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専業主婦!  作者: せりもも
第2章 半径2キロの暗闘
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火遊び


 美弥の通っているソロバン塾の先生から、電話がかかってきた。



 学校の勉強は、私ももちろん見てやるが、肉親だと甘えもあって、厳しくできない。かといって、雪美のように塾へやるには、早すぎるし、反対だ。


 ……「小学校の算数なら、ソロバンができれば、たいがいなんとかなるんじゃないかしら」


 そう言ったら、近所の人が、いい先生がいると教えてくれた。ソロバンだけでなく、国語や算数の文章題のワークシートもやってくれるし、美弥と同じ小学校の子が多く通っているという。


 週に2回で、ひと月、5000円。


 なんということだ。雪美の塾の、4分の1の月謝ではないか。



 実のところ、美弥の放課後の居場所がわからなくなりつつあるようで、私には、不安だった。


 姉に比べて社交的な美弥は、大勢の友だちと、日替わりで遊んでいる。特定の子と遊んでいると、その子が塾やスイミング、或いは英会話の日に、自分は、フリーになってしまうからだ。


 ご存知だろうか。最近の子は、電話で相手の子とアポをとって遊ぶということを。それも、何時から何時まで遊んでその後はスイミング、入れ替わりに英会話が終わった別の子が遊びに加わるというめまぐるしさだ。


 遊びの約束など、学校で済ませてくればいいと思うのだが、この複雑さでは、一度家に帰って、母親にその日のスケジュールを確認でもしないことには、うっかり約束もできない、ということらしい。


 もっとも、電話でアポをとって、時間通りに集合場所に行っても、すでにみんな別の場所へ移っていて誰もいなかった、なんてことは、日常茶飯事だ。


 美弥も、よく、泣きながら帰ってくる。


 行ってみたら、誰もいなかった。

 おいてけぼりをくっちゃった。

 大急ぎで行ったのに。約束どおり、行ったのに。

 今日は、一人で、ヒマになっちゃったよ。


 そう言いながら、わんわん泣き喚く。


 甘いおやつの出番である。


「じゃあ、美弥もソロバン塾に行く?」


からりと揚げたパンのミミに、砂糖をたっぷりからませたおやつを、ほおばっている美弥に持ちかけると、あっさりと承諾した。


 それから、感心なことに、一度だって、行きたくないと言ったことはない。よほど雨のひどい日には、私は車での送迎ができないから休ませるが、それ以外は、むしろ喜々として、ソロバン教室へ行く。

 新しい友達もできたようだ。



 その、ソロバンの先生が、電話の向こうで、言いよどんでいる。慎重に言葉を選んでいる気配がして、私は緊張する。


「実は、美弥ちゃんが、火遊びを……」

「え? 火遊び?」


 聞いた瞬間、まだその歳じゃない、と思った。

 冷静に考えれば、小学1年生の「火遊び」と言ったら、男女の色恋沙汰ではなく、……。


「点数の悪かったテストをですね、燃やしていたらしいんです。ご近所の方から電話があって……」


 50代後半であろう先生は、言いにくそうながらも、はっきりと言った。



 首謀者は、同じソロバン塾の6年生の女の子で、途中まで帰りの方向が一緒の美弥は、その子がテストを燃やすのを、そばで眺めていたらしい。


 そこを近所の人が通りかかって、幸い、先生の近所づきあいがよかったせいか、学校や警察に通報、ということにはならず、直接、先生の所へ話が行ったらしい。


 まずは、よかった。


 学校に連絡が行かなかったことにほっとしつつも、美弥がご迷惑をおかけしたことを丁重に謝り、厳重に注意しますと約束した。


 「なにせ、家庭にいろいろある子でして……」


 私が極めて低姿勢なせいか、幾分ほっとした口調で先生は言った。

 失言、という感じだった。


「えっ?」


「いえ、美弥ちゃんのことではないんです。その、6年生の女の子。いろいろ家庭がごたごたしているらしいですよ」


「今では、家庭がごたごたしていない子どもの方が珍しいですよ」

私は言った。


「そ、そうですね」

慌てた様子で先生は言った。




 それにしても、友だちに噛み付いたり、火遊びをしたり、美弥も、いろいろ問題を起こしてくれる子だ。姉の雪美は、そんなことはなかったのに。


 うちは、おとなしい子ばかりの家系だった。内弁慶で泣き虫。まあ、美弥にも、内弁慶なところはある。それは認める。


 だが、友達の親から苦情がくる、習い事の先生から注意を促される、という特質は、明らかに、わが一族とは異質なものだ。


 父親の家系からの、遺伝に違いない。


 これを個性と捕らえるべきか否かは微妙なところだが、間違っても、雪美と比較して非難してはならない。



 すでに、ソロバンの先生にきつく言われたらしい美弥は、私が「火遊び」の件をもちだすと、しゅんとした。


 「火を遊びに使っちゃ、いけないんだよね。火事になったら、大変だものね。人のおうちが燃えたり、それで誰か亡くなったりすることもあるんだよ。そしたら、美弥が一生働いても、償うことができないんだよ」


