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専業主婦!  作者: せりもも
第3章 隣の道路族
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刑事ドラマ


 警察がやってきたのは、次の朝、子どもたちが登校した後のことだった。

 テレビドラマで見るように、年配のと若いのの、二人組みだった。


 年配の方に中年の渋みがなく、若い方もちっとも初々しくないのが、ドラマと大きく違う点だった。ちょっと、がっかりである。


 営利誘拐を警戒しているのか、覆面車だった。パトカーだったらよかったのに、と思った。


 とはいえ、生涯初めての警察の来訪に、私はおおいに興味を持った。家の中でお茶を、と誘った。だが、年齢差のある二人の男は、ちらっと目を合わせ、勤務中ですから、と断ってきた。


 テレビドラマの定石通りだ。私は、晴れがましく思った。


 玄関先での、ひそひそ話となった。年配の方が、口火を切った。



「ユイラちゃん、ゆうべは、とうとう、帰らなかったそうです」


「まあ。それはそれは。お母さん、さぞや心配してるでしょうねえ。ゆうべも、半狂乱でしたもの」


 さすがに、子どもが帰らないというのは、こちらも心配になる。

 たとえどれだけ大勢いても、帰らない子がいるというのは、心配なことだろう。私には、そんなにたくさんの子どもがいないので、本当のところは、わからないが。



 あれから、斉藤さんは、もう少し、家で待ってみると言って、帰っていった。

 ついていこうかと思ったが、小太りのお父さんもそのうち帰るだろうし、とにかく親戚だか友達だかの多い家だから、私の出る幕ではあるまいと、自重したのだ。


 結局、子どもは帰らず、夫婦は、警察に届けたらしい。



 年配の刑事は、この寒いのに、夏物もかくやと思うばかりの薄い生地のスーツの前を掻き合わせ、貧乏ゆすりしながら、話を続けた。


「昨日、お昼過ぎ頃、幼稚園に通う子を迎えに行ってから、斎藤さんは、子どもたちと、家の外にいたそうです」


「午前中も、外にいましたよ。この寒いのに、プラカーに子どもを乗せて、うちの前を、がらがら、行ったり来たりしてましたから」


「なるほど。で、斎藤さんのお母さんは、学校から帰ってくる上の子たちを出迎え、その友達も交えて、みんなでずっと外で遊んでいた、と」


「ええ、それはそれは賑やかで、動物園状態? 特に、お母さんの、楽しそうなはしゃぎ声が」


「他に大人は?」


「そういえば、昨日は、お父さんの姿も見かけなかったわねえ。たまにママ友がいることも、あるんだけど、昨日の斉藤ママの遊び相手は、子どもだけだったわよ。まあ、ママ友がいればいるで、これがまた、声が響き渡ってねえ。この辺の家々の壁にぶつかって、こだましてるわよ。親になった女の声って、どうしてこう、よく響くのかしら。必ずしも小さい子の親ばかりじゃなくて、結構いい歳のオバサンの声も、よく響くでしょ? 私ね、これは、縄張りの主張じゃないかと思うの。昔、ヒトが、サルだった頃……」



