表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
専業主婦!  作者: せりもも
第5章 ケルベロスと赤い爆弾
42/45

修羅場


 真紀子が、足元の男を指差した。


「じゃ、この男の手足にガムテープを巻いたのは?」


「私しかいないじゃん。ユイラちゃんなんて、猫の手よりも、役に立たなかったもん。こいつ、伸びちゃってたから、簡単だったわよ」


「あの、『次は、雪美の母と交換だ』っていう文書は?」


「私が書いたの。そこのデスクトップで。それを、ユイラちゃんに持ってってもらったの」


 机の上を指さす。

 

 信子が割り込んだ。

「聞くけどね。なぜ、『雪美の母』なのよ。『雪美の祖母』じゃなく?」


「私の為に、お母さんが来るかどうか、試してみただけだよ。しつこいよ、ババァ」


 雪美の言う「ババァ」は、女性の蔑称「ババア」とは違い、語尾が、尻上がりに発音されている。祖母を表す幼児語「バーバ」に近い。幼児が、遠くにいる祖母に、力いっぱい呼びかけたら、こんな発音になるだろう。


「ババァはやめなさいって、言ってるでしょ。あなたが、小さい時のことを思い出して、辛くなるから。ほんとに、もっと早く、うちに引き取るんだった」


 信子が言うと、間髪入れず、娘の真紀子が言い返す。


「勝手なことを、言わないでよ。だいたい、なんでお母さんが、ここに来るの!」


「大事な孫の一大事に、のほほんと家にいられるもんですか」


「警察に、止められたでしょ。お母さん、来年、80歳になるんだよ? こんなとこに来ちゃ、駄目じゃない。全く、お母さんといい、お父さんといい……。お父さんは、まだ、南米に?」


「さあ、どこだったかしら。シニアボランティアとかいって、あちこち、飛び回っているわよ。仕事人間だったんだから、定年後くらい、一緒にいてくれると思ってたのにね」


「人生を、有意義に過ごすのは、いいことだけど……」


「ま、あの人のおかげで、私も、専業主婦をやっていられるわけだから」


はっとした表情が真紀子の顔に浮かんだ。


「ちょっと。この子、将来専業主婦になるって言うのよ。いったい、どういう教育をしてくれたのよ、お母さん」


「まあ。家のことをきちんとこなすのは、立派なことよ」


「そうよそうよ」

と雪美。


 かっとなって真紀子が叫んだ。

「専業主婦なんかになって、いざという時、就職なんて、絶対、できないんだからね!」




 「おい。女3人で、何を勝手なことを、くっちゃべってるんだ」


 雪美の、テープの巻き方が、甘かったのであろうか。

 足元で、大きな芋虫のように身をくねらせていた永瀬一朗が、不意に立ち上がり、口のガムテープをもぎ取った。


 いつの間にか、手足のテープは、剥ぎ取られてる。


 あっと言う間もなく、雪美の首根っこを左手の肘で抱え込んだ。そのまま、じりじりと後じさる。


 右手には、おおぶりの、カッターナイフが握られていた。

 

「みんな、道連れだ」


 一朗は、足元のガスストーブの元栓を開いた。

 しゅーぅ!


 気体が漏れ出る音とともに、独特の臭気が、その場にいた全員の鼻をついた。



 真紀子が叫んだ。

「なにするの!」


「どうせ俺は、犯罪者だ。これから先、ろくな人生じゃないからな」


 一朗は、顎でテレビを指した。

 そこには、ロープで囲まれた、永瀬家が移っていた。


「真紀子さんに続いて、家に入った祖母、信子さんの様子は、全く、わかりません。小学6年生の、近藤雪美ちゃんは、無事なのでしょうか?」


 緊迫した様子の女性レポーターが、煽るように、しゃべり立てている。


「機動隊の突入はまだです。繰り返します。機動隊の突入は、まだの模様です」


 しゅーしゅーと、不気味な音を立てて、ガスが充満していく。


「俺は、ただ、静かに暮らしたかっただけなのに。それを……。おい、お前、ドアを閉めろ」


一朗は、真紀子に顎でしゃくった。


「い、いやよ」


「こいつが、どうなってもいいのか!」

カッターナイフを、雪美の喉に突き立てる真似をする。


「おやめ!」

信子が叫んだ。

「人質を取るなら、私にしなさい。私は、もう、充分生きたから。そんな小さな女の子を人質に取るより、罪は軽くなるわ、きっと」


「だめよ。私を人質にして、雪美を解放して。私はこの子の、母親なんだから」

負けじと、真紀子が両手を差し出す。



「よかったねえ、雪美ちゃん」

一朗が、不気味に笑った。

「お母さんや、おばあちゃんからも、大事にされてて。さっきは、随分、心配してたもんねえ。警察にお手紙、書いてるとき……」


 雪美は、こぼれるように大きな目を見開いている。


「お母さん、来なかったら、どうしようって、言ってたよねえ。よかったねえ。おばあちゃんまで来てくれて。3人一緒に、死ねるよ」


「あなたなんかに……誰が死ぬもんですか!」

「そうよそうよ。私の大切な子よ! その手を離しなさいっ!」


「とりあえず、雪美と真紀子を外へ出すのよ!」

「お母さんは黙ってて!」



「うるさいっ! ぎゃーぎゃー、わめくなっ」


 一郎が叫んだ隙に、信子が、ガス栓に駆け寄ろうとした。


「動くな!」

 一朗は、雪美の頸に巻きつけた左手に、ぐっと力をこめた。

「こいつが、どうなってもいいのか!」


 さらに一朗は、カッターナイフを握った右手を前に突き出して、威嚇した。


「3人とも、俺と一緒に、死ぬんだよ。運がよければ、近所の家も、吹っ飛ぶだろうよ」


 信子が、何か喚いた。真紀子の悲鳴が先だったか。


 ボンッ


 まるで、拳銃の暴発のような音が、鳴り響いた。



「キャァーッ」


 そして、真っ赤なゲル状のものが、全てを覆った。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=950015945&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