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専業主婦!  作者: せりもも
第2章 半径2キロの暗闘
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破竹の下茹で


 激しいサイレンの音が、遠くから近づいてくる。

 大通りを、消防車が走っている。


 しかし、大通りを曲がったこの辺の火事ではなかろう。

 私は寝返りをうち、まどろみの中に落ちていった。


 かちゃ。

 玄関のドアの開く音が聞こえた気がした。


 はっとして、跳ね起きた。


 誰? 泥棒? まさか。


 胸がどきどきする。



 この家に、男手はない。

 ベッドから降りて、廊下へ滑り出た。

 電気はつけない。


 子ども達の部屋のドアはきっちりしまっていた。

 古い家の床板がきしまないように、そっと玄関へ向かう。


 玄関には、常夜灯が灯されている。

 その、薄オレンジ色の明かりに照らされて立っていたのは、美弥だった。



「どうしたの?」


 我知らず、大きな声になっていた。

 美弥は、ぼうっとして、こちらを見た。


「トイレ……」

「トイレは、あっちでしょ。今、玄関のドアが開く音がしなかった?」

「しなかったよ」


 美弥は眠そうだ。

 気のせいだったか?


「美弥は、外に出てないよね」

「出てないよ」


 ぼんやりと焦点の定まらない目をしている。

 未だ、夜の闇を怖がる年齢だ。一人で、暗い部屋に入ることさえできない。

 美弥の言う通りだろう。きっと、玄関の開く音は、気のせいだ。夢でも見たのだろう。寝ぼけている美弥と同じように。


「さ、早くトイレを済ませて、お布団に入って。明日も学校でしょ?」


 柔らかい背を、そっと押した。

 美弥は、気だるそうに、頷いた。







 塩原の親戚から、破竹をどっさり送ってもらった。

 細身の、タケノコである。

 ダンボールいっぱいつめられた破竹が、芳しい土の匂いをたてている。


 嬉しい反面、途方に暮れた。

 今、わが家は3人。そのうち2人は、小学生の子どもである。


 好き嫌いのないように、野菜もいろいろ食べさせているが、いくらなんでもこの量は多すぎる。


 いつもおすそ分けする隣の幸島こうじまさんと向かいの永瀬ながせさんは、つい先日、プラムを差し上げたばかりだし。


 小学生の子どもがいるので、何かとうるさいかと、これでも、気を遣っているのだ。

 もっとも、雪美も美弥も、家の中で騒ぐような子じゃないけど。


 永瀬さんも幸島さんも、おすそ分けがあまり度重なると、すごく遠慮なさる。そして、なんとか、お返しをしようとする。


 うちは、地方に親戚がいるからいいが、都内出身の人には、度重なるおすそ分けは、負担になるらしい。


 たとえそれが、純粋な好意であっても。


 都会の生活は、誠にややこしい。



 その時、ばすんばすんと、ボールをたたきつける音が聞こえてきた。

 そうだ。もう一方のお隣さんにあげればいい。


 お隣の酒井さかいさんには、引越しのときに石鹸を頂いたのだが、こちらからは、何も差し上げていない。


 ま、母子揃って道路遊びとか、夜外で泣く子を心配して声を掛けても無視、とか、こちらも腹にイチモツあるんですけどね。


 向こうも、あまり近所づきあいをしたくないようだ。しかし、小さな子どもを家に残して働いているのだもの、うちのことを、まるで無視をしているというわけでもなかろう。

 雪美や美弥と、学年は違うけど、同じ小学校に通っていることだし。


 破竹なら、糠を使ってあく抜きしなくてもいい。筍ほど、手間がかからない。


 働いているご家庭だもの、それくらいの心遣いは、私だってする。



 ボールの音が、どかっ、ばかっという迫力を加えた頃、私は、破竹を何本か新聞紙でくるんで、外へ出た。


 母親と息子が、息を切らせて、激しくボールを蹴りあっていた。


 「こんばんはー」


 ボールの音に消されないように、一際高い声をかける。

 母親が、ぎょっとしたようにこちらを見た。反射的にボールを拾い上げ、胸元で、ぎゅっと抱きしめた。


 「あの、これ。今日、親戚から送ってきたんです。破竹です」


 私は、新聞紙の包みを差し出した。

 手を出さないので、遠慮しているのだろうと、近寄って行った。


「なんで、くれるんですか?」

酒井さんは言った。


「は?」

私には、意味が取れなかった。

 ……なんでくれるんですか?


 しかし酒井さんは、意味を説明しようともせず、子どもを促し、家に入ってしまった。


 糠がいらなくても、破竹は、下茹でが必要だ。めんどうな野菜はいらない、ということなのかしらん。


 薄暗い道路に残された私は、エプロン姿で、破竹の入った包みをかかえたまま、暫く、立ち尽くしていた。










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