「あー、それで、昨日のことですがね」

無遠慮にも刑事は、私の思索を断ち切った。


「夕方5時頃、斎藤さんがふと気がつくと、一番上の、ユイラちゃんがいない。友達の家にでも行ったかと思って待ってみたが、夜になっても帰ってこない」


「結局、友達の家にもいなかったんでしょ?」


「それで、心配になった斉藤さんは、お宅を訪れた、ということですが」


「8時半過ぎだったかしらねえ。テレビで悪徳銀行員がね、町工場のかわいい娘に……」


「斉藤さんは、ユイラちゃんは、絶対、お宅にいる、と確信したそうです。なぜでしょうか」


 年配の刑事が遮った。

 私は、むっとした。


「知るわけないでしょ。凄い剣幕で、土足で上がりこまれて、後が大変でした。ぞうきんがけが、これがまた……」


「ほほう、土足で。相当、焦っていらっしゃったんですなあ」


「普通じゃなかったですよ。2階にも、ずかずか上がっていって、子ども部屋まで覗くんだから」


「お子さんがいなくなったんです。無理もないでしょう。ユイラちゃんは、お宅のお子さん達と、仲が良かったのですか」


「お子さん達?」


「子ども用自転車が2台、外に止めてあったものですから」


 この刑事、少しは見る目があるようだ。


「うちの子たちは、全然遊ばないわよ。あちらは引っ越してきたばかりだし、子どもがたくさんいるわりには、うちの子たちとは、学年が、合ってないみたいだし」


「あなたが、遊ばせなかった?」


「まさか。刑事さんは、ご存知ないのかもしれないけど、今の子って、学年が違うと、もう、遊ばないんです。姉妹の友達は、違うみたいですけどね。だから、斉藤さんのお子さん達には、自前の友達が、大勢いるわけですよ。あれ、親戚の子だったかな? いつも、7~8人で遊んでます。うちの前の道路で」


「7~8人ですか。それだけの人数の子どもらが、大騒ぎをすると、うるさいでしょう?」


「立てておいた掃除機が倒れますね。いえ、昼間なら、いいのよ。でもね、うちには、受験生がいるのよ。どちらかというと、夜ですよ、静かにしてほしいのは」


「夜もうるさい? それは、大変ですね」


2人の刑事は、目配せをした。


「ところであなたは、包丁で人を脅したことがあるでしょう」


「包丁?」


「子どもが窓から覗いているのを知っていて、包丁を突き出して見せたことは? どうです、心当たりがあるでしょう?」


「あるわけないでしょ。それじゃ、異常者じゃない。いえ、もうすでに犯罪者だわね。脅迫罪? ひょっとして殺人未遂も適用されるかもしれない。わあ、怖い。うちの前の道路は、通学路なのよ。すぐに逮捕して欲しいものだわ」


「……」


 若い方の刑事は一瞬息をのみこんでから、どこか自信なさげにくちごもりつつ言った。


「斎藤さんの3番目の女の子……。エ、エレ……」


「エレナちゃん? 変な名前よね、年取ったら、どうするつもりかしら。エレナばあちゃん? 変だわ」


「そのエレナちゃんが、前に、窓からお宅を覗いていたら、包丁で脅されたと言っているんですよ」


「覗いていた? まったく、躾がなってない!」

私は舌打ちした。

「包丁は、物を切る為の道具でしょう? それで、人を脅すなんて、あなた、失礼な」


「でも、エレナちゃんが言うには、台所で下を向いていたあなたが、不意に顔を上げて、窓から覗いていたエレナちゃんに包丁を向けて、にやりと笑ったとか……」


 とすると、隣の子は、うちの台所と向かい合った窓から覗いていたのだ。

 頭の中で、何かがかちゃりとはまった。


「それはね。包丁を研いでいたの。よく研げたかどうか、光にかざしていたんだわ」


「包丁を研ぐ?」


にきび面の若い刑事が、すっとんきょうな声をあげた。私は溜息をついた。


「包丁はね、時々研がなくてはならないの。最近は、切れなくなると、すぐ捨ててしまって新しいのを買う人が多いって、砥石の実演販売のおじさんが言ってたけど、もったいないことするわよねえ。ツクモ神の祟りにあうわよ」


「ツ、ツクモ神って……?」



「お前は黙ってろ」


 生活の悲哀漂う中年刑事がしゃしゃり出て、再び主導権を握った。どちらも好みではないのだが、どちらかと言えば、私は、若い方としゃべっていたかった。なにしろ、家にこもっていると、子ども以外の若い男と話す機会など、めったにない。


