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専業主婦!  作者: せりもも
第2章 半径2キロの暗闘
17/45

PTA活動


 「うーん、今の若い人はねー」


「PTA役員互選会に前向きに参加して頂く為に」というプリントを印刷していたしのぶさんは、ため息をついた。


「若い人って、しのぶさんだって、充分若いじゃないの」

「あら、うちはお姉ちゃんがもう6年生だし、私って、結構、晩婚だったんですよ」

「……」


 私は呆れてしまった。

 しのぶさんは、ぺろっと舌を出した。


「年の話は、しないのよ」

田之倉たのくらさんが言った。



 毎回、連絡網を回しているのだが、それでも、PTA活動への出席者は少ない。

 私としのぶさんだけのこともあり、あの時は、言葉を失った。


 今日は、全家庭数の500部を印刷しなければならない。例の、PTA活動をしましょう(役員に立候補しましょう)という啓蒙活動の一環だ。


 しかし、500部だ。ホッチキスで綴じる仕事もある。

 さすがに、他に2人、出てきてもらった。



 印刷などの作業のある日は、私としのぶさんだけでは、どうにもならない。どこまで他人任せの丸投げを続けるつもりだと、業を煮やしたしのぶさんが、個人的に面識のある選出委員のお母さんを、つまり、6年生の親を、強引に引っ張り出したのだ。

 私と一緒に、アミダに参加した、あのお母さま方である。


 なんだ。

 来ようと思えば、来れるじゃん。


 思えば、アミダにあたったばかりに、いったいどれだけの仕事を、私はこなしてきたろう。

 この原稿だって、ブラインドタッチが苦手な私が、がりがりと鉛筆で書いたものだ。だから、時間がかかっているし、見栄えも悪い。


 校閲は、選出委員会を担当する、副校長にお願いした。

 PTAの各委員会に担当教師がいることにも驚いたが、印刷物は、学校側の検閲がなければ印刷できないことも、初めて知った。


 その副校長が、私が校閲済み原稿を受け取りに行く日をど忘れしていたので、二度も学校へ行かなくてはならなかった。


 管理職でしょ、あんた。


 つまり、原稿を仕上げるのに、すごく時間と手間がかかっているのだ。

 印刷くらい、手伝ってほしい。

 他の委員さんにも。




 「酒井さんって、もと、和泉町のマンションにいた酒井さんでしょ?」


「今の若い人」の話にも戻り、もう一人の参加者、後藤さんが言った。


「え? 知らない」

隣人について、私は何も知らない。


「子どもは3年生の男の子でしょ」


「シュンスケ君?」


 その名は、良く聞こえる。

 というか、毎日のように、母親が罵倒している。


「そうそう。あそこんち、もと、和泉町のマンションにいたのよ。引っ越したって、聞いてたけど」


「そのマンションって、分譲だったの?」

田之倉さんが聞く。


「ほら、あの、ホワイトハイツ」

後藤さんは、酒井さん情報に詳しいようだ。


「ああ、分譲じゃん。そこを売って、信子さんちの隣ってことは、中古の建売を買ったのね」

「買ったんでしょうねえ」

田之倉さんと後藤さんは頷きあう。



 引っ越しの挨拶の時、酒井さんはただ、引っ越してきた、と言っただけだ。

 隣の家に、前に住んでた大里さんご夫婦は、ご主人の田舎へ帰ると言っていた。

 家は、売りに出したと思う。



「家が2軒、買えるのか。フルタイムの共働きはお金があるわねえ」

感に堪えないといった様子で、田之倉さんが言う。

「うちなんて、私がパートに出ても、家なんて、とてもとても」


「この年で、正社員なんて、もう絶対、無理だし。あつかましい、って、言われちゃう」

しのぶさんが言うと、


「ほら、また、年の話!」

田之倉さんがつっこむ。

「でもさ、ホワイトハイツって、新築で買ったんでしょ? あそこ、まだ築4~5年ってとこよ。いくら戸建てとはいえ、それを手放して、戸建てを買いなおすなんて……」


「ふつうさ、家やマンションを買う時ってさ、そこに一生住もうって思うじゃん? 一生に一度の、高い買い物だもの。4~5年であっさり売ったりするかな」


後藤さんが言ったのが、合図になった。


「なんかあったのよ、きっと」

「ご近所トラブル!」

「わっ、こわっ!」


 みんなでがやがや話し出す。

 それで、私も、破竹の一件を披露した。

 だって、とても楽しそうだし?

 情報は、みんなで共有しなくちゃ!


「まあっ!」


 案の定、この話は、みんなの興味を引いた。

 それも、私への同情ばかりだ。

 日頃の不愉快も忘れ、私はおおいに、気分がよかった。


「そういう人達なのよ。だから信子さん、気にすること、ないって」

 最後に、しのぶさんが慰めてくれた。


 別に気にはしていないのだが、すごくいやな気持ちは続いていた。

 みんなの同情が得られて、とても嬉しい。


 そうか。もともと問題のある家族だったのか。だったらまあ、仕方ないか。


 って?

