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35分の記念日  作者: 芒雲 紘真
第一章 35分の出会い
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ページ3 カフェと日常

ページ3 カフェと日常

「私、笹川澪。笹の川に、澪標みおつくしの澪」


颯太はこの笹川澪と言う女性に一目惚れしてしまった。

あの出会いから自分の中の何かが変わったと颯太は思った。

1人に戻ると普通にバイトに行き、普通に帰って

また、学校に行って。

そんないつも通りの時間が流れる。

それでも確かに変わっていた。


頭の片隅で彼女を追いかける。

道行く女性、バイト先に来店する女性に彼女を重ねてしまう日々。

彼女の明るい声、屈託のない笑顔。

その全てが、颯太の心を離れない。


あの出会いから、ちょうど二週間が経っていた。

颯太はいつものように「カフェ・ドゥ・ソレイユ」のカウンターに立っていた。

「この間話してた子、来ないな」

大輔がニヤニヤしながら颯太をからかう。

颯太は「来るわけないだろ」と少し落ち込みながら答えた。


藤原大輔。

颯太と同じく21歳。専門学校もバイトも同じ。

いや、バイトは「カフェ・ドゥ・ソレイユ」だけだ。

颯太はそこまで稼ぐ必要もない。

このボンボンめ。と颯太は心の中で思っている。


そもそも颯太が何故そこまでバイトするのか。

それは「いつか出来る彼女に貢ぐ」ためだ。

そして先日、そのいつかの彼女が決まったのだ。

まだ、予定だが。


この目標や先日の出会いについても大輔は知っている。

だが、颯太は気に食わなかった。

この男にいじられるのが、だ。

この男、藤原大輔はボンボンで、イケメンで

それでいて()()()()だ。

 

「カラン、コロン。」

店のドアが開き、ドアに掛かっている鈴の音が聞こえる。

「いらっしゃいませ。」

そういいながら、彼女ではないかと入口に目をやる颯太に、残念だったなと言わんばかりに大輔が目くばせをする。

入ってきたのは常連のおじいさんだった。

「ブレンドとケーキを。」

おじいさんが注文をする。


ここ「カフェ・ドゥ・ソレイユ」はマスターがオープンした個人経営のカフェだ。

駅から海沿いをまっすぐ行き、ある交差点で山側に曲がって少し登った場所にある。

外観も内装も昔の喫茶店を思わせる静かで穏やかなカフェだ。

店内にはジャズが流れており、静かで穏やかな空間が広がっている。

更にこのお店のいいところは西窓なところだ。

標高が少し高いこともあり、窓からは海を眺めることができる。

夕方になると、海の水平線上に夕日が沈み、それは綺麗な橙色の空と海を我がものにできるのだ。


お店の雰囲気だけでなく、メニューも自信がある。

おすすめはマスター渾身のコーヒーとケーキだ。

人の店で自信があるとはおこがましいと思うかも知れない。

しかし何を隠そうこの店のケーキは俺がレシピから考えたのだ。

颯太と大輔は高校の頃からこの店でよく勉強をしていた。

その時はお客さんも多くなく、特に日が落ちるとゼロに颯太たちだけのときもあった。

お客さんもいないし、いつもお世話になっているからと颯太と大輔で厨房を借りてケーキをマスターにふるまった。

それを好評してもらい、大学受験が終わってからこの店でバイトを始めた。

受験の結果は公立大学に落ちて専門学校に行っているが、今となってはここでバイトするためにはそれが運命だったのだろう。


マスターは60を過ぎているが、そうは思わせないほど見た目も動きも素早い。

将来はカフェを開くとサラリーマン時代の貯金を使って

定年後にこの店をオープンしたんだとか。

颯太の彼女のための貯金もこのマスターにあてられたからなのかもしれない。

口ひげを蓄えたマスターがコーヒー豆を挽いて、

ゆっくりコーヒーを淹れる。

その匂いは厨房にも漂ってきて、今日のコーヒーに合わせたケーキを作る。


ケーキは日替わりだ。

多いのはチーズケーキとフルーツタルト。

颯太の得意ケーキだ。

日替わりの内容はメニューと店外の黒板に書いている。

「本日の日替わりケーキは"フルーツタルト"」

黒板には可愛いフルーツの絵とともに、その文字が飾られている。

マスターのお孫さんが書いたらしい。

字は丸字でギャルを思わせるが、大輔曰く「女子の字は全部あんなん」らしい。

颯太はもちろん女子の字なんて知らん。

さしずめ手紙交換でもしてたのだろう。

そう思うと颯太は少し腹が立ってきた。

 

それでも頭の端には常によぎる。

颯太がバイトをする目的は、ケーキを作りたい相手は。

「笹川澪」彼女が1番なんだと。

 

さしずめ大輔は、澪のことを妄想とでも思っているんだろう。

でも確かに颯太の記憶にはあの笑顔が残っている。


ケーキを作り終えて常連さんに届けた。

いつも通り常連さんは喜んでくれる。

その姿に自然と彼女を重ねてしまう。

彼女ならどういう表情をするのだろう。

しつこいと言われかねないほど、颯太は夢中になっていた。

 

「カラン、コロン」とまた入口のドアが開いた。

颯太はチーズケーキを届け終えたこともあって仕事モードで接客を試みた。

「いらっしゃ」

仕事モードは一瞬で解除され、その言葉を言い終える前に息を飲んだ。

入口から入る空気がいつもより温かかった。


最初に目が合った女性に見覚えがあった。

そしてそれ以上に、その後ろにいた女性にすぐに釘付けになった。

なんなら運命と言わんばかりの風が吹いた気がする。

忘れられるはずもない。


最初に目が合った女性は、目を見開いた。

本当にいた、という言葉が表情から読み取れた。

その女性はすぐに目を逸らした。

そしてその後ろの女神はキョロキョロしている。

そのせいか目が合う前に女神たちは大輔によって案内されていった。


来店してきたのは女神、笹川澪とその友人の陽菜だ。


陽菜は席に着くなり、メニューを澪に見せながら

注文を決めていた。

でも、澪はメニューには目もくれず手帳のページを慌ただしく捲る。

「チーズケーキ!」

と元気な声が店に響いた。

元気の中にも気品があり、どこか澄んでいる声にあぁやっぱりあの人だ。

颯太は澪が来てくれたことを改めて実感した。


「今日の日替わりはチーズケーキじゃなくて、フルーツタルトだってば。」

やっと会話のできるようになった澪に、陽菜が再度メニューを見せつける。

またしても澪は会話ができなくなる。


チーズケーキを楽しみにしていたのであろう。

それが食べられないという事実を受け入れきれずに唖然としていた。

 

確かにこの間会った時の日替わりケーキはチーズケーキだった。

でも今日は違う。メニューにも書いてあるし、間違うわけはない。

つまりこれは俺に会いに来てくれたんだ。

颯太はあまりの嬉しさに厨房から出てその席に向かっていた。

「本日ワンホール分でしたらご用意できます!」

店長ごめんなさい、勝手なことしてという俺の中の天使と。

ケーキは俺が作るしという俺の中の悪魔が喧嘩していた気がする。

でもこの気持ちは抑えられなかった。


注文を受けていた大輔は颯太が来た瞬間は驚いていたが、

「注文は以上になりますでしょうか?」

と冷静に繋いでくれた。

二人は「はい。」とほぼ同時に返事した後に、澪だけが颯太に向かって

「ケーキ。ありがとうございます。」

どこか他人行儀なその言葉を胸に颯太は厨房に向かった。

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