「しかし、包丁を、隣の家の子どもに向けちゃ、ダメでしょう」


「あのね。私は、エレナちゃんがのぞいているなんて知りませんでしたよ。だいたい、人のうちの中を覗いたら、駄目じゃないですか。そこは、親が、ちゃんとしつけないと!」


 二人の刑事は、目を合わせた。理解不能のアイコンタクトは、一瞬で終わった。

 素早い瞬きの後、今度は若い方が、不屈の闘志を目に蘇らせた。


「ところで、あなたは最近、車に乗り始めたそうですね」


「子どもの、塾の送り迎えに、必要ですもんね。だいたいねえ、あんな遅い時間に子どもを、しかも女の子を、一人で帰らせるわけには……」


「道路で遊んでいる子どもたちに、ひき殺してやる、と、叫んだことがあるとか」


「え? 聞こえちゃってた? いやねえ、ひとり言ですよ」


 運転席に座ると、私は人格が変わるらしい。

 雪美に指摘され、初めて知った。

 でもまあ、そういうのは、比較的よくあることだ。


「物騒なひとり言ですな。近所の人が、複数、聞いています」


「あのね。そもそも子どもを、道路でなんて、遊ばせるもんじゃなのよ。けっこう飛ばしてる車もあるし。あの子達、クラクションを鳴らしても、どいてくれないんだから。親が見てるったってね。いつもってわけにはいかないんです。親が見てない時のことを考えて、子どもは、遊ばせなくてはならないの」


「ほほう。含蓄のあるお言葉ですな」


褒められて、私は嬉しくなった。


「まず、お母さん自身が、子離れしなくちゃね。子どもは、次第に親から離れて、地域のルールに従って遊ぶもんです。子どもだけならね。口うるさい人のいる家の前では、絶対、遊ばないわよ。5分も歩けば、公園も広場も、あるんですからね」


 しゃべりつつ、そういえば、ゆうべ、斎藤さんも、私がユイラちゃんを車ではねてどうのこうのと言っていたなと、思い出した。


 まったく、どうなっているというんだ。



 老いも若きも、刑事たちは、相変わらず鋭い眼差しで私を見つめている。年嵩の方が、魅力のないしわがれ声で言った。


「それで、あちこちに、手紙を出したわけですね」


「そりゃ、私は運転が下手よ。でも、ちゃんとペーパードライバー講習に行ったじゃない。すんごいお金をかけて、ちゃんと運転できるようになったんだから。あなた達と違って、若いハンサムの教官がいるから、聞いてみたらいいじゃない。私みたいな優良ドライバーが、人をひき殺すなんて、あなた、……え? 手紙? 何の?」


 私は、どこへも、手紙なんか、書いた覚えはない。

 メールやラインがあるのに、なぜ今どき、手紙?


「斉藤さんのお子さんの通う学校や、幼稚園、それから市役所、警察……。たくさんの公共機関へ、苦情の手紙を書いていませんか?」


 目から鱗が落ちた気がした。

 騒音に悩んでいたのは、私だけじゃなかった……?


「そんなにたくさんいたんだ。斉藤さんが迷惑だった人」


「全部、同じ人でしょう。文面が同じです。宛先も、斉藤さんの子どものいる学校や幼稚園に、ピンポイントで届いています。ここは学区境だし、幼稚園ともなると、よその子がどこに通っているかなんて、普通は、わからないものですよ」


「へえー。やっぱり、他にもいたのね。斉藤さんの声が、うるさかった人」


「あなた、直接、苦情を言ったりは、なさらなかった?」


「だって、あっちは、子ども6人でしょ? 文句を言いに行って、玄関に6人、お母さんを入れて7人も、ずらーっと並ばれたら、何も言えませんよ」


 私は、じろっと、刑事たちを見た。

「苦情の手紙なんか、書いてません」


「失礼ですが、スマホをお持ちですか? パソコンは?」


「数々の失礼な発言の中で、今のが一番失礼な発言ね! 私は、インターネットで物を買う女よ! しかも、スウェーデンから!」


「手紙は、印刷されたものだったのです」


「ははん。パソコンとプリンターなら、上橋さんちにもあるわよ」


「上橋さん?」


「斉藤さんの、うちと反対隣。夏の終わりに、酒井さんが、夜遅くまで道路遊びをしてうるさいって通報してきた人、いたでしょ? それ、上橋さんよ。あの人、すぐに警察や学校に、苦情を入れるから」


「酒井さん? 誰ですか?」


「酒井さんの前に、隣に住んでいた人! 斉藤さんは、つい最近、引っ越してきたばかりなの。その前に住んでたのは、酒井さんって一家。その前は……」


「お隣は、随分入れ替わりが、激しいんですね」


「あなたね。それくらいは、調べてから来なさいよ。 駄目ね、警察は。最近、検挙率、下がってるんですって?」










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