侵攻されて悟史みたいになってしまうし」
「暑いならそう言えよ……。ったく、可愛くないなぁ」
しょうがないよ、それは。
「僕に可愛らしさを求めるのが間違いなんじゃない?」
「それもそうか?髪伸ばし始めて見た目は女の子みたいになったのによ……」
基本的に悟史の方が無意識に失礼だけどね。
「僕は元から女の子だよ」
そんなことに気付いてない馬鹿も居るけどね。本当に馬鹿だよ。
「まぁ、真琴が独身のままおばあちゃんになろうと、俺たちの友情は永遠だ!」
「ふぅん、勝手に僕の将来設計しないでよ?悟史こそ自分の心配しなよ」
僕が捻くれているのも大概悪いんだろうけどね。
冗談で言ったつもりが、悟史は一瞬暗い顔になる。本当に感情が顔に現れる奴だね。……何の相談か察してしまったじゃないか。
「……恋バナかよ。座ろう、そこの喫茶店にでも入ってさ」
僕がそこにあった喫茶店を指差すと、悟史は力なく頷いた。
扉を開けるとカランと鈴が軽い音と立てる。珈琲の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。店内は落ち着いたアンティーク調だった。使い古された、しかし入念に手入れされているのだろうチョコレート色の机と椅子。間接照明は淡くそれらを映して、外との光の量に一瞬眩暈がする。落ち着いた洋楽がゆっくりと店内に流れている。
「いらっしゃいませ」
しわがれた声に気付いて顔を上げると、人のよさそうなおじいさんが僕たちを見てにっこり笑っている。この店の店主だろう。
「お好きなところにお座りください」
僕たちは日差しから逃れるように、奥の方の席に陣取る。冷たい水が出された。
「ご注文は?」
「エスプレッソ」
メニューも何も見ずに答える。恐らくあるだろう。
「……俺も」
沈んだ声で悟史も言う。
「承りました」
にこっと笑って老人は去っていく。
沈黙が降った。それに耐え切れなくなって、僕は水で喉を潤す。氷の涼しい音がやたらと響いた。
「……相手は?俺が知ってる人?」
「多分、知らない。バイト先で出会った。一度くらいは会ってるかもしれないけど」
ファーストフード店の人か。前に悟史を冷やかしに友達と一緒に行った時に居たのかもしれないけど、僕は覚えていない。
「どんな人?」
「明るくて、一緒に居て楽しくて、でも危なっかしい守ってあげたいような人。……かな」
店内に入ってはじめて悟史は微笑んだ。僕が知らない、幸せそうな儚い笑顔。
「……そっ、か」
再び沈黙。緩やかに、壮大に歌った遠い国のラヴソングが痛い。
「お待たせしました」
老人が静かに二つ、コーヒーカップを置く。くゆる白い湯気が柔らかな曲線を描いては消えていく。
僕はスプーンで砂糖とミルクを混ぜていった。
それを見て悟史は少し笑った。
「真琴は大人っぽいくせにコーヒーはストレート駄目だったんだよなぁ」
「誰にだって一つや二つ弱点がないと、悟史みたいに弱点だらけの人間がかわいそうだからね」
本当は強い振りしているだけなのにね。僕はきっと、コーヒーも飲めないくらい子供なのに。
「へーへー、そうですね。じゃあ、そんな真琴さん?……彼女の誕生日に告白しようと思ってるんだ。プレゼントは……何が良いか教えてくれませんか?」
無神経なやつめ。
「そんなことを僕に聞くのかよ?」
「女にプレゼントなんてしたことねぇからなぁ。お前以外には相談したら笑われそうだし。なっ、親友のよしみとして頼む!」
手を合わせて悟史はお願いのポーズをする。僕がそう言われると弱いこと知ってるくせに。
「はぁ、分かったよ」
何で、好きな相手と誰かをくっつける手伝いなんてしなきゃいけないんだろうね?あぁ、僕って臆病だ。
「恩にきる!お前も何かあったら俺に頼れよっ!!」
僕が好きなのはお前なのに。
いっそのこと、ここで告白してしまえよ、僕。戸惑わせて、困惑させて、迷惑かけろよ。だって、僕。今お前確実に女として見られてないぞ?
そう思っても、口の中はカラカラ。
「悟史に頼ったら逆に悪化しそうだけど?」
思ってもないことばっかりが口から出る。
「何をぅ?俺がいれば百人力だ!」
「うわ、悟史が百人居たら公害だぞ?保健所に駆除されるぞ?」
「俺を何だと思ってるんだ?」
「悟史」
軽口だけなら会話はいくらでも弾んでいく。
「俺は何だー!?」
「だから悟史。それにしても随分と哲学的な問いだね」
「真琴!俺で遊んで楽しんでるだろ!?」
「うん」
にっこり笑う。ほら、まだ大丈夫だ。ちゃんと笑えてる。きっと、僕は笑って祝福できる。
「即答するんじゃねぇっ!」
「良いだろ?悟史の幸せちょっと位奪っても。……幸せなんだろ?」
じゃなかったら、ぶっ飛ばしてやる。
悟史は虚を突かれたような顔になって、また、あの幸せそうな笑顔を浮かべた。僕には浮かべさせることができない笑顔。
「あぁ。真琴のおかげもかなりあるがな!」
「なら少しは還元しろよ」
告白もしないまま、失恋決定だし。ちょっと位、意地悪しても罰は当たらないでしょ?
「真琴には敵わねぇな……」
僕こそ本当は君に敵わないよ。絶対言わないけど。
「当たり前だろ?天下の真琴様だよ?それより買い物早く行こうよ、見繕ってあげるから」
「あぁっ!」
悟史はずっと手をつけてなかった、冷めかけのコーヒーをぐいと飲み干す。
「ありがとうございました」
カランと音を立てて扉がまた開く。僕たちは夏の日差しの中へ身を投げ出した。
「いらっしゃいませ……おや?」
嬉しそうな顔の悟史と別れた後、僕は再び喫茶店を訪れた。
「ご注文は?」
「エスプレッソ」
さっきと同じ席に座り、さっきと同じように答える。老人はまた柔らかい笑みを浮かべた。
「お待たせいたしました。……髪の毛、切られたんですか?」
「うん。失恋したしね。今更こういうの古いかな?」
元々、どっかの誰かが髪の毛の長い女の子が好きだとか叫んでたから、伸ばしてただけだけど。
「いいえ、よくお似合いですよ」
「そうかな?ありがとう。……髪の毛が短くても良い女になって、いつか後悔させてやるんだよ」
僕はコーヒーカップに手をかける。薫り高いそれに、自分の顔が映った。髪の短いさっぱりした顔の女が、こっちを覗きこんでいる。
「あなたならなれますよ」
「うん、努力するんだ。後悔はしたくないしね」
僕はコーヒーを口に含む。苦味と少しの甘みが口の中に広がった。
「苦いなぁ……」
そう呟いて、一人苦笑しながらコーヒーを飲み続けていた。
初めての恋愛小説で…。色々至らぬ所もありますが、感想頂けるとありがたいです。