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専業主婦!  作者: せりもも
第5章 ケルベロスと赤い爆弾
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おにぎり、干し芋、金柑の甘煮


 悲鳴を契機に、突入した機動班は、あたり一面、真っ赤という、大変な惨状を目にして、声を失った。


 部屋の中は、物凄い匂いがする。

 しゅーしゅーという、ガスと、生臭い匂いと、それから……。


 機動班の隊長は、真っ先に、ガスの元栓を閉めた。隊員がなだれ込み、窓を開ける。



 女3人は、重なって蹲っていた。一番下の小6の女の子に、母親が覆いかぶさり、その背中を抱くようにして、小柄な祖母が、手を回している。


 永瀬一朗は、右手を前に突き出したまま、凍ったように、突っ立っていた。


 カッターナイフは、足元に落ちている。


 すかさず、副隊長が、永瀬一朗の足元の、カッターナイフを蹴り飛ばした。


 肩に手をかけ、現行犯逮捕の旨を告げると、一朗は、夢から覚めた人のような、顔になった。



 天井から、赤い飛沫が、ぽとりと落ちた。



 「なに、これ……。赤い……。ヘンな匂い……」

 くぐもった女の子の声がした。


 ……生きてる。

 隊長の心に、深い安堵が満ちた。


 人質の3人が、順繰りに身を起こした。小6の女の子が、呆然と、真っ赤な部屋を、見回している。


「ほんとだ。臭い……」

 一番年嵩の女性がつぶやいた。


「目に沁みる」

と、女の子。


「雪美、顔をこすっちゃ、だめ」

母親が女の子の手を掴んだ。



 女の子の祖母が、自分の左手についたそれに、目をやった。

 じっと見詰めてから、鼻を近づけて匂いをかぐ。


 それから、機動隊長が止める間もなく、ぺろりと舐めた。


「これ……キムチ……」


「キムチぃー?」

 女の子とその母親が、互いにそっくりな目を、くりっとさせて、同時に叫んだ。


 祖母の女性は、ドア口を指差した。さきほど、彼女が持ちこんだレジ袋が、ぼろぼろになって、落ちている。


 少し離れて、本棚のすぐそばに、中が赤く染まった、空っぽの、大きな漬物瓶が、転がっていた。


「発酵して、蓋が飛んだのね。今年初めて、チャレンジしたのよ。あら。私だけのミスじゃないのよ? キムチって、日本のものじゃないもの。いくらベテラン主婦でも、こういうこともあるってこと」


「はあ」


「長丁場になると思ってさ。差し入れを持ってきたのよ」


「だからって、キムチ……」



「キムチだけじゃないわよ。ほら……」


祖母の女性は、近くに転がっているレジ袋を手繰り寄せた。


「何しろ急なことだったんでね。おにぎりを握る暇ぐらいしか、なかったわ。でも、干し芋、金柑の甘煮に、梅干もあるわよ。今年の梅は、ふっくらしていて、豊作だったの。真紀子、あなたの所にも、送ってあげたでしょ」



「……フランスでは、お米が高くってね。ワインに入れて飲むのも、合わない気がしたけど」

ぼんやりと、女の子の母親が答える。



「梅干し……。夏、パパと美弥と一緒にお母さんの所へ行った時、飛行機の酔い止めにって、ババァ、持たせてくれたよね……」

と、小6の女の子。


「ババァはやめなさい」



 「ご無事で、何よりでした」

起動隊長は、3代の女たちに、敬礼した。








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