ページ28 キスと記憶
クリスマス会は大いに盛り上がった。
料理はあっという間に消えた。
澪が配ったお菓子も底をついた。飲み物のボトルは気づいたら全部空になっていた。
「お開きにする?」
俺が提案した。
「まだまだ夜はこれからっしょ!」
澪が即座に却下した。
「澪……もう10時過ぎてるぞ」
「だから何? クリスマスイブだよ? 終電あるうちは夜じゃないでしょ」
反論の余地がなかった。
大輔と彩花も「まあ」という顔をしていた。
陽菜に至っては「賛成」と挙手した。
颯太だけが少数派だった。
「……わかった。買い出し行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
澪がご機嫌な声で手を振った。
颯太は上着を引っ掴んで立ち上がった。
「私もついてくよ」
陽菜がさっさと立ち上がった。
さすがに主催者だけあって、何がどれだけ必要かは頭の中に入っているらしい。
二人で店を出た。
冬の外気が一気に押し寄せてくる。吐息が白くなった。
「寒いですね」
「12月だもん。ってかもう敬語いいから。」
陽菜はそれだけ言ってさっさと歩き始めた。
颯太も足を合わせる。
コンビニまでは歩いて15分ほど。
二人並んだ影が街灯の下で伸びた。
しばらくは静かだった。
「澪、楽しそうだったね。」
「楽しそうすぎるくらいね。」
すぐさま、陽菜の要望に答えてみせる。
クリスマスイブの夜道は、どこかそわそわした空気が漂っていた。
すれ違うカップルが多い。
街のあちこちにイルミネーションがあって、その光が路面に反射している。
コンビニに着いた。自動ドアが開いて、暖かい空気が出迎えた。陽菜はてきぱきとかごを持って、飲み物コーナーへ進んだ。炭酸、ジュース、お茶。何が何本必要か、指折り数えながら選んでいる。颯太はその隣でお菓子の棚を眺めた。
「これも取っといて」
陽菜がラベルも見ずにポテトチップスを二袋かごに放り込んだ。
「澪の好きなやつ?」
「うん」
さりげない一言だった。
でも陽菜は澪が何を好きかをちゃんと知っている。
こういうところが陽菜のやさしさだと思う。ぶっきらぼうで一喝ばかりしているように見えて、細かいところで人を見ている。
レジで会計を済ませて、袋を二つに分けて持った。
「重くない?」
「平気」
来た道を戻る。イルミネーションの光が少し強くなった気がした。角を曲がった先に「カフェ・ドゥ・ソレイユ」の灯りが見える。
この坂を登れば店につく。
曲がってしばらくした時だった。
背中が急に照らされて、チャリンチャリンというベルがなる。自転車だ。
「危ない!」
反応したのは陽菜の方だった。
過去のトラウマからだろうか、体が勝手に動いた。
颯太と陽菜の顔が近づく。
でもくっついてはいなかった。
誰かが押せばくっつくほどの距離にお互いの顔があった。
それから少し何があったか颯太は分からなかった。
しばらくしてそれを理解した。
事故じゃない、故意だった。
「何やってんのっ。」
颯太はすぐに離れた。
「…ごめん。」
陽菜はそれだけ言うと歩き出した。
――――――
颯太と陽菜が買い物中、澪が急に立ち上がる。
「コンソメパンチ頼むの忘れてた!」
澪は急いで上着を着て出ようとする。
「LINEしたらいいんじゃない?」
「でももう帰ってきてるかもだし。あの二人なら帰ってきてても戻って買ってくるでしょ。」
「確かに。」
彩花も大輔も妙に納得したため、そのまま送り出した。
澪が外に出ると、すぐに白い息が出た。
それほど外は冷えきっていた。
少し高いところから街の灯りが見える。
この光の数だけ、幸せがあるんだと思うと澪は嬉しくなった。
この時の澪は光は全て幸せなものだと信じて疑ってなかった。
下の道から車が上がってくる。
車のライトが眩しい。
光の中に2つの影を見つけた。
その2つの影はしばらく固まって、そして1つになった。
車が通り過ぎるのと合わせるように澪は身を隠した。
咄嗟だった。
隠れている澪の隣を2つの影の主が通り過ぎる。
心臓の音でバレないか心配だった。
近くではっきりと見えた。
話していなかったため声は聞こえなかった。
でも彼らは知った灯りの元に入っていった。
颯太と陽菜だ。
信じられなかった。信じたくなかった。
でも少なくとも今はあの影が頭に残って離れない。
――――――
「ただいま。」
買い出しに行っていた颯太と陽菜が戻ってくる。
「あれ?澪は?」
澪がいないことに陽菜が気づく。
「あれ?すれ違わなかった?コンソメパンチ!って行って出ていったけど。」
そう言いながら彩花はパンチの動作をする。
少し脚色は入っているがテンションは間違えないだろうと戻ってきた2人は思った。
陽菜が電話をかけ始めると入口から着信音が聞こえる。
「はいはい、もしもし〜」
と言いながら澪が店に戻ってくる。
「ほら、コンソメパンチ。」
「おぉ〜、さっすが陽菜ちゃん!」
近づいてコンソメパンチを貰おうとする澪の様子に陽菜が気づく。
「あんたも買いに行ったんじゃないの?」
澪は手ぶらで帰ってきていた。
「いや〜迷っちゃって。」
皆は不思議に思った。
店からコンビニまでは、坂を下って行けば迷うことはない。
でも澪には記憶障害もある。だから深入りはしなかった。
「さあさあ、パーティは続きますよ!」
先程まで高かった澪のテンションが、更に上がる。
いや、少し空回りしているようにも見える。
その異変に気がついた大人な2人が澪にバレないように動く。
大輔が颯太に。彩花が陽菜に近づいてきた。
「なんかあった?」
大輔のその言葉に颯太はドキッとした。
すぐさま陽菜を見る。
おそらく陽菜も彩花から同じことを聞かれている。
でも何事も無かったかのように、いつも通りに淡々とはなしているようだった。
流石としか言いようがない。
颯太もすかさず答える。
「何かって何だよ。」
「いや、別に。」
大輔はそれだけ言うと、自然に振る舞うようにパーティに戻った。
パーティは程よい時間でお開きとなった。
何事もなく、無事に終えた。それが颯太にとっては何よりだった。
何事も……。
いや、やっぱり何事もなかった。
颯太はそう思うようにした。
――――――
澪は寝る直前まで、あの影を思い出していた。
スマホを開く。
「颯太くんとキスしてた?」
そう書いては消した。
「陽菜ちゃんとキスした?」
そう書いては消した。
手帳を出してペンを持つ。
でも何も書かずにページを閉じる。
もう寝よう。そう思った。
寝たら忘れる。
35分だ。
そこに残らなければ忘れられる。
澪は初めて自分の記憶障害が便利だと思った。
朝、アラームの音で目を覚ます。
鳥のさえずりが聞こえる。
まるで春のようだ。
外に出ると白い息が出る。
前にもそんなことがあった気がする。
思い出せない。
思い出せるのは、幸せな光の中にある重なった2つの影だけだった。




