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専業主婦!  作者: せりもも
第4章 関所で井戸端会議
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虎の巣へ乗り込む


 希望が丘北交番は、大騒ぎになった。

 三日も行方不明だった少女が、自ら、やってきたのだ。


「私のおうち、誰もいなかったの」

少女は、泣きながら言った。

「置いてかれちゃったのかな」



 泣きじゃくる少女を宥めるのには、時間がかかった。


 ……おうちの人はね、ちょっと、お留守してるだけなの。すぐに迎えに来るよ。

 婦人警官が、優しい声で慰めた。


 斉藤ユイラ。

 名前を聞かれ、女の子は答えた。

 間違いない。

 3日前から行方不明になっていた、小学校3年生の、女の子だ。



 今までどこにいたのか。誰といたのか。何があったのか。

 聞きたいことは、山ほどあった。


 しかし、少女は、著しく、混乱していた。

 何を聞いても、はかばかしい返事が返ってこない。ただ、家に家族がいなかったと、泣くばかりだ。



 ユイラは、一枚の、A4の紙を持っていた。

 その紙には、大きな字で、


 「斉藤ユイラは返す。代わりに、近藤雪美を預かった。次は、雪美の母と交換だ」


と、印字されていた。







 真紀子は、久しぶりに、日本に帰ってきた。


 10ヶ月ぶりの日本である。成田に降り立った途端、肌の露出した部分が、湿気を含んだ重い空気に、潤されるのを感じた。夏なら不快に感じた筈だが、今の季節は、懐かしさを感じるほどに、ほっとした。


 一刻も早く、家に帰りたかった。海外から帰国した時の、望郷の思いは、格別のものがある。

 それなのに、手違いがあったとかで、なかなか、荷物が到着しなかった。

 待合コーナーで待つことにした。大きなテレビがあったからである。


 その、映像の、クリアな精確さに、真知子は、驚嘆した。薄い、垂れ幕のような画面が、宙に浮いている。まるで、動く映像を写す、掛け軸のようだ。

 古式ゆかしい日本の、最新技術だ……。真紀子は、誇らしく思った。


 大きな平たい画面に、突然、何の前触れもなく、見知った顔が映った。


 つばを飛ばし、地団太を踏みつつ、しゃべりまくっている。小柄な体に、怒りが満ち溢れているのがわかる。


 信子だった。


 向かいの家の窓を指差し、決死の形相で、入っていこうとしている。警官が、何人も、よってたかって、引き止めている。


 真知子の手から、荷物引換券が、ぱらりと落ちた。


 画面右上には、「スクープ! 誘拐・拉致監禁事件中継中」という、大きいテロップが入っていた。


 飛行機が着陸し、スイッチを入れたばかりの携帯電話が、ブーブーと、激しく振動し始めた。







 「しかし!」


 大急ぎで立てられた、少女連続誘拐事件本部の警部は、唾を飛ばして叫んだ。

 相手は、本部長である。


「危険ではないですか? 少女の母親を犯人の元へとやるなんて! 虎の巣に送り込むようなもんです!」


「女の子を、見殺しにするわけにはいかんだろうが。マスコミが、大勢、取り巻いているんだぞ。ったく、なぜ、マスコミが押し掛けてくるんだ!」


「雪美ちゃんがいなくなったと、こちらが把握する前に、マスコミは知ってたんです。どうやら、斎藤ユイラちゃんがいなくなった晩、母親と一緒になって探した上橋という隣人が言いふらしたようで……。この上橋という人物は、雪美ちゃん一家とも、頻繁に行き来があったみたいです」


「上橋……」


「近所関係が入り組んでますねえ。斎藤家を挟んで、西隣が上橋家、そして、東隣の家が、雪美ちゃんの家。ユイラちゃんと入れ替わりに、誘拐された子の家です」


「帳場《捜査本部》が立ったばかりの頃は、その、東隣の家の女が怪しいということだったが……」


「今時、包丁を研いでたり、非常に危ない、車の運転をしたりしていたものですから。実際、雪見ちゃんが受験ということで、斉藤家の賑やかさを、よく思っていなかったようです」


「騒音トラブルか。よくある話ではあるな」


「スギさんとツルヤマが話を聞きに行きました」


「だが、そのセンじゃなかったな。焦らなくてよかった。雪美ちゃんは、時間差で第2の被害者になっている。彼女の家族を誤認逮捕などという事態になっていたら、目も当てられないところだった……」



 解放された斎藤ユイラの証言から、犯人は、この三軒と通りを挟んで向かいにある永瀬家の二男、一朗の犯行とわかったのである。


 永瀬家の周りは、今、マスコミが、びっしりと取り巻いている。



「じゃ、その、上橋という人物が、マスコミにリークしたというのか?」


「リークというか、ご近所の広告塔らしいですよ。その上、有名なクレームおばさんで、交番にもしょっちゅう、苦情を申し立てていたようです。ボールがうるさい、犬がうるさい、死にかけた猫がいる……」


「死にかけた猫?」


「三丁目に、三味線の師匠がいるんです。渋皮の剥けた、ちょっといい、年増です」


「……。では、情報漏洩は、警察の責任ではないな」


「永瀬一朗の両親は外出中でした。つかまえて、任意で、警察署に同行してもらい、息子に、説得の電話をかけさせました。何度かかけさせ、ラインやメールもさせました。しかし、一朗からの応答はありません」


「同じ家に、ユイラちゃんが、三日も監禁されてても、気がつかなかった親だ。説得なんて、無駄だ」


「もう少し、時間を下さい。手順を踏まないといけません。両親にしたって、全く知らなかった、なんて、ありえない。あんなに狭い家なんですよ?」


「知らなかったは、言い訳だろうな。両親は、屈服させられているんだ。ひょっとして、家庭内暴力もあったのかもしれん」


「だとしたら、ますます、危険じゃないですか」

「その危険な中に、少女が一人、監禁されているんだぞ」


「だからって、母親まで送り込むことはないでしょうが!」

「本人が、行くと言っているんだ。実の母親だ。任せようじゃないか……」







 テレビカメラは、狭い私道を、ゆっくりゆっくり歩く、母親の姿を捉えていた。


 娘の為に、自ら志願して、囚われの身になりにいく、母親。


 濃茶のスラックスに、ベージュのコートを羽織っている。ゆっくり、ゆっくり、歩いている。


 永瀬家裏側の家の、ベランダを借りた、テレビ局のカメラが、ズームになった。

 母親の顔が、アップになる。


 近藤真紀子の顔が、全国に流れた。










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