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35分の記念日  作者: 芒雲 紘真
第五章:35分のピクニック
23/32

ページ22 ピクニックと地獄

芝生の上に広げられた色鮮やかなチェック柄のシート。

その上に次々と置かれていくのは、手作りのサンドイッチや果物を詰めた籠、まだ湯気の残るポット、そして陽の光を浴びてきらめくガラス瓶のジュース。

空はどこまでも澄み渡り、風は心地よく髪を揺らす。遠くでは子どもたちの笑い声が響き、木々の葉がさざめきながらその音を運んでくる。

「さあ、食べよう。」

ひとりがそう言って蓋を開ければ、ふわりと広がるパンの香ばしい匂い。指先でちぎった一切れのパンを口に含むと、不思議と日常の重さが遠くへ吹き飛ばされていく。空の下で味わう食事は、ただそれだけで格別のごちそう。時間の流れはゆるやかになり、会話も笑顔も、鳥のさえずりに溶け込んでいく。

それが「ピクニック」という魔法のひとときだった。

そうなるはずだった。

颯太と澪。先日おめでたく結ばれたカップル。そしてそれぞれの友人の大輔と陽菜。今日はピクニック兼この二人をくっつけようの会だったが、空気は地獄だった。


――時はピクニックの数日前に遡る。

前日の弁当を作っていた時。

その時に遊園地のことがバレてしまった。

別に隠していた訳ではない。しかし陽菜の知らない澪の行動があるという事実が陽菜の保護者心に火をつけた。

さらに次の事件が起きる。澪の日記を陽菜が見てしまった。そこには裏作戦であった大輔と陽菜をくっつけよう会の内容が書かれていた。大輔の内情も書かれており、そんなすぐに恋人を作ろうとする人と付き合うわけないと陽菜がご立腹。

澪が心配だからとピクニックには来てくれたが、まあご機嫌はナナメだ。

 

ピクニックは、芝生の広い公園で開催された。

紅葉がとても綺麗だった。

赤や橙、黄色が混ざり合って、木々がまるで燃えているように見えた。

秋の穏やかな日差しが芝生に落ちていて、風が吹くたびに葉が一枚ずつ舞い降りてくる。

場所だけ見れば、最高のピクニック日和だった。

颯太と澪。大輔と陽菜の四人。

大輔は、陽菜に対して、あくまで友達としての接し方だった。

これには颯太も少し驚いた。

彩花に振られたばかりで新しい出会いを求めているのかと思いきや、大輔は最初から「この人を好きになろう」という色気を一切出さなかった。話しかける時の声のトーンも、距離の詰め方も、全部が友達に接する時のそれだった。

颯太には、それが誠実なのか、それとも本当に陽菜に何も感じていないのか、判断がつかなかった。

陽菜はというと、最初から颯太への視線が鋭かった。

シートに座った瞬間から、颯太の一挙一動を観察していた。

澪が颯太に話しかける度に陽菜の目が動く。

颯太が澪のために飲み物を注ぐのを見ている。

颯太が澪の分のサンドイッチを皿に乗せるのを見ている。

颯太はその視線に気づいていた。

気づいていて、あえて自然に振る舞った。

見せようとして動くと嘘くさくなる。陽菜はそういうのを見抜くタイプだ。颯太にはなんとなくそれが分かった。

澪と颯太が別れれば、と陽菜が思っていたことは颯太には分からなかった。

でも陽菜の目が「お前は澪に相応しいのか」と問い続けていることは、分かった。

 

ある時、澪が「ちょっとお手洗い行ってくる」と立ち上がった。大輔も「俺、追加の飲み物取ってくる」と少し離れた自動販売機の方へ向かった。

颯太と陽菜が二人になった。

沈黙があった。颯太は何か言うべきか迷って、結局シートの上の果物を陽菜の方へ少し押した。

「良かったら。」

陽菜はそれを一瞬見て、みかんを一つ手に取った。何も言わなかったが、手は伸びた。

「……澪のこと、ちゃんと見てるの?」

陽菜が皮を剥きながら言った。問いかけというより、確認するような口調だった。

「見てます。」

颯太は迷わず答えた。

「澪がどこに置いてきてもいいような存在だと思ってたら、今すぐ離れて。」

「思ってないです。」

「…本当に?」

「本当に。」

陽菜はみかんを口に入れた。しばらく何も言わなかった。

颯太も何も言わなかった。言い訳も、説明も、しなかった。ただ、答えた。

陽菜はもう一房みかんを食べてから、颯太の方をちらりと見た。さっきまでの鋭さが少しだけ、ほんの少しだけ和らいでいた。

澪が戻ってきた。「お待たせ!」と笑いながら颯太の隣に座った。陽菜はそれを見て、また前を向いた。でも颯太には分かった。さっきまでと目の温度が違った。

颯太のやさしさに触れ、少しずつ颯太を認めていく。陽菜のその変化は目立たなかったが、颯太にははっきり見えた。

 

一方、大輔の内側では別の問いが生まれていた。

ピクニックは楽しかった。

秋の空の下でご飯を食べるのは気持ちよかったし、澪が持ってきたサンドイッチは素朴で美味しかった。

陽菜との会話こそ弾まなかったが、四人でいる時間は悪くなかった。

でも、楽しいのは「ピクニック」であって、陽菜でも澪でもなかった。

大輔はそのことに、ひそかに気づいていた。

陽菜は確かに芯のある人間だと思った。

澪は記憶がなくても明るく場を作る人だと思った。どちらも素敵だと思った。でも、胸が動かなかった。

それがなぜか、大輔にはまだ分からなかった。

いや、本当は分かっていた。

ただ、風が吹いて葉が舞った瞬間に、颯太が

「澪、見て。綺麗だよ。」

と呟いて、澪がそれに嬉しそうに頷いた時。

大輔は、その二人の方を向いていた。

澪の方を見たのか、颯太の方を見たのか、大輔自身にも分からなかった。

でも、胸のどこかが、さっきより少し温かかった。

大輔は紅葉の方に目を向け直した。

風がまた吹いた。

葉が一枚、大輔の膝の上に落ちてきた。

大輔はそれをつまんで、しばらく眺めた。

自分が何を感じているのか、言葉にならなかった。

言葉にならないまま、ピクニックの午後は静かに続いた。

颯太も澪もこの雰囲気にタジタジだった。

いや、颯太だけはむしろ陽菜との二人の時間で少し前進できた気がしていた。

でも大輔と陽菜の間は、最後まで霧が晴れなかった。

地獄のピクニックはお酒だけが進み、気づけばなくなっていた。

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