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専業主婦!  作者: せりもも
第1章 PTAモンスター、爆誕!
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時間をかけたフレンチトースト

 午後2時。庭に出て、布団を叩く。


 日差しをたっぷりと吸い込んだ布団からは、日向の優しいにおいがする。今夜は、子ども達も、眠りに就くのが早かろう。


 これだけ湿気の多い国で、頻繁に布団を干さないなんて、愚かなことだ。


 そう言ったら、だって昼間は、働きに出てるんだから仕方ないでしょ、と、青筋立てて真紀子は怒ったけれど、天日を当てて乾燥させた布団と、じっとりと湿気た布団、どちらが健康にいいかということなど、自明の理というものだ。



 あまりに気持ちがいいので、取り込んだ布団の上でうとうとすること、数十分。ピーンポーンパーンポーン。という、市の放送で目が覚める。


 不審者対策の一環として、小学校低学年の下校時刻になると、住民に、「外へ出て、子ども達の安全を見守りましょう」と呼びかけているのだ。以前は、子どもの声で放送を流していたが、かえって不審者を喜ばせる結果にでもなったのか、この頃は、大人の女の声が響き渡る。



 放送が始まったばかりの頃は、私も馬鹿正直にも「子ども達の安全を見守」る為に、門の辺りをうろうろしていたものだ。が、用もないのに外に出ていると、道行く人が、このヒマ人めが、とばかりに、じろじろ見るので、やめにした。


 それに、この春から、わが家にも、帰ってくる子ども達がいる。ようやく一緒に住めるようになった、かわいい子ども達が、息を切らせて帰ってくる。


 呑気に外に出てなどいられない。

 慌てて立ち上がる。


 朝と違って、ほんの少し眠っただけなのに、すっきりと目覚める。起きてすぐ、活動できる。そして何よりも、頭が明晰になっている。午後の家事の手順が、鮮やかに浮かぶ。


 だから、昼寝は必要だと思う。


 会社では昼寝はできない。専業主婦はいい気なもんだ。よく、そう言われる。だが、数十分眠って、効率をよくする。むしろ、会社でも見習うべきなんじゃないか? 自分と違うカテゴリーに属する人間を差別し、馬鹿にしてばかりいるから、出世できないのだ。



 キッチンのボウルの中には、卵と牛乳、砂糖に浸した食パンが入っている。さきほど、味噌汁の残りとお冷やご飯の昼食を済ませた時に、つけ込んでおいたものだ。これをバターで焼いて、フレンチトーストにする。


 甘い卵液を、時間をかけてたっぷりと吸ったパンが、こんがりとキツネ色に焼け、バターの匂いが家中を満たす頃、玄関のドアがバタンと開いた。


「ただいま!」


元気のいい声が、ランドセルを投げ出す音に重なる。



「お帰りぃ!」


この一言を子どもに言う為に、私は、今、ここにいる。



 トイレのドアが乱暴に開けられ、弾丸のように、中へ駆け込む音がする。

 美弥みやは、いつもそうだ。よほど、学校で緊張を強いられているのであろう。

 すぐに、ジャーと水を流す音がして、さわやかな顔をして出てきた。


 これこれ、この笑顔。この笑顔があるうちは、大丈夫。



「いい匂い。今日のおやつ、なぁに?」

「手は洗ったの? うがいは?」

「まだー」


言いながら、洗面所へ入っていく。小学校一年生の美弥は、まだまだ、素直でかわいらしい。



 「ねえねえ、遊びに行っていい?」


フレンチトーストを口いっぱいほおばって、美弥が聞く。


「宿題を済ませてからね」


勉強を先にやってしまうという習慣をつけることが大切である。夕飯の支度を始める前なら、漢字や計算ドリルの答えあわせに付き合ってあげることもできる。


「でもー。約束したー。ランドセルを置いたらすぐに集合って」

「どこに?」

「団地の公園」



つい先日、おやつを食べて宿題を済ませてから公園に行ったら、友だちはみんな、どこかへ行ってしまっていなかった、と、美弥が泣きながら帰ってきたことがあった。子どもたちは、集団で、居場所を変えながら遊ぶのだ。



「誰と遊ぶの?」

「ユリちゃんにヒメちゃんに、サトル君。他にもまだ来るって言ってた」



 基本的に、わが家では、放課後の外遊びを重視している。子ども同士で遊ぶ方が、習い事をさせるよりよっぽど、豊かで実り多い時間を過ごせると思う。




 長いこと時間をかけて下ごしらえしたフレンチトーストは、あっという間に小さなお腹に消えた。口をすすがせる為に勧めた牛乳をごくごく飲み干すと、美弥は、まるで羽でも生えているかのように、あっという間に外へと飛び出していってしまった。


 子どもの背中には、本当に、見えない羽が、生えているのだろう。

 毎日が、楽しくてたまらないのだ。


 私は、だから、その楽しい時間を、大事に大事にしてやりたいと思う。








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