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専業主婦!  作者: せりもも
第1章 PTAモンスター、爆誕!
7/45

保護者会・役員決め 1


 その日は、雪美のクラスの保護者会だった。

 この春まで、子ども達とは離れて暮らしていたので、クラスの保護者会には初めて出る。



 同席した親も、知らない親ばかりだ。行ってみると、先生の机を前に、凹字型に並べられた机に、10人前後の保護者が、2~3人ずつ、固まって座っている。全て女性、母親だ。


 雪美のクラスは、38人学級だから、これは、かなり出席率が悪い。半分切っている。これでは、実社会では、まともな会議は、成立しなかろう。


 それとも、後から遅れてやってくるのであろうか。



 知り合いがいないので、私は、空いている席に一人で坐った。凹字型の、先生の机の近くが、両方とも空いていた。それで、右側のとっぱなに座った。


 保護者会は2時かっきりに始まった。



 美弥のクラスの、ベテランの女の先生と違って、雪美のクラス担任は、小林先生という、若い男の先生だった。若い、と言っても、30代初め、というところか。


 威勢のいい声で、クラスの日常を報告していく。総じて問題もなく、いいクラスのようだ。


 当たり前だ。うちの雪美は、いい子だし。



 小林先生は、給食を残す子が多い、と言う。少しにしてくれと言う子が多くて函に残ってしまい、おかわりを募っても、欲しがる子が殆どいない、ということだった。


「僕も一生懸命食べるんですがね」


体格のいい小林先生は、残すという行為が、いかにも無念そうだった。


「特にこの年齢の女子は、避妊(・・)……じゃなくて、ダイエットをしている子が多くて、あまり食べないようですが、これは、健康にもよくないことです」


 避妊(・・)、と聞こえた。

 確かに。


 しかし、どの親も、何の反応も示さない。俯いている人が大半で、顔を上げている人も、全くのポーカーフェイスだ。


 先生も、何事もなかったかのように、年間予定に話を移した。


 ひょっとして気のせいだったか?


 私は混乱した。しかしまあ、単純な言い間違いなら、なにも目くじらを立てることもないわけだし。

 それとも、何か? 避妊、よくあることなのか?


 このクラスは、小学六年生……。

 聞き間違いに違いない。



 話は、行事予定、給食費・雑費の年額、教科ごとのノートの種類と続いて、もらったレジュメのほぼ最後までいきついた。


「今までのところ、何か質問はありませんか?」


 無反応。


 あまりの反応のなさに先生が気の毒な気がしたが、私が挙手すると、逆に質問ばかりになりそうな気がする。それで、黙っていることにした。


 子どもたちの学校生活については、保護者として、ひとつひとつ、丁寧に、対応していくしかない。それに、これまでの先生の話はとても分かりやすかったし。



 「では、PTAさん」


 小林先生は、私の向かい側に並んで座っていた2人に目配せした。それから、立ち上がって、教室から出て行ってしまった。



 途端に、教室はざわざわし出した。


「さあ、役員決めです」

 向かいの2人のうちの1人が、ぴしゃりと宣言した。


 全員がぴたりと口を閉じる。


「それじゃ、まず、クラス委員から。やりたい方」



 私は身をこわばらせて、下を向いた。役員なんて、やれると思わないし、やりたくもない。


 金輪際、力いっぱい、やりたくない。


 まさか、保護者会の後で役員決めがあるなんて、思いもしなかった。


 不覚だった。知っていたら、来なかったのに。


 出席者がばかに少ないわけが、ようやくわかった。「役」もとい「厄」を避ける為に、年度始めの保護者会には出席しないのだ。



 一瞬の間を置いて、だが、意外なことに、挙手があった。それも、後ろの方に並んで座っていた2人が、目を見合わせて頷きあうようにして、ほぼ同時に。



 向かいの席の司会者が、満足げに頷いた。


「次、広報」


 おずおずと、髪の長い内気な感じの女性が手を挙げる。


「はい。じゃ、文化厚生」


 あまりの積極性に、詰まりかけていた息が、ようやく元に戻った。

 いいクラスじゃないか。無関心な親も大勢いるようだが、少なくとも、学校を気にかけ、進んで役員を引き受けて下さる方々がいる。


「文化厚生!」

向かいの席の、司会者が、やや尖った声を出した。

「誰か、やりたい人」



 2名の司会者は、昨年度のクラス委員ということだった。そのうちの1人は、私が言うのもなんだが、かなり年輩のようだ。目をこらすと、机の上のネームプレートには、小野寺おのでらと書いてある。

 「小野寺」という文字の繊細さと違って、その女性は、子どもが、それも男の子が最低でも3人はいて、毎日怒鳴り散らして暮らしてます、といった風情だ。


 小野寺さんの声に、いらつきが混じった。


 だが、出席者たちの多くは、少しも動揺した様子ががない。もちろん中には、1人2人、目を合わせないように下を向いている人もいるのだが、殆どの親は、リラックスし、どこか楽しそうに、隣の人とおしゃべりなど始めた。


