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35分の記念日  作者: 芒雲 紘真
第七章:35分の記念日
32/37

ページ31 別れと思い出

「望月颯太くん。」

優しく凛とした声は少し震えていた。


「私と別れてください。」


潮風が目に染みる。

1年近く前、ここで全てが始まった。

そして同じ場所で全てが終わった気がした。


天を仰げば雲ひとつない青空が眩しい。

仕方なく下に顔をやる。


ポツン。

海に雫が弾ける。


「水族館。」

颯太は一人で呟いた。


愛と恋と夢の言葉を。


――――――

 

澪から連絡が来たのは、一ノ瀬と話した翌日だった。

「話したいことがある。」

手術の事だろう。

颯太は覚悟して待ち合わせ場所に向かった。


「颯太!」

そう言って手を振る澪。

なんか久々に会う気がする。

2人はしばらく歩いてあるカフェに行き着いた。

ピクニックの時に、大輔と陽菜をくっつけようと企んだあのカフェだった。

カフェに入り無難な会話をしていると、澪が急にぶっ込んできた。

「颯太は、陽菜ちゃんのこと好きなの?」

「え?」

颯太は忘れていた。

澪の手術のことで上書きされていた、もう1つの気がかりなことを。

陽菜とのキス。そしてその日の澪の様子からそれを見られていたであろうこと。

そして今、このきり出し方。おそらく記憶にも残っているのであろう。

「あれは事故というか、」

準備していた言い訳を途中で止めた。

「ごめんなさい。事故とはいえ陽菜さんとキスしました。」

それを見て澪は驚いて、コーヒーカップを持ったまま固まっていた。

そしてカップを置いて急に笑いだした。

「あははははっははは」

「何?」

「私、まだ陽菜ちゃんのことが好きなのかしか聞いてないのに」

というと、澪はまた笑いだした。

「キスのことは陽菜ちゃんから聞いてて知ってるよ。怒ってもないから謝らないで。」

「じゃあなんで陽菜さんのことが好きかなんて聞いたの?」

「そうだったらいいなって。」

澪はコーヒーを飲んで、静かに置いた。

まるで今から話し始めるような雰囲気だったが、澪の口から言葉は出てこなかった。


「手術のことだよね?」

なので颯太から切り出した。

「カウンセラーの一ノ瀬先生。」

それを聞くと澪は日記を捲った。

一ノ瀬の事はまだ覚えてないみたいだなと少しだけ誇らしげになった。

「あぁー、あの人。もう颯太くんには私から1番に伝えたかったのに。」

「なんかごめん。」

「まあ私も伝えたのは颯太くんが1番じゃないし。」

そのつぶやきに1回は飲み込んだが、万が一、他の男だったらと思い聞き返した。

「ちなみに誰に言ったの?」

「陽菜ちゃん。」

若干の負けたという悔しさと男じゃなかったという安堵。

コーヒーを飲み終えると、2人は店を出た。

――――――


外の気温は冬本番。

冷たい空気が体を冷やしていく。

「手術は受けることにしたんだ。」

澪のその言葉に驚きはしなかった。

その方がいいに決まってる。

でももしかしたら、颯太との思い出が消えてしまう。

そこに対する寂しさを隠せなかった。


しばらく歩くと、海沿いの道にきた。

澪と出会った場所。

デートの待ち合わせによく使った場所。

最初に告白をした場所。


颯太の恋はこの場所で始まって、

そしてこの場所で終わった。


澪から別れを告げられて、颯太は何も答えられなかった。

そのまま澪はすぐに振り返って行ってしまった。

手術を受ける澪にとって、この別れは(みそぎ)のようなものなんだろう。

でも本心では別れたくなかった。

記憶は無くなってもそこだけは繋がっていたかったから。

その2つの感情を「頑張れ」にも「嫌だ」にも変えることは出来なかった。

――――――


その夜、俺はベッドに寝転んでスマートフォンのアルバムを開いた。

写真が、ずらりと並んでいた。

最初に止めたのは、水族館の写真だった。

クラゲの水槽の前で、澪が振り返った瞬間を撮った一枚。照れたような、でも嬉しそうな顔をしていた。

あの日、澪は「写真撮ってよ」と言った。

俺は何も考えずにシャッターを押した。撮った後で、澪は「見せて見せて」と顔を寄せてきた。

「いい顔じゃん」と自分で言っていた。

 

次は公園でのピクニック。

澪が空を見上げている写真。

陽菜が「ちゃんと顔写して」と文句を言って、撮り直した二枚目。その両方が並んでいた。一枚目の方が、なんとなく好きだった。

 

バイトの休憩中に撮ったやつ。

たまたまカメラを向けたら澪が口に頬張りながらへんな顔をしていた。消そうとしたら「消したら許さない」と言われた。

二人でコンビニに寄った時、澪が新商品のアイスを持って「どや顔」をしている写真。本人は「これが一番の傑作」と言って待ち受けにしていた。

 

電車の中でうとうとしている澪を、気づかれないように撮った写真。窓から流れる景色を背に、澪の横顔が小さく光っていた。

 

一枚ずつ、そこには俺たちの時間があった。

俺はずっと、写真を撮ることの意味をわかっていなかった。

記念だから、という言葉は知っていた。

でも体感していなかった。「なんで撮るんだろう」と思いながらシャッターを押したこともあった。

撮った写真をほとんど見返さないまま過ごしていた。

でも今夜、この写真たちを眺めながら、

初めて理解した。

写真は、覚えていられない人のためにあるんじゃない。

覚えていても、形にしておきたいと思う気持ちのためにある。

「この瞬間を残したい」という、ただそれだけの気持ちのために。

恋人たちが写真を撮るのは、証拠が欲しいからじゃない。記念を残したいからだけでもない。

——ここにいたという事実を、二人で持っておきたいからだ。

どちらかが忘れても、どちらかが覚えている。

そういう安心のために、シャッターを押すんだと思った。


スマホの画面を落とすと黒い画面に、自分の顔が写っていた。

そういえば自分の写真は少なかった気がする。

2人で撮ったものはあった気がする。

どんな顔してたんだろう。

少なくとも今の自分よりはいい顔だろうと思った。


「もう彼氏でもないんだ。」

そう思い、腕で目を隠す。

一ノ瀬の言葉が頭に浮かぶ。

「なぜ愛が憎しみに変わると思う?」

そもそも恋とか愛とかなんだよっと颯太は思った。


スマホの電源を再度つける。

「アルバム 作り方」

そう検索した。

そして、もう一度写真フォルダを見直して

写真を選別していく。


澪が覚えてなくても。

颯太が忘れてしまっても。

2人が過ごした時間はそこに存在する。


宿題の答えは出てなかった。

でも今はこの衝動に身を委ねるしか出来なかった。

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