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専業主婦!  作者: せりもも
第5章 ケルベロスと赤い爆弾
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闘志


 話は、少し前、まだ、ユイラちゃんが解放される前まで、さかのぼる。


 嗅がされた薬品の影響で、雪美は、なかなか手足に力が入らなかった。それを見抜いたのか、男は、拘束しようとはしなかった。それどころか、ユイラちゃんと2人、2階に残して、自分は、階段を下りていった。


 ユイラちゃんも、拘束されてはいないが、泣くばかりである。



 雪美は、窓を検めた。窓は、二重になっており、レールに不思議な形の器具が取り付けてある。


 器具の穴にあう、ネジがなければ、開かないようになっているのだ。



「ベランダは駄目だ。下へ行こう」


 ユイラちゃんは、ぎょっとしたように、いやいやをした。

 声を励まし、雪美は言った。


「あんな奴、大丈夫だよ。こっちは二人だよ」



 だが、ユイラちゃんは、がたがた震えながら、両目から、ぽろぽろ涙をこぼしているだけだ。


 声をたてないのが、不思議だった。


 これでは、足手まといになる、と雪美は思った。だが、ユイラちゃんを置いて逃げるわけにはいかない。


 こんなに怯えているから。


 道を挟んで向かいの、雪美の部屋では、外からの音が、非常によく聞こえることを、彼女は、思い出した。


 この部屋も同じだとしたら……。



「た・す・け・てー!」


窓に寄り添い、大声で叫んだ。


「だ・れ・かー!」



「無駄だよん」


 階下から、含み笑いが聞こえた。何か食べているのか、妙にくぐもっている。


「この家の窓は、ペアガラスなのさ。うるさい隣人達がいるから、引っ越してすぐ、おやじが、全部、付け替えたんだ。一財産かかったってさ。おまえんちと、上橋んちのババアの立ち話も、うるさかったよ。ケルベロスだな、あれは」



「関所じゃないの?」

小さな声で、雪美は毒づいた。



「でも、おかげで、防音は、完璧さ」



「くそっ」

雪美は、舌打ちした。



 下から、どら声が続ける。


「ユイラちゃんは、いい子だから、逃げたりしないよ。言いつけは守るよね、ユイラちゃん」


 ユイラちゃんは、びくんと振るえ、がくがくと頷いた。



 それにしても、ユイラちゃんの様子は、異常だった。ものすごく、怯えている。


 雪美は、ユイラちゃんの方へいざっていった。隣に並び、体育座りで、壁にもたれた。


「大丈夫だよ。あんなやつ、怖くないから」

ひそひそと、雪美は話しかけた。

「逃げよう。ユイラちゃんのおうちは、すぐ、お向かいじゃん」


「おうち、……」

「うん。お父さんもお母さんも、ユイラちゃんが帰るの、待ってるよ」


「マリン、エレナ、ハルン……」


「アムト君とセイヤちゃんもだよ。お姉ちゃん、早く帰ってきて、って」

「お父さん……、お母さん……」


「だからさ、逃げようよ」


 声を励まし、雪美は言い募る。

 ユイラちゃんは、ますます縮こまった。


「凄い声で、怒ってた」

「あんな奴、怒っても、怖くないよ」


「違う。お父さんとお母さん……」

「怒ってなんかいないよ。ユイラちゃんがいないって、すごく、心配してるよ」


「だって、毎晩、怒ってるのが、聞こえる」

「は?」


「お兄さんが、窓を開けるの。そうすると、聞こえる。お父さんとお母さんの、けんかする声……」

「……」


 それは確かに、雪美の部屋にも聞こえてきたが……。


「ユイラが悪い子だから。だから、お父さんとお母さんは、けんかするの。リコン、しちゃうって、お兄さんが」

「ユイラちゃん、それは、違う」


「ユイラ、帰る家が、もう、ないの」


「それも、お兄さんが?」

「そう」


「そんなことないから。ユイラちゃんのお父さんとお母さんは、きっと、仲がいいから、けんかするんだよ。だって、エレナちゃんやマリンちゃん、バルン君やアムト君、それに、セイヤちゃんもいるんだよ? そんだけ子どもがいたら、離婚なんて、できるわけ、ないよ」


「子どもが多すぎて、ユイラは、じゃま?」


「違う。離婚したら、お父さん、養育費、払いきれないでしょ。小さな子どもの親権は、母親に行きやすいんだよ。上の子達を引き取ったとしても、その子らを育てながら、別の所帯に、幼児や赤ん坊の養育費を送金するなんて、それは絶対、無理。この場合は、慰謝料もあるだろうし」


 ユイラちゃんには、よく、わからないようだった。雪美は、なおも、続けた。


「いいじゃん、お父さんとお母さんなんて、どうだっていいよ。ユイラちゃんには、きょうだいが、5人もいるんだよ? 今の日本で、恵まれてると思わない? 6人で力を合わせれば、親なんて、どうとでもなるから。私なんて、美弥しか、いないんだよ」


「そうだね。6人いれば……」


「とにかく、ここを出よう。ね」

「でも……」


 ユイラちゃんは、煮え切らない。

 雪美は、じれてきた。


「もしかして、お兄さんに、何か、された?」

「何かって?」


「パンツの中に手を入れられたり、おちんちんをくわえさせられたり、おしっことうんちの穴の間に、強引に、突っ込まれたり……」


 ユイラちゃんは、また、別の種類のショックを受けたようだった。



 その時、上から声が降ってきた。

「よく知ってるな」


 雪美は、ユイラちゃんを説得するのに夢中で、お兄さんが階段を上ってきたのに、気がつかなかったのだ。

 だが、彼女は、怯まなかった。


「塾で聞いたのよ」


「最近の塾では、そんなことも、教えるのか?」


「この辺の塾じゃないわ。大きな町の塾よ。教えてくれたのは、先生じゃないけど」


「マセたガキは、嫌いだ」


 ……あたしだって、あんたなんか、大っ嫌いよ。

 心の中で毒づきつつ、重ねて、ユイラちゃんに聞く。


「どう? 何か痛いこと、された?」


「塀から落ちたとき、痛かった」

「他は?」


 ユイラちゃんは、目にいっぱい涙をためて、首を横に振っている。


 「何もされてないのね。でも、されてても、全然、平気。その時は痛くて気持ち悪いみたいだけど、大したことじゃないし。まだ子どもだから、妊娠する心配もないし、こいつ、引きこもってるから、変な病気も持ってないだろうし」


「うるさい!」

お兄さんはいきなり、雪美の頭を張り飛ばした。


「何するのよ! もうすぐ、受験なのよ! 図形の定理を、忘れちゃうじゃないのっ!」

怒り心頭、雪美は叫んだ。


「お前、俺が、女を知らないと思ってるな。馬鹿にするな。ちゃんとできるぞ」


 お兄さんは、ものすごい目で、雪美を睨んだ。

 雪美も、負けじと、睨み返す。


 お兄さんが、目をそらせた。


「お前はもう、ババアだ」


 そして、いきなり、ユイラちゃんに襲い掛かった。

 ユイラちゃんを仰向けに押し倒し、のしかかっていく。


「ババアですって? この、ロリコンが!」


 雪美は、逆上した。

 手近にあったもので、一番重そうなのは、ノートパソコンだった。


 雪美は、それを持ち上げると、ユイラちゃんの上にのっかった、そいつの頭の上に、力いっぱい、振り下ろした。

 ……。









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