 もちろん、美弥はただ、見ていただけだ。そのことはよくわかっているのだが、今後二度と、このようなことがあってはならない。

 火遊びをしている子がいたら、たとえ年上の子であろうと、諫めるくらいでなければ。


「ごめんなさい」

美弥は、素直に謝った。


 わたしは、美弥を抱きしめて、あなたが悪いんじゃないんだ、と言ってやりたい衝動に駆られたが、ぐっとおさえて、怖い顔をした。


 美弥を、駄目な子にしたくない。

 危うい状況の犠牲者には、したくない。


「火をもてあそぶのは、とても悪いことだから、罰を与えなくちゃ、なりませんね」


 わざと丁寧な口調で言う。

 美弥は、はっとしたように、体をこわばらせた。


「一週間、お友だちと遊んでは、いけません。放課後は、うちで、反省してなさい」

「……」


 美弥にとって、これ以上の罰はなかろう。

 案の定、打ちひしがれたような顔をしている。


 しかし、自分のしたことがどういうことか、小さいなりにわかっているようで、反論したりはしない。


「うん、わかった」

素直にそう言って、すごすごと引き上げていった。



 少しして、私が皿を洗っていると、ふらりと現れて、ふきんで皿を拭き始めた。


 本当は皿拭きは雪美の仕事だ。美弥は姉が拭き終わった食器を、食器棚の所定の位置に片付ける役割だ。

 だが、雪美は今日は、塾に行っている。


「あのさ、友達と遊んじゃいけないってさ、」

深刻な思いつめたような表情で切り出す。

「学校で遊ぶのも、ダメ?」


「学校の時間に遊ぶのはいいのよ。当たり前じゃん。でも、放課後、いつまでも遊んでいるのは、ダメ。さっさと帰ってきて、うちで、反省する」


 私は通告した。

 ついでに勉強もしてほしいものだ。

 美弥は、考え考え、大皿を拭いている。


「じゃあさ、朝早く行って遊ぶのは?」

「ダメ」


「友だちが遊びたいって言ったら?」

「今週はダメだと、断りなさい」


「あ。ヒメちゃんに、本、借りてる。返さないと」

「学校で返せばいいでしょ」


「学校に持って行っちゃ、いけないの。よけいなものを持っていくと、先生に叱られるの」

「じゃ、明日の放課後、ヒメちゃんちに行って、本だけ返していらっしゃい」


「ヒメちゃんのお母さんが、遊んでっていいよ、って言ったら?」


 せっかく誘ってくださっているのだもの、ムゲにお断りするのも失礼よねえ。

 仔細あり気に傾げた頭が、そう言っている。


 テキもサルモノ、なかなか諦めない。小さな頭がフル回転している音が、聞こえそうだ。


「誘っていただいてありがとうございます、でも、今週いっぱい、都合が悪いんです、っておっしゃい。きちんと言うのよ」


 ヒメちゃんのお母さんは、優しい。よく、子ども達を家に上げて、遊ばせて下さる。

 だから、子どもとはいえ、きちんとしたおつきあいをさせていきたい。


「わかった」


 泣き喚くかと思ったが、案外素直に引き下がった。

 美弥は、皿を片付け終わると、テレビの前によたよたと歩いていった。



 この頃のテレビ番組は、子どもが見ている時間帯でさえ、人を貶めるような言動をする芸能人が出てきて、眉をひそめることが多い。

 お笑い番組でも、私はとても、笑えない。


 時計代わりにつけている、朝のニュース番組の、過剰な敬語も不愉快だ。使い方を誤っているものさえある。


 犯罪者に敬語を使っているのも、実にしばしば耳にする。また、出演者に対して尊敬表現を用いるあまり、視聴者に対する敬語がなおざりになっていることも、しょっちゅうだ。


 えせ上流人のサル芝居。


 子どもに見せたい番組もたまにはあるが、垂れ流される害毒と比較すると、新聞の番組表も見ずに、テレビをつけることは、到底できない。


 いっそのこと、テレビなど捨ててしまおうかとも思うのだが、美弥たちが、学校での話題についていけなくなるかも、と思うと、それもできない。

 なにがいじめの対象になるか、わからない世の中だ。


 そういうわけで、うちでは、番組を選んで、テレビをつけている。

 今日は、美弥が楽しみにしている「ドグラモン」の日だ。


 昔より、なんだかスリムになった感のあるドグラモンが出てきて、にぎやかな音楽が流れ出したと思ったら、美弥がまた、台所へやってきた。

 床を拭いている私の脇にしゃがみこむ。


「ねえ。美弥のこと好き?」


 私は思わず姿勢を正した。

「もちろん。大好きだよ」


「むぎゅーっ、してくれる?」


 自分の非を認め、私の愛情を確認しているのだ。

 馬鹿だね、美弥。

 同じ血の通ったあなたを嫌いになど、なるわけがない。

 愛しさがこみ上げる。

 ぞうきんがけで汚れた両手を気にしつつ、美弥の柔らかい体を、むぎゅーっ、とした。










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