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戊寅の章 お茶と情けは濃いごいと


 オリヴィアは意外の念に打たれていた。


 これまで、社交の場のベアトリスと言えば、いつも押し出しの強い時代遅れのドレスを着て、古風なスタイルで髪を引っ詰めている印象だった。


 その大仰な姿が気弱な性格とひどくちぐはぐで、一部の意地悪な貴族たちからは格好の陰口のタネにされていたものだ。


 しかし、今日のベアトリスは軽い素材の春らしいティードレスを可愛らしく着こなし、ダークブロンドの髪は緩く巻かれて可憐な顔をふんわりと取り巻いている。


 いつも俯きがちだった彼女が真っ直ぐ微笑みかけてくるので、オリヴィアもつい釣り込まれて笑顔になった。


「ようこそお越しくださいました、公爵令嬢」


「お招きありがとうございます、侯爵令嬢。私、遅れてしまったのではないでしょうか」


「いいえ、皆今着いたところですのよ。

 今日は格式張らない小さな会ですから、どうか公爵令嬢もお楽になさってくださいね」


「お気遣い感謝しますわ。

 ………あの、もし宜しかったら、ベアトリスと呼んでくださいますか?」


「!!………では、私のことも是非オリヴィアと。

 素敵なティードレスですわね、ベアトリス様」


「ありがとう、オリヴィア様。

 うちの若いメイドたちが選んでくれたんですの。

 侯爵令嬢に褒めていただいたと聞いたら、あの子たちが喜びますわ」


 オリヴィアはこっそりベアトリスを観察した。

 静かで礼儀正しく、少し遠慮がちなところはオリヴィアの知るベアトリスと変わらないが、それでいて何かが確かに違っていた。

 あの、いつも何かを恐れているような、オドオドビクビクしたところが鳴りを潜めているせいかもしれない。


 腹の探りあいをするつもりで招いたのに、ベアトリスの態度は屈託なくて、彼女が向けてくる純粋な好意にオリヴィアはくすぐったくなった。


 二人はなおもドレスの話で盛り上がりながらコンサバトリーに向かった。



※※※※※※※



 茶会の席で、他の招待客に引き合わされたベアトリスはホッとしていた。


 オリヴィアの言った通り、皆で一つのテーブルを囲めてしまえるくらいの少人数の会である。

 しかも、ストコ・ド・コイ家と親しい家門のうちでも、普段ベアトリスを嘲笑したり悪意のある態度をとったりしない令嬢ばかりが招待されていた。


 思わずベアトリスがオリヴィアに感謝の目を向けると、微笑を含んだ小さな会釈が返ってくる。


 今日招かれた令嬢たちが、初めての参加である公爵家の人間に対して多少の警戒心を抱いていたとしても、現れたベアトリスのイメージチェンジに驚き過ぎて、その気持ちはどこかへすっ飛んでしまったようだった。


 彼女たちはベアトリスを取り囲んで、口々にその装いを褒めちぎる。


「見違えましたわ!素敵なドレスですこと」


「本当に。どうして急にお好みが変わりましたの?」


「いつものドレスより、こちらのほうがずっとお似合いですわ!」


 ベアトリスは注目を浴びて恥ずかしかったし、やっぱり少し怖かったが、それでも嫌な気持ちではなかった。


「小さい頃から、私が社交の場で着るものは自分で選ぶことを許されていなくて、乳母が選ぶきまりだったんです。

 今日はたまたま乳母の具合が良くなかったものですから、歳の近いメイドの子たちが代わりにドレスを選んでくれたんですの」


 ちょっとつっかえながらも明るく話すベアトリスに、令嬢たちは益々目を丸くする。


「まあ!そうだったのですか」


「公爵閣下はとても厳しくていらっしゃるのね」


「メイドたちが張り切って選んだのがよくわかりますわ。可愛らしいこと」


「さあさあ皆様、そんなにいっぺんにお話ししては、ベアトリス様を困らせてしまいましてよ。

 お茶を淹れますからこちらへどうぞ」


 オリヴィアに促され、色とりどりのドレスを纏った令嬢たちは、色とりどりの茶菓が並ぶテーブルに就いた。

 そして、各地の茶葉を試してみるのが趣味だというオリヴィアがポットを取り上げ、手づから紅茶を淹れる。


 カップから広がる華やかな香りに令嬢たちが歓声を上げた。


「とても良い香りですこと」


「父が外遊の際に買い求めてまいりましたの。この茶葉は高地で栽培しているので、成長に時間がかかる分香りが増すそうですわ」


「まあ、そんな珍しいものを」


「ベアトリス様、お砂糖は幾つお入れしましょうか?」


「あっ、ありがとうございます。では………」


 二つお願いします、と言おうとしたところへ源太がしゃしゃり出た。


(ちょーっと待った!まさか茶に砂糖を入れようってのかい!?)


「いけない?」


(冗談じゃねェ。菓子だけでもいい加減甘ェのに、そこへ甘い茶飲んでお天道様に当たってみねェ、アメみたいに溶けちまわァ)


「………ベアトリス様?」


「あっ、ごめんなさい………あの、お砂糖は無しでお願いしますわ」


 令嬢たちはどよめいた。

 紅茶に入れる砂糖は貴族の優雅さとステータスを示すものである。それを「無し」とは………

 しかし、オリヴィアは得たりとばかりに瞳を輝かせる。


「まあ!通でいらっしゃるのね。

 こちらの茶葉は渋味が少ないので、お砂糖無しでも美味しくいただけますの。

 父などはむしろ香りを楽しむのに砂糖が邪魔になるとまで言っていますわ」


「そうでしたの」


「流石公爵令嬢ですわね」


 感心する令嬢たちに囲まれて、流石でも何でもないベアトリスは複雑怪奇な笑みを浮かべた。



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