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サクサク読める短編集

魅了されたままでいたかったのに

作者: 2626
掲載日:2026/05/22

魅了を解こうとしなければ、あるいは

https://ncode.syosetu.com/n6265mf/

の別ルートのお話です。

 国王も恐れる『黒塔の魔女』が、怪しげな大釜の中の薬液をぐつぐつ煮詰めながらかき混ぜていると、若く美しい貴族の令嬢がノックも無しに黒塔へと押し入ってきたのだった。


 彼女は甲高い声で叫んだ。

「貴女! 貴女が『黒塔の魔女』かしら!?」

「ああ、そうだよ。 あんたはハリエットだね。 ロッセー男爵の一人娘」

一瞬で己の出自を見破られたハリエットは驚いた顔をしたが、すぐに我に返ってべらべらと魔女の元へやって来た理由を話し出したのだった。


 ハリエットには婚約者ピートがいる。

彼の家は大金持ちであり、賤しい平民であるにも関わらず貴族と縁続きになることを高望みしたのだ。

一方、ロッセー男爵家は没落貴族となって久しく、喉から手が出るほど金が欲しかった。


 故に両者の関係は、爵位目当てと金目当ての純然たる政略的婚約であったのだ。




 だからハリエットは初対面の時からピートに身分の違いというものを弁えさせるべく、徹底して躾けてやったのだ。


 愛し愛されたい?

手紙をやり取りしたい?

お互いのことを知りたい?


 そんな身の程知らずの望みをピートが口にする都度、ハリエットは扇でピートを何度も叩いて思い知らせた。

痛々しいアザになり、時には出血することもあったが、これは愛の鞭なのだから粛然と受け入れるべきである。


 やがてピートは何も言わなくなった。

ハリエットの前で笑うことも無くなった。

ハリエットの望みに一切従い、ハリエットの意のままに動くようになったのだ。




 だが、王立学園に入学した後になってピートは最大の裏切りに走った。

彼は特待生の平民の少女と親しくなったのである。


 ハリエットが淑女然とした美少女であるなら、その少女ディアナは可愛らしい小動物のような美少女であった。

よく動く表情、楽しそうな笑い声、明るくて前向きな性格。

そんな下らないものに欺されて絆されて、ハリエットの婚約者でありながら愚かなピートは不義を働いたのだ。


 けれどハリエットには今ひとつ解せなかった。

散々ああやって躾けてやったのだから、ピートは到底、浮気なんて考えないはずである。

浮気をすれば彼だけでなく彼の両親や一族にも大迷惑がかかるし、それが分からないほどピートは愚かでも無いはずだ。


 とすれば、だ。


 ディアナが禁じられている精神操作系の魔術『魅了』を使ったに違いない。




 「魔女ならば『魅了』を解除できるのでしょう? 金ならばピートの家に払わせますから直ちに解除なさい」

魔女は目を細めて、小さく頷いた。

「ふうん。 確かにあたしなら出来るけれど、それには金以外の代償が必要だよ。

そうだねえ、あんたとあんたの婚約者の『真実の愛』を貰おうか」

思わずハリエットは鼻先で笑ってしまった。

「歌劇で浮気者同士が謳う口先だけの軽い『真実の愛』をご所望ですって? 馬鹿馬鹿しい。 どうぞ持っていって下さいな」

魔女は呆れたような驚いたような、何とも言えない顔をしたが、その長い前髪が邪魔となってハリエットには分からなかった。

「おやまあ。 簡単に言うんだね。 良いのかい? 何があろうとも、二度とあんた達に返しはしないよ?」

「構いませんわ。 何でしたら、決して二度と求めないことを誓いましょうか」

「よし。 じゃあ貰うとしようか。 …………」

魔女は大釜の中に何かを放り込む仕草をした後、不思議な呪文を唱えた。


 「これであんたの婚約者にかかった『魅了』は解けた。 後は好きにするといい」




 ご機嫌で館に帰ったハリエットは、直ちに王宮へと下男を走らせ、『ディアナが禁じられている「魅了」を使った』と密告させた。

ディアナはすぐさま魔法騎士達によって捕縛されていったそうだ。


 ピートがその事態を知ったのは、ディアナが裁判もなく速やかに処刑されたという情報が広まってからである。




 彼は目を真っ赤に腫らして、ハリエットの元へやって来た。

そしていつものようにハリエットが彼を平伏させて挨拶させる――それがハリエットが躾けた礼儀(ルール)であった――の前に、ピートはいきなりハリエットに近づいて、渾身の力で殴り飛ばしたのだった。

悲鳴も上げられずにハリエットは倒れ、窓ガラスに突っ込んだ。

頭や美しい顔の至る所がガラスにずたずたに引き裂かれて血まみれになったが、そのハリエットを床に押し倒してピートは何度も何度も拳を打ち下ろした。

「ハリエット、ああ、ハリエット様!」


 ピートは笑っていた。

笑いながら、数人がかりで凶行を止めようとするメイド達を振り切りながら。

ハリエットが重たい障害を負うまで凄惨な暴行を加えたのだった。


 「僕が望んだのに、どうして『魅了』を解かせたんだ? 僕はディアナに『魅了』されている時が幸せだったのに。

魅了されたままでいたかったのに! せめてディアナが生きていてくれば僕はまだ貴様を許せたかも知れないのに!

ああ、結婚はしてやるよ。 傷物になった貴様とな。

それがディアナを助けられなかった僕の『罰』だ!」

個人的にはこっちのバッドエンドルートの方も好きです。

それにしても頑丈な扇だと思った人は感想を下さい。

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― 新着の感想 ―
どちらにせよ彼は前から壊れていたのかもな がどちらも読んだ後に1番最初に出てきた感想です ハリエットがモラハラしなければ良かっただけの話しですが… 色々な人に相当恨まれていたハリエット 行方不明になる…
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