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専業主婦!  作者: せりもも
第3章 隣の道路族
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梅の天日干し


 雪美が受験をするので、夏休みは、特にどこにもいかず、静かにすごした。


 雪美は塾の夏期講習に忙殺されていた。休みを取ったのは、お盆の1週間きりという、すさまじさである。



 美弥は、友達と、学校のプールへ行ったり、市民プールへ行ったり、友達のお母さんに遊園地のプールへ連れて行ってもらったり、とにかく、水に浸かって過ごした。


 あ、そうか。

 子ども達は、行ったんだった、旅行。


 近藤パパがチケットが取れたとか言って、ヨーロッパへ、1週間。


 私は、行かなかった。おやこ水入らずで、過ごさせてやったのだ。




 出発の前日、庭で梅を日に干していると、雪美がやってきた。


「うへえ、すごい匂い」

「いい匂いでしょ」


 15キロの梅が、紫蘇でほどよく赤く染まり、平たい盆ざるにぎっしり広げられている。


 あたり一面、梅の、しょっぱい匂いが漂っている。梅雨の頃の、あの、甘い匂いとは、似ても似つかぬ、堂々たる梅干の匂いである。


 やはり今年の梅は、出来がいい。果肉が厚く、ジューシーである。

 真夏の日差しに当てられて、しょっぱいエキスが、沸騰しそうになっている。



「何やってるの?」

鼻の頭に皺を寄せ、雪美が尋ねる。


「ひっくり返してるのよ。裏側まで陽に当てようと思って」

「へえ」


「手伝う?」

「うん」


 珍しく素直に、雪美は菜箸を手にした。

 2人で1つずつ、梅を裏返していく。


「旅行、一緒に来ないの?」

さりげなさを装った口調で、雪美が尋ねた。


「チケット、ないもん」


 お盆である。


 近藤が確保したチケットは、おとな1枚と子ども2枚。それだって、よく取れたものだ。

 雪美の塾の休みに合わせて取ったのでプラチナ級だ! と、自慢げに言っていやがったが。


  当然、あの男は、私の分など、取りはしない。



「パパに頼んで、チケット、取って貰えばよかったじゃん」

特別大きい梅を箸に挟んみ、ついでのように雪美は言った。


「行きたくないもん」

これは即答。


「ふうん」


 しばらく、2人で、黙って梅をひっくり返し続けた。

 再び、口を切ったのは、雪美の方だった。


「私と美弥が留守の間、一人で、寂しくない?」

「っぶぇっつにぃー」


「はあ?」

「だから、別に。寂しくなんかないよ。飛行機なんか、乗りたくもないし。長いこと同じ姿勢で座ってると、腰が痛くなるし」


「向こう行ったら、観光、できるじゃん」

「歩き回るの、疲れる」


「素直じゃないの」

深いため息を吐いた。

「行きたくないのは、本当は、私の方だよ」


 さりげなさを装った深刻な口調に、私はちょっと、どきっとした。

 が、努めて軽い調子で言った。


「あんたこそ。たまには、パパにパパらしいこと、させてやんなよ。おやこが一緒に過ごすって、大事だし」


「ふん」

雪美は鼻で笑った。




 姉妹が帰国するとすぐに日常は復活し、雪美は塾に、美弥は友だちとプールに、明け暮れた。


 そうして、夏を過ごした。








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