保護者会・役員決め 2
「決まりました」
ざわめきを突き破って、小野寺さんの胴間声が響き渡った。
「文化厚生、丹野さんが、お引き受け下さいました」
ね、という風に、頷くと、真っ赤な顔をした丹野さんが、力なく頷き返した。
引き受けた、という印象ではない。強引に説得されたというにふさわしい。
ぱらぱらと、まばらな拍手が巻き起こった。私も、感謝の気持ちをこめて、拍手をした。
丹野さんには気の毒ではあるが、ここにいる人の大半が役を経験している以上、その矛先はいつ、私に向くとも限らない。強引であろうが、説得ずくであろうが、とにかく丹野さんが引き受けてくれたことに、ほっとした。
これで終わりか。やれやれ、ずっと緊張していたので、肩が凝った。
ほっとして立ち上がろうとした時、小野寺さんが、再び口を開いた。
「では、最後に、選出委員を」
選出委員?
「PTA本部役員を選出する委員のことですよ」
私のもの問いたげな目線を察して、隣の三井さんがこそこそ教えてくれた。
「本部役員? クラス委員じゃなくて?」
なんと、まだ「厄」があるのか。
「今決めたのは、クラスの委員です。その上に、PTA会長とか書記とかいう本部役員がいて、その本部役員を選出する為の委員が、選出委員です」
「はあ」
「来年の1月に、本部役員を決めるための互選会というのがあって、そこへ出す人たちを、クラスから募るのですが、誰をそこへ出すかを決める委員です」
三井さんの話はわかりにくかったが、ようするに、今決めた、クラス委員2名、広報・文化厚生各1名の他に、年末には、6年生を除いた各クラスで、さらに2名の、来年度のPTA本部役員候補を選出しなければならない。
本部役員ともいえば、学校に日参、校長とサシで交渉、なんていう重責を担うので、誰もやりたがらない。それでは困るので、各クラスから強引に二名ずつ「推薦」させる。年明けには、推薦された人たちを集めて、「互選会」を開いて、「公正」に、会長はじめ、来年度の本部役員を決めるのだそうだ。
来年度の本部役員を決める係、それが、「選出委員」というわけだ。
雪美のクラスは6年生なので、「互選会」に出す人、即ち、来年度のPTA本部役員候補を決める必要はない。
ただ、「互選会」が、紛糾する可能性がある。名称は、互いに選びあう だが、そうそう、うまくいかないことが多い。でも、だからといって、来年度の本部役員がいなくてもいい、ということにはならない。
よって、「選出委員」が必要になる。つまり、決まらなかった場合、「互選会」出席者の誰かに、有無を言わせず、役(厄)を押し付ける任を担う。
「選出委員」は、最も恨まれる役だ。だから、卒業していく6年生の親が務める。
ただし、学年が違うと、(厄を押し付ける)相手の事情がわからないから、という理由で、各学年、各クラスから、1人ずつ、補助がつく。
「選出委員会」は、年度内に会合を持ちつつ、お互いの親睦を深め(?)、来年度の役員決めが円滑に行えるように、印刷物等を作成したりする、という。
要は、PTAをやりましょう! という啓蒙活動である。
なんとまあ。
新年度が始まったばかりの春、今の時点で、早くも、来年度の役員決めの下準備が始まっているのだ。
って。
完璧な憎まれ役じゃん。
クラス委員もいやだったが、「選出委員」なんて、とんでもない、場合によっては、地域にいられなくなるのではないか。背中に気をつけなければ、夜道を歩けなくなりそうだ。
逃げる逃げる逃げる! 私の頭の中は、「逃げる」の文字でいっぱいになった。
だが、逃げ場はなかった。気がつくと前後の入り口はぴたっ、と戸が閉められ、こそこそ出て行ける雰囲気では到底なかった。そもそも、席を立つことさえ困難な重圧が感じられる。
「選出委員、やりたい人―」
どこかおどけた感じで、小野寺さんが言った。いるわけないよね、と、私には聞こえた。
「いつも決まらないのよ」
三井さんがぼそりとつぶやいた。
「はい、いませんね」
丹野さんの時と違って、いやにあっさり、小野寺さんは立候補者を募ることをあきらめた。
屈みこんで、机の下から、ごそごそとティッシュペーパーの空き箱を取り出す。
「ではクジで」
ラクと言われた文化厚生であれだけ手間取るのだもの、憎まれ役の選出委員など、電話での説得はムリと、初めから諦めていたのだ。
選出委員は各クラス1名、つまり、ティッシュの空き箱には、1枚の当たりが入った、クジが入っている。
でも、クジって……。
こっそり数えてみると、ここにいるのは、12人、そのうち4人は新役員。
「今までに何か役をやった人は、抜かします。何もやってない人、手を挙げて」
もうどうしようもない、私は手を挙げた。雪美はこの春からの転入だもの、誤魔化しようがないではないか。
同じように、肘を曲げておずおずと挙手したのが、3人。
たったの、3人。
思えば、この瞬間に、私は、悪魔に射止められてしまったのであろう。弱気になったのが、いけなかったのだ。
私は、最後だった。一枚残っていたポケモンの折り紙を4分の1に畳んだのを開いてみると、真ん中には赤く太く、「○」と書かれていた。
最後の望みを打ち砕く、絶望のマーク。
「決まりましたね」
やけに楽しげに、小野寺さんが言った。
「それじゃ、新役員のみなさん、挨拶をヨロシク!」
クラス委員や広報委員の挨拶なんて、耳に入らなかった。
なんでよりによってこの私が、「○」!
それもこんな救いのないポケモンの折り紙に、赤いマジックインキで、一片の羞恥心もなく図太く書かれた、堂々の赤丸!
「近藤さん?」
私のネームプレートを怪訝そうに覗き見て、小野寺さんが呼んでいる。
赤丸の書かれたポケモンの折り紙を握り締めたまま、私はふらふらと立ち上がった。
「選出委員になりました近藤です。よろしくお願いします」
やっとのことでそれだけ言うと、足の力が抜けて、再びぺたんと座り込んでしまった。