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専業主婦!  作者: せりもも
第3章 隣の道路族
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おうちバーベキュー


 私の皮肉は、伝わらなかったようである。



 長雨が続き、久しぶりの秋晴れの休日。

 隣家の住人は、親戚縁者友人たちを集めて、駐車場でバーベキューを開催した。


 雪美を塾の模試に送って帰ってきたら、自宅のある路地に曲がった途端、すさまじい煙が、もくもくと立ち昇っていた。


 大変!

 火事か!

 だが、……やけにいい匂い?


 もちろんそれは、火事ではなかった。


 この煙では、焼いているのは、肉だけではあるまい。もっと臭い、煙の立ち易いものも、絶対、焼いている。この凄まじい匂いは、くさや、か?



 子ども達が道路にあふれてはしゃぎまわっているのを掻き分けて、私は自宅に走りこんだ。

 ベランダに布団を干していたのである。


 30坪ほどの区割りで、小さな家が立ち並ぶ住宅街である。

 隣家の駐車場は、うちのベランダから、2メートルも離れているかどうか。


 たまったものではない。


 慌てて布団を取り入れる。2~3日雨が続いたせいで、まとめて洗った大量の洗濯物も、まだ生乾きだったが、取り込んだ。


 洗濯を取り込みつつ、隣に目をやると、煙は、うちの方ではなく、反対隣の上橋さんの方へ、のどかにたなびいていた。


 上橋家のベランダには、洗濯物が満載に干してあり、あまつさえ、寝たきりのおばあちゃんの布団さえ吊り下げられていた。


 留守のはずはない。


 一向に取り込む気配がないのは、煙なんて何よ、子どもと外で遊んであげるのはいいことよね、という決意表明なのか、うちが即座に窓を閉めてしまうことへの批判なのか。


 まあ、気にしない人は、気にならないものだ。私の知ったことではない。



 布団を、ばんばん叩き、洗濯物のハンガーを、かしゃかしゃと音を立てて、竿から外した。


 ちらっと下を見下ろすと、隣家の大人たちは、頑固にグリルを覗き込んでおり、こちらを見向きもしない。


 模試は午前中だったので、幸い、布団に匂いがしみつくまでには至っていなかった。

 雪美も美弥も、花粉症などのアレルギー体質だ。布団を取り込めて、とりあえず、安堵した。



 洗濯物を2階のあちこちに引っ掛けて、下に下りてくると、なんだか、生臭い。それに、妙に視界が悪い。よく見ると、煙っている。


 久しぶりの晴天、キッチンと食堂の小窓、お風呂、トイレの窓は開けっ放しにしていたのだ。

 特に、キッチンと食堂の窓は、隣家の駐車場に面している。煙さん、おいでなさいと、諸手を挙げて歓迎しているようなものだ。


 2つの小窓から入り込んだ煙が、狭い1階中にどぐろをまいている。

 しかし、だからと言って、家中の窓を開けると、今以上に臭くなるし。


 そう思っていると、なにやら、うるさい。陽気な音楽が流れ込んでくる。

 そっとカーテンを寄せると、CDデッキを持ち出して、音楽をがなりたてているのが見えた。


 ディズニーのテーマソングが、これほど、不快だったことはない。



 大きく深呼吸した。



 そりゃ、バーベキューだって、嫌いではない。子どもたちの小さいころは、ディズニーの音楽だって、さんざん鑑賞した。


 でも、この生臭い匂いはどうだ? ネコの額の駐車場で(しかもそこは、布団が干してあるうちのベランダから2メートルほどの距離だ)、炭火を起し、CDをがんがんかけまくるというのは?


 くさやの匂いは、絶対、カーテンに染み付いてしまっている。

 夏、洗ったばかりのカーテンを、また、洗わなければならない。


 いくら私が専業主婦だって、そうそう、予定外の家事をしてはいられない。


 いや。

 落ち着け。


 ここで怒鳴り込んだら、隣人トラブル発生である。

 将来に禍根を残す。


 落ち着け。怒りを静めて。

 私は、良識ある、専業主婦だ。





 あれもこれも焼き尽くし、ようよう煙が収まる頃、隣家に集ったよくにた体型・顔つきの人々は、道路に飛び出し、バトミントンやバレーボールを始めた。


 CDはかけっぱなし、音楽と、ドスのきいた大人の嬌声のせいで、煙がなくなっても、窓も開けられない。


 ふと見ると(私はいつも外を見ているわけではない)、ちょうど、うちの庭にバトミントンのシャトルが飛び込んでくるところだった。


 斉藤さんのお父さんとお母さんが、ラケットを持ったまま、こちらを見ている。

 どうやら、うちのまん前で、バトミントンに興じていたようだ。位置関係からすると、お母さんの方がミスをしたのだろう。


 どうするつもりかな、と思っていると、マリンとおぼしき(マリン……海……?)子どもが一人、何の断りもなく、うちの庭に入ってきた。


 うむ。

 酒井シュンスケと同じではないか。


 人の家の庭に黙って入り込むのは、よくないことである。アメリカ辺りでは、命がけの所業である。

 その子の将来を考え、注意するのが大人の努めというものだ。



 私は窓をガラッと開けた。


「どうしたの?」


「これ」

子どもは悪びれず、拾い上げたシャトルを見せた。


「人さまのお庭に入る時には、一言、お断りをするものよ」


 あくまで優しく、そう教えてあげた。

 子どもはぽけーっ、と突っ立っている。



 「あのうー! 子どものすることですからぁ」


 それまで様子を見ていた斉藤さんのお母さんが、垣根越しに叫んで寄越した。


 子どものすることって。

 道路でバトミントンしてて、うちの庭にシャトルを入れたの、あんたでしょ。


 盗人たけだけしいとは、このことである。





 斉藤家のバーベキューパーティーは、それから、毎週続いている。


 休日ほどではないが、平日の路上も、子どもと遊ぶおとなの歓声と、デリカシーに欠ける企業が開発した玩具のお陰で、それはそれは騒がしい。


 通りかかった車が、クラクションを鳴らし、立ち往生している。子どもが避けないからだ。

 そのクラクションの音さえも、気にならない。


 あまつさえ、子ども達は、うちの駐車場に入り込み、車の陰に隠れてかくれんぼをしたりしている。


 大人もまた、そんな子ども達に、何も注意しない。

 確かに、門は開けっ放しだし、塀は、あまり高くない。車はほこりだらけのボロボロである。


 しかし、ローンを払って手に入れた、うちの敷地だ。車だって、立派な動産である。


 特に車は、家が道路沿いのせいで、過去に何度か、尖ったもので引っ掛かれている。ミラーをもぎ取られたこともある。修繕費だってばかにならないのだが、もちろん、犯人は捕まらず、泣き寝入りである。


 だから、車の脇で、子どもにうろちょろされると、気になってしようがない。


 それに、万が一、うちの敷地で子どもが怪我をしたりすると、それはうちの責任ということになるのだろうか?


 少なくとも、モンスターな親なら絶対、ねじこんでくる。



 どういう仕事をされているのか、斉藤さん夫婦は、両方とも、いつも家にいる。


 午前中は赤ん坊をあやす大声が(なんで、こちらが窓を閉めていても聞こえるほどの大声で、赤ん坊に話しかけるんだ?)、午後は、幼稚園児だか小学生だかと遊ぶ両親のはしゃぎ声が、そして夜は、もうこれは、毎晩、運動会をやっているとしか思えない。地響きがする。


 家の中にいても窓を開けっぱなしなので、うるさい。外にはみ出すと、うちは、ラジオの音もかき消される。









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