 しだいに教室ががやがやとし出す。

 私は、気が気ではなかった。



丹野たんのさん……」


 とうとう、小野寺さんが、個人名を呼んだ。後ろの隅に座っていた、なんとなく陰気な女性が、身をこわばらせた。


「丹野さん、どうです?」

ずばりと、指名する。



「えっと、私……」

丹野さんは、身も世もあらぬというふうに、体をねじる。

「お電話をもらってから、ずっと考えてたんですけど……」



 ひええぇ。予め電話して、根回ししてたのか。だから、クラス委員も広報もあっさり決まったのか。きっと電話で、こんこんと因果を含められたに違いない。


 そんな電話が子どものクラスメートの親からきたら、私には断ることなどできはしない。うちに電話が来なくて、本当によかった。



「でも、私たち、この春引っ越してきたばかりだし、学校のことも近所のことも、何もわからないし……」


「みんな、何もわからずに引き受けてきたんです。もう6年生ですからね、ここにいる殆どの方が、何かしら役を経験していらっしゃいます。それに、同じことをやるなら、何も知らない方が、シガラミがなくて、やりやすいと思いませんか?」


「でも、仕事が……」


「仕事は理由になりません」

小野寺さんはずばりと言った。

「今は、働いていない方の方が少ないですし、広報の内山さんだって、お仕事を持っていらっしゃいます。大丈夫、私だって、仕事の傍ら、クラス委員をやってこれたわけだし」


 フルタイムで働いてか? だとしたら立派なことだ。

 私は真紀子まきこのことを思った。



 2人の子どもの母親である真紀子は、役員は逃げ切ると、常々と言っていた。

 9時・5時半のフルタイムで、残業・休日出勤ありの専門職、通勤に一時間半かかるキャリアウーマンである真紀子は、子どもの学校に来ることさえ不可能であろう。


 生意気な女であるが、そこだけは、私も真紀子に賛同していた。もっとも、真紀子に不可能なのは、「母親業」という根幹なのでは、と思わないでもない。



 しかしだからといって、専業主婦が子どもの学校の雑事を全て引き受けるというのは、これは不公平だと思う。仮に、外に出て働いていないという理由で学校の用事を全て引き受けたとしても、働くお母さん方から、給料を貰えるわけでもないわけだし。



 それどころか、今まで家にいた人が、外で働こうと思い定めても、まず、子どもの預け先がない。保育園や学童保育に問い合わせても、すでにフルタイムで働いている人たちの子でいっぱいだと断られてしまう。


 職探しの間の託児さえ、あてがない。


 その上、PTAを引き受けて、何かいいことがあるというのか。



 小野寺さんが、大きな声で言う。

「私、思うんですよね。フルタイムで働いている方のほうが、もう、勤続年数、長いでしょ? だから、有給とか補償されているわけだし。パートのお母さんだと、休むと、収入が下がるわけですよ。もしかするとクビになっちゃうかもしれない。生活に即、ひびくわけじゃないですか。丹野さん、お仕事は? フルタイム?」


「パートです」


「じゃ、時間に余裕があるじゃない。大丈夫、私も、パートで働きながら、PTAの本部役員をやったこともありますよ」


 なんだかすごい論理矛盾のような気がするが、小野寺さんは、何の迷いもなく、さわやかに言い切った。


 丹野さんは何か言いかけて、困ったようにうつむいてしまった。



 すると、小野寺さんの隣で黙っていた旧役員のもう一人が、席を立って、丹野さんに近づいていった。続いて、小野寺さんも席を立つ。

 旧役員2人は、顔を寄せるようにして丹野さんの机の左右にしゃがみこんだ。丹野さんの両隣にいた人たちが、急いで自分の机を、邪魔にならない位置にずらす。


 旧役員2人は、困ったような表情を浮かべている丹野さんに、こんこんと何かを言い含めている。



 周囲は、いっそうざわざわとしだした。


 耳を澄ませてみると、少し離れた隣の人たちは、上の子の中学の話をしている。制服が傷んできたので新調したいが、いつがいいか、と一人が言うと、私立高校の入試で面接がある場合があるから、少なくとも2年生の冬までは待った方がいいと、もう一人が答えていた。


 まるで、クラス委員を、丹野さんに押し付けようとしている現場に、居合わせていないかのような気楽さだ。



「あの……」

私は身を乗り出して、中学の話に夢中の二人に、そっと話しかけた。

「お二人は、何か役をやられたんですか?」


 2人は同時に口を閉じ、私をじっとみつめた。


「1年生の時に」


三井というネームプレートを前にした一人が言うと、もう一人も頷いた。


「早くやっちゃった方がいいんですよ。どうせ何かやらなくちゃならないわけだし、何年も針のムシロに座るの、いやですもの」


「ここにいる人で、何もやっていない人の方が、少ないんじゃないかしら。学年が上がるに従って、そうなるわけです」



 ひえぇー、そうだったのか。


「でも、今日、来てない人もいるわけでしょ?」



「そもそも、保護者会にさえ来ない人に、役員を押しつけるわけにはいきませんからね。そういう人は、あなたに決まったと伝えようとしても、電話にさえ出ないという話ですよ。直接家に行っても、逃げ隠れするそうです。そんなんじゃ、決める方の小野寺さんたちも大変だし、第一、何もやらない人を役員にしても、困りますからね」


「保護者会にさえ来ない人」に、わずかに侮蔑の匂いが感じられた。



「文化厚生が一番ラクですよ。委員長にさえならなければ」

「委員長になったら、本部役員は免除ですけどね」


 それから二人はまた、楽しそうに、中学の話に戻っていった。








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