「いやよ、そんな家族がお隣さんなんて」


「そうよねえ。いやよねえ」

「ヘンな人、多いもんねえ。あまり深くつきあわないことよ」


 わやわやと、皆さん、アドヴァイスをくれる。


 酒井さん一家が近隣住人を避けているのだから、こちらも、避け続ければいいということか。


 それってちょと、なんだかなー。


 昼間自分たちは家にいなくて、子どもの方が早く帰ってくる。

 それなのに、近隣住人と避けあっていて、いいのかな。


 不要領な私の表情に気がついたのか。説得するように、田之倉さんが言った。


「今はさ、近所の人から挨拶されると、何で私におはようって言うの? って、キレる人、いるらしいよ」


「挨拶しただけで? なんで?」

ぎょっとした。


「よく知らない人から声をかけられるのって、不愉快なんだって」


「だって、近所の人じゃん。それなのに、キレるなんて」


「こわいわねー」

「こわいわよ」


 後藤さんと田之倉さんが、頷きあっている。

 なんだか、釈然としなかった。


 引っ越してきた当初、酒井さんは一家は、3人そろって、石鹸をもって挨拶に見えた。

 その時は、お父さんもお母さんもにこにこと微笑んでいて、ごく、普通の、幸せそうな家族に見えたのに。


 だいたい、近所づきあいしたくないのなら、石鹸なんて、持ってこなければいいじゃないか。



「それはさ、うちは、幸せな家族なんですよって、言いたかったんだよ」

と、田之倉さん。


「へ?」


「仕事から帰ると、お母さんは、毎日、子どもと遊んでやってるって、信子さん、言ってたでしょ」


「うん。あれはあれで、うるさいんだけどね。挨拶しても返してくれないから、道路を歩く時、すごくいやだし。暗くなってもやめないし」


だから、うちの雨戸をばしんと閉めてやるのだ、とまでは言わなかった。


「つまりさ、私は、働いているけど、子どもと遊んでやってる、いいお母さんなんですよーって、言いたいわけ。自立した、でも、子どものことを思っている立派な母親です、って、吹聴してるわけよ」


「はあー。深いわー」

後藤さんの深い知見に、私は感心した。


「っつーか、むしろ、イタイ」

と、田之倉さん。


「イタイ?」


「小学校3年の男子でしょ? もう、お母さんとなんか遊ばないよ。少なくとも、毎日なんて、ぜぇーったい、遊ばない」


「それはそうね。親よりも友だちと一緒にいた方が楽しい年ごろだもの」


 田之倉さんと後藤さんは、合意しあった。



「それにねぇー、夜中に、子どもの泣き声がするのよ」

 とうとう言ってしまった。

 私はつつましい性格だが、人の口に戸はたてられない、と言うではないか。


「泣き声? シュンスケ君の?」

聞き捨てならぬとばかりに、田之倉さんが聞き返す。


「おかあさーん、おかあさーんって、2時間くらい、泣き続けてたこともあったわよ。窓、全開しだから、こっちも起きちゃって」


 聞き耳を立てているわけではないと、さり気なくアピールする。


「やだ。お母さん、いないのかしら」


「いるわよ」


 深夜にベランダにいたシュンスケ君に声を掛けたら、子どもを室内へ入れた後、窓をぴしゃんと閉められた……。

 あの晩のことを、私は話した。


「ひえぇぇぇぇぇーーーーーーっ」


 大騒ぎになった。


「心配して声を掛けてきたご近所さんに対して、それはどうなの?」

「非常識よねえ」


 みなさん、わがことのように、フンガイして下さる。

 溜飲が下がる思いである。

 私の方も、情報をもうひとつ。

 

「あのお母さん、6時には帰ってくるわよ」


「6時に家に着けるなんて、うらやましい」

しのぶさんがため息をついた。

「私が履歴書を送った会社は、片道1時間以上かかるところばかりよ。みんな、落ちたけど」


「そんなとこに勤めちゃだめだよ」


 田之倉さんがあっさり言った。

 しのぶさんは、一瞬、いやな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。



「ねえ、まさか、虐待とか、そんなの、ないよね」

 潜めた声で、後藤さんが言う。


「毎晩外食ってのは? 虐待?」


「やだ、信子さん。それは虐待じゃなくて、ゼイタク」


「そっか。とりあえずちゃんと食べさせてるわけね。それなら安心」

と、しのぶさん。


「外食かあ。うちは随分、してないなあ。毎晩できるのか。いいなあ、共働きって」

「パートや派遣じゃなくってね」

「ほんとよねえ」


 話しながら、作業は続く。


 印刷機の調子はよく、半日の予定が、2時間ほどで刷り上った。

 4人いれば、さすがに早い。しのぶさんと2人では、半日では終わらない。


 次は、刷り上ったプリントを、各クラスごとに仕分けなくてはならない。










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