ページ23 告白と紅葉
地獄のピクニックはお酒だけが進み、気づけばなくなっていた。
「俺、買ってくるわ。」
この大輔の提案に颯太も着いていくことにした。
颯太は澪に目配せをする。澪も颯太と目を合わせて頷く。
「俺が大輔を宥める。その間に澪は陽菜さんを頼む。」
「オッケー。こっちは任せて。」
颯太と澪の目配せではこういう会話が無言で交わされた。正式に付き合ったからか、この雰囲気のせいか、二人のシンパシーは前よりも息を合わせ、無言の会話まで成立させた。
女性陣二人と離れると先に切り出したのは大輔だった。
「やっぱ俺と陽菜ちゃんは合わないのかな〜。」
気を遣われている。颯太はそう感じた。
陽菜を紹介したのが颯太である手前、無下に陽菜を批判は出来ない。
あれだけの態度だと普通は怒ってもしょうがないが、ここで気を遣うのが大輔という人間だ。
「やっぱり大輔には彩花ちゃんだったんだろうね。」
ふと零れた。でも本音でもあった。
「やっぱり諦めるにしてもきっぱり振られないとな。」
大輔のそのひと言に颯太は驚いた。
大輔の落ち込みようから、てっきり振られたもんだと思っていたからだ。でもよく考えたら「別れた」という報告しか受けていない。
颯太には経験がないから分からないが、好き同士でも別れるということはあるのだろうか。ニュースでよく聞く「価値観の違い」による離婚も、好きという理屈だけではないのだろう。
自動販売機の前に着いた。
大輔がコインを入れて、ボタンを押す。
缶が落ちてくる音がした。颯太も同じものを買った。二人でプルタブを開けて、少し飲んだ。
「大輔にも、新しく好きな人できればいいな。」
颯太はそう言った。自然に出た言葉だった。大輔の力になりたかっただけで、深い意味はなかった。
大輔は何も言わなかった。
缶を持ったまま、少し遠くを見ていた。
返事を探しているのか、それとも何かを迷っているのか、颯太には分からなかった。
その沈黙が少し長かった。颯太は話を変えることにした。
「……陽菜さんって、好きな人いんのかな。」
軽い感じで言ったつもりだった。ただの話題転換のつもりだった。
「お前だ。」
大輔が答えた。
「……え?」
颯太は聞き返した。陽菜が、颯太を好き。颯太の頭がそれを処理しようとした。でも上手く処理できなかった。陽菜はずっと颯太を警戒していた。睨んでいた。澪から離れろという目をしていた。それが好き?
「は?陽菜さんが俺を好きなわけ……。」
「俺の話だ。」
大輔が静かに言った。
颯太の思考が止まった。
「さっき聞いたろ。新しく好きな人できればいいなって。」
大輔は缶を見ながら言った。颯太の方を向かなかった。
「その答えを言った。」
風が吹いた。木の葉が揺れる音がした。自動販売機のモーター音だけが、二人の間で鳴り続けていた。
颯太は何も言えなかった。
言えなかったのは、驚いたからだけではない。怒りも、嫌悪も、なかった。ただ、何をどう返せばいいのかが、全く分からなかった。
大輔は同性が好きだ。その事実が颯太の中に落ちてきて、颯太はそれをどこに置けばいいのか分からないまま立っていた。
「……。」
颯太は口を開いたが、言葉が出なかった。
大輔は颯太の顔を一度だけ見た。颯太の表情を確認するような目だった。そして缶を持ったまま、「戻ろうか」と言った。
颯太は頷いた。
二人は並んで歩いた。行きと同じ道を、同じ速度で歩いた。でも行きとは全然違う沈黙が、二人の間にあった。
颯太は何か言わなければいけないと思った。でも何を言えばいいのか分からなかった。謝るのも違う。大丈夫ですよと言うのも違う。なかったことにするのも、それはそれで失礼な気がした。
だから何も言えなかった。
ピクニックの場所が見えてきた。
そこには、さっきまでとは全く違う光景があった。
陽菜と澪が、楽しそうに話していた。
澪が何かを話して、陽菜がそれに答えて、二人して笑っている。陽菜が笑っていた。あの陽菜が、颯太と澪が離れたこの短い時間に、笑っていた。
颯太は少し足を止めて、その光景を見た。
大輔も隣で同じものを見ていた。
「よかった。」
颯太は小声で言った。大輔に向けたわけでも、澪に向けたわけでもなく、ただ口から出た。
大輔は何も言わなかった。
でも颯太の隣で、缶を一口飲んだ。
二人はシートに戻った。
陽菜は颯太を見て、またいつもの無表情に戻った。でもさっきまでとは少しだけ違う気がした。棘が、ほんの少し引っ込んでいた。
「お待たせ。」
大輔が缶を澪の前に置いた。澪が「ありがとうございます!」と笑った。
その後は、何事もなかったかのようにピクニックは続いた。
話題は紅葉のこと、次の季節のこと、何でもないこと。
颯太は大輔と目を合わせなかった。
大輔も颯太に話しかけなかった。
でも四人の中ではちゃんと笑っていた。
どちらも、笑えた。
それで十分だった。少なくとも今日は。
ピクニックは夕方前に終わった。澪と陽菜が先に帰って、颯太と大輔が後片付けをした。二人きりになっても、大輔と颯太は特別な話をしなかった。シートを畳んで、ゴミをまとめて、それだけだった。
「じゃあな。」
「また。」
それだけを言って、二人は別の方向に歩いた。
颯太は一人になってから、今日のことを頭の中で整理しようとした。整理できなかった。でも一つだけ分かったことがあった。
大輔は颯太の友達だ。今日のことがあっても、それは変わらない。
そのことだけは、ちゃんと分かった。
大輔は帰りながら1人考えた。
愛と恋の違いとはなんだろうかと。
颯太と澪との関係は紛れもない恋で。
陽菜の澪を思う気持ちは愛なんだろう。
でも、愛も恋もどちらも英語にしたら同じLoveだ。
自分の颯太に対する気持ちもLoveだ。
でも自分が颯太と付き合いたいかと言われたら、そういう訳では無い。
日本語とはなんて感慨深い言語なんだと思う。
振り返ると山々が夕日に照らされて轟々と燃えていた。
Loveの炎みたいなそんな力強い感情は大輔にはなかったのだ。




