Parent‐Teacher Association
その晩、塾から帰ってきた雪美をつかまえて、私は言った。
「あなたのクラスから出たPTA役員でね、私、委員長になっちゃったよ」
「へ? ばっかじゃない?」
「馬鹿って……」
私はむっとした。
「しょうがないじゃない、アミダで当たっちゃったんだから」
「でも、ババァは、そうゆうの、好きでしょ?」
「そういうの、って、どういうのよ?」
「井戸端会議。主婦の集まり。いつも、道でくちゃくちゃしゃべってるじゃん。知ってる? セキショっていうんだよ」
「セキショ?」
「だから、関所。おばさんたちが集まって、しゃべくってると、怖くてそばを通れないってこと」
「あはは、うまいこと、言うのね。誰が言ったの?」
「だれでもいいじゃん」
口を尖らせ、そっぽを向く。
「でも、あいにくと、PTAって、おしゃべりだけじゃないのよ。私には、次の本部役員を選ぶという仕事があるのよ」
「はんっ!」
雪美は鼻でせせら笑った。
「そんなの仕事じゃないよ。昼間、学校に来ているお母さんなんて、みんな、ヒマなんだよ。会社行ってないからヒマで、だから、つい、子どもの学校に来ちゃうんだ。そいで、自分の子どものクラスを覗き込んだりして。廊下から、うちのクラスを覗き込んでるオバサン、いっぱいいるよ」
口を歪め、憎々しげに、雪美は言い募る。まるで真紀子が乗り移ったかのようだ。
「子どものストーカーだよね。迷惑してたよ、お母さんが教室を覗き込んでいた子」
何と言って反論したらいいのか、わからない。
「とにかく、私のクラスを覗き込むのだけは、やめてよね。覗き込まれたら、恥ずかしいから。学校の中で見かけても、絶対、話しかけてこないで」
「あなたのクラスになんか行かないわよ。見かけたって、知らん顔してる」
私は、ヒマじゃないし。
「それと、受け持ちの先生に、私のことを話しに行かないで。私は私でやるから、邪魔をしないでほしいの」
「それって、どういう……」
雪美は、頭の悪い奴だと言わんばかりに、眉をひそめた。
「私は、私立中学を受験するの。塾の勉強だけで手いっぱいなのよ」
「塾ばかりというのも、どうかしらねえ」
「今は、その話じゃないのっ!」
雪美は、私をぐっとにらみつけた。
「私が言いたいのは、学校の人間関係にまで、手が回らない、ってこと。PTAで学校に来たついでに、先生に話しかけて、もし、ニラマレるようなことがあったら、学校、行くのやめるからね」
「へっ?」
私の言動が原因で、雪美が、学校の先生にニラマレる?
そんなこと、あり?
「先生だけじゃなくって、友だちにムシされたら、もう、死んでやるから!」
「簡単に、死ぬなんて、言ってはダメ」
とりあえず私は言ったが、雪美は意に介した様子は全くなかった。
ふんと、肩を聳やかし、自室に消えてしまった。
ばたんと、ドアが閉まる音を聞きながら、私は、自分の言動が、雪美の学校生活に与える影響について、考えずにはいられなかった。
すっかり忘れていたが、PTAの「T」は、「teacher」の略だ。保護者と児童の向こうには、常に、学校と先生がいる。
先生だって人間なのだから、保護者として、くれぐれも、失礼のないように接しなければならない。それは、肝に銘じている。
しかし、私も人間。
先生だって人間。
そして、保護者と先生の利害が対立することは、往々にしてよくあることなのだ。
その場合……。
はっきり言って、私は、学校の先生の人格というものを信じていない。
私のような保護者は、なるべく学校へ行かない方がいい。先生の目に触れないに如くはないのだ。
それなのに、このような、「厄」を背負い込んでしまって。
まず第一に、私は、雪美と美弥の利益を考えよう。
そう、心に決めた。
PTAの役目なぞ、二の次だ。
もし万が一、私の言動が元で(何の言動かは、予測不能だが)、先生の不興を買い、雪美や美弥にヤツアタリ的な累が及ぶようなら、即、あの子たちを連れて、この地域から逃亡してやろうと、心に固く決意した。
そのくらいの覚悟がなければ、PTAなど、引き受けられない。
クジで当たったのだが。