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35分の記念日  作者: 芒雲 紘真
第五章:35分のピクニック
25/33

ページ24 帰り道と父親

颯太と大輔、澪と陽菜。

変な組み合わせの歪なピクニックは颯太にモヤモヤだけを残して終わりを迎えた。

颯太と澪は二人で帰路に向かっていた。

この日は珍しく、陽菜が着いてくるとは言わなかった。

デート終わりは「今日は楽しかった」と絶対言ってくる澪もこの日は黙って帰っていた。嵐が去っても被害は残る。それでも嵐が去ったという事実に颯太は少しほっとしていた。

大輔のことはまだ頭の中に残っていた。

でも今は澪の隣にいる。

今日はそれで十分だと、颯太は自分に言い聞かせた。

二人並んで歩く道は、さっきまでの公園とは別の静けさだった。紅葉の葉が歩道に落ちていて、踏むたびに乾いた音がした。

「私たち余計なことしちゃったかな?」

澪が聞いてきた。

「澪は悪くないよ、提案したの俺だし。」

暗い顔に少しだけ明るさが出た気がしたり

それだけでよかった。

 

でも颯太には知っていた。「何か」ある時はとことん「何か」が続くことを。

 

嵐の後の静けさも束の間だった。

「澪。」

帰路の途中、一人の男性が澪に声をかける。

細身でなかなかの長身。少し白髪の交じる髪。優しそうな顔は「年齢より若く見えます」と年齢も知らないのに出てきそうな印象を持たせる。

でも颯太には何となく分かっていた。

この人物が誰なのかを。そして自分にとってのソレの年齢を考えるとやはり若く見える。

「初めまして、笹川澪の父です。」

やはり颯太の予想は当たっていた。

「初めまして、」

その続きに戸惑った。澪の他の知り合いなら迷わず「彼氏」と名乗るだろう。しかし、相手が相手だ。澪の事情も考えると、ぽっと出の男が「彼氏」なんて名乗ると、この優しそうな顔も般若に変わりぶん殴られるのではと颯太は息を飲んだ。

「望月颯太くんですよね?」

颯太の作った静寂を切り裂いたのはお父さんの方だった。

「君のことは澪の日記を見て知っています。」

当然のことだった。娘が35分しか記憶を引き継げないとなると自分でも日記は確認すると颯太も思った。

それと同時にもしかしたら今までの澪への猛アタックもバレているのではないかと颯太は恥ずかしくなってきた。

澪は父親の顔を見て、少し嬉しそうに笑った。

日記には父親のことも書いてあるのだろう。

見知らぬ顔ではなかった。

「お父さん、なんでここに?」

「昨日、陽菜ちゃんと喧嘩してるのを見かけてね。心配で迎えに来たんだ。」

慎一はそう言って澪に微笑んだ。それから颯太の方を向いた。その目は、さっきまでの優しい顔と同じだったが、少しだけ違う何かが混じっていた。

 

「颯太くん、少しだけいいですか。」

颯太は澪の方を見た。

澪は「ちょっと待ってる」と言って、近くのベンチに腰かけた。

日記を取り出して、何かを書き始めた。

颯太はその姿を一度見てから、慎一と向き合った。

「澪のことを、深く知っているんですね。」

慎一は静かに話し始めた。問いではなく、確認するような口調だった。

「はい。」

「それでも、深入りしないでいただけますか。」

颯太は息を飲んだ。予想していた言葉だった。でも実際に言われると、やはり胸に刺さった。

「理由を聞いてもいいですか。」

颯太は真っ直ぐ聞いた。

慎一は少し間を置いてから、話し始めた。

「澪はね、昔はよく泣く子だったんです。」

颯太は黙って聞いた。

「ちょっとでも嫌なことがあると、すぐ泣く。友達にからかわれても泣く、運動会で転んでも泣く、テストで悪い点を取っても泣く。そういう子でした。」

慎一は少し目を細めた。それが懐かしさからなのか、悲しさからなのか、颯太には判断できなかった。

「でも事故の後、澪は泣かなくなった。」

風が吹いて、葉が一枚舞った。

「私や家内の方が泣くことが増えました。娘の記憶がリセットされるたびに、また一から説明して、また澪の顔が少し曇るのを見るたびに。あの子に申し訳なくて、どうしてやることもできなくて。」

慎一の声は静かだった。

感情を押さえているというより、何度も繰り返してきた言葉のように聞こえた。

「そうしたら澪は、よく笑うようになったんです。」

颯太は、その言葉の重さを感じた。

「私たちが泣くから、澪が笑うようになった。そう思うと……その笑顔が、本当に嬉しい笑顔なのか、私たちのために作った笑顔なのか、ずっと分からなくて。」

慎一は少しだけ視線を落とした。颯太はその横顔を見た。父親の顔だった。何年もそれを抱えてきた人間の顔だった。

颯太は何か言おうとしたが、言葉が出なかった。

「颯太くんの話をしている時の澪の笑顔は、とても自然に見えました。まあ私には話してはくれないけど、家内と話してるのを見かけてね。」

慎一がちらりとベンチの澪を見た。

澪はまだ日記を書いていた。

時々顔を上げて、二人の方を少し気にしながら、また書いている。

「だから、余計に怖いんです。」

慎一の声が、少しだけ低くなった。

「自然な笑顔を持てるようになった澪が、もしその笑顔のまま傷ついたら。颯太くんが澪と一緒にいて辛くなった時、澪は人一倍悲しむでしょう。あの子はそういう子ですから。」

颯太は黙っていた。

「だから澪には言ってないが……。澪に彼氏など、今後絶対認めません。」

慎一はそう言い切った。柔らかい声だったが、揺れのない言葉だった。

颯太は、その言葉の裏にあるものを感じた。认めない、という言葉の前に、どれだけのものがあるか。娘が泣き虫だったこと。事故の日のこと。泣くのをやめた娘を見ていた年月のこと。そのすべてが、この一言に詰まっていた。

颯太は頭を下げた。

「ありがとうございます。聞かせてもらえて。」

慎一は少し驚いたような顔をした。謝罪や反論を予想していたのかもしれない。

颯太には反論する気持ちはなかった。認めてもらえるかどうかは、颯太が決めることじゃない。ただ、この人が澪のことをどれだけ思っているかは、ちゃんと伝わった。それだけで十分だった。

 

「澪をよろしく。」

慎一は最後にそう言った。

認めないとも、よろしくとも、同時に言った。それが颯太には、この父親のすべてに思えた。

慎一は澪に向かって手を振って、来た道を戻っていった。

颯太はその背中を見送ってから、澪のいるベンチへ歩いた。澪は顔を上げて颯太を見た。

「何の話してたの?」

「色々。」

「色々かあ。」

澪は少し笑った。それ以上聞かなかった。

颯太は澪の隣に座った。しばらく二人で、夕方の道を眺めた。遠くの木が風で揺れていた。

澪の笑顔が、自然だった。

颯太はそれを見ながら、慎一の言葉を思い出していた。

辛くなった時、澪は人一倍悲しむ。

颯太には今すぐ辛くなるつもりはなかった。でも、その言葉は颯太の胸の中に、静かに置かれた。

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