ページ21 慰めと企み
「はぁ」とため息がこぼれる。
「バイト中ですよ〜。」
いつしか言われた言葉を颯太はため息の主に返す。
遊園地から数日が過ぎた。
次の日大輔から来たメッセージ。
「彩花と別れた。」
大輔から出てくるため息はそのためだろう。
理由は聞いていない。でも颯太の脳裏には観覧車での彩花の表情が浮かんだ。「楽しそうだね」とぽつりと言った時の、あの寂しそうな顔。あれから何かが変わったのだと颯太には分かっていた。
友達を励ましたいという気持ちとは裏腹に、安堵の気持ちが颯太にはあった。ダブルデートでの大輔と澪の様子から、大輔は澪のことが好きなのかもしれないと思っていたからだ。
でも今、目の前で落ち込む友人に澪への気持ちなど微塵も感じない。感じるのは彩花への未練と、恋人を失った喪失感だ。
そんな友人を目の前にして「バイト中ですよ」なんてイジってみたが、これは前のやり返しだ。もうイジるための貸し借りはない。
颯太はどうやって大輔を励まそうか考えていた。
そうして最初に出たひと言をあとで後悔することになる。
「すぐいい人見つかるって。」
この言葉には責任が伴う。そのいい人はどこの誰なのか、本当にすぐなのか。
「いい人って誰?」
大輔のもっともな返しへの対応を颯太は持ち合わせていなかった。
「すいませーん。」
お客からの呼び出しに逃げるように取りに行く。今日はやけに客が多い気がする。
颯太は仕事をしながら自分の知り合いの女性を片っ端から思い出していた。最低条件は彩花よりもいい人だ。そんな女性はなかなかいない。まず外見の時点で強すぎる。彩花は顔はもちろん、スタイルに服装とレベルが高い。彼女に叶う女性は芸能人、最低でもインフルエンサーレベルだ。しかしそんな知り合いは颯太にはいない。
「いいや、女は外見じゃなくて中身だ。」と颯太は誰にでもなく言い訳をした。
しかし中身も決して悪くない。澪を煽るような素振りを見せたが、あれはそもそも嫉妬からであって、観覧車で見た彩花はとても優しそうだった。大輔だって煽っている彩花、ブラック彩花はいつもとは違うと言っていたし。観覧車で見たホワイト彩花が本当の彼女なのだろう。
だとしたらとても良い女性だ。
「だぁぁあ。」
颯太は頭を抱えた。
テーブルを拭きながら、颯太は自分の知り合いを一人ひとり思い浮かべた。専門学校の同期。バイトで出会った人。高校時代の友達の妹。どれもぱっとしない。
颯太はトレイを持ちながらはたと止まった。
カラン、コロン。
店の入口が開く。
「いらっしゃいませ。」
店に来たのは澪だった。
そうだ。と颯太は澪に相談することを思いついた。
颯太のバイト終わり、澪と別の喫茶店に移った。
そして颯太は大輔のことを澪に相談した。
「そうか、そんなことになっていたとは。」
澪はコーヒーを一杯口に運ぶと、目が見開いた。
「いる!いるよ!いい人!」
その人物を聞き、確かに!とか颯太も目を見開く。
「でも、あの頑固者に正直に言っても来てくれるか。。」
澪が首を傾げる。
颯太も、確かに。と告げる。
「颯太、さっきから『確かに』しか言ってないよ。ということで何か案を出しなさい。」
急な呼びすけに胸がギュッとなる。
「じゃあ前みたいにダブルデートじゃないけど、4人で遊びに行くとかは?」
「いいね!」
元気の良い返事。これが正解なんだという安心感をくれる。
「澪さんは何したい?」
そういうと澪は最近の癖を見せた。
口をプクっと膨らませる癖。
その時、颯太の中で1つの解答を見出した。
そしてそれが合っているかテストする。
「秋だし、涼しくなってきたし外がいいな。」
「澪はアウトドア派か。」
澪の目が見開きすぐさま、とびきりの笑顔になる、
「陽菜さんもアウトドア派かな?澪さん知ってる?」
プクっとなり、答える。「知らない。」
「俺と澪と大輔と陽菜さんでしょ、難しいな。」
また澪が笑顔になる。
そしてここで颯太は自分の解答が合っていることを確信する。
机越しにチョップが飛んできた。
「人で遊ぶんじゃありません。」
表情に出たのかてすとしてることがバレたみたいだ。
「ピクニック、とかは?」
颯太はチョップの手を戻しながら答える。
「いいね!」
さっきと同じテンションで、今度はグッドマーク付きだ。
こうして澪と颯太の初めての企みが始まった。
家に帰ってから、颯太は大輔にメッセージを送った。
4人でピクニックに行こうと。
颯太と澪、大輔、そして例のいい人と。
「何そのメンツ。おもろ」
と爆笑したスタンプとともに大輔から返事が来た。
よしっ!っと小さくガッツポーズをすると、今度は澪にメッセージを送った。
「了解!」いつもの熊のキャラクターのOKというスタンプを確認する。
そして澪は例のいい人を誘っていた。
「久しぶりに遊びさせわれたかと思えば、あいつ付きかい。」
あいつこと颯太を毛嫌いするこの女性こそ例のいい人、
陽菜だった。
「ピクニックって言っても、何するの?」
「そりゃ、バドミントンとシートの上でのお弁当だよ!」
「小学生か。」
陽菜はそう言いながらも、澪の楽しそうな顔に行かないことを諦めていた。
文字だけでも分かる。今どれだけ生き生きしているかが。
「じゃあ一緒にお弁当作ろうか。」
この会話は熊のキャラクターのOKのスタンプで締められた。
ピクニック前日、颯太は大輔とともにバイトに出ていた。
今日は来客は少ないが、滞在時間が長いように感じる。
季節はもうすっかり秋で、標高が高いこともありこの店から紅葉を眺める事もできる。
「ありがとな。」
大輔が急に颯太に言ってきた。
「え?何が?」
「気遣ってくれたんだろ?」
珍しかった。
気を遣ったのがバレたことじゃない。大輔は割と勘がいい。こういう時はすぐに気付く。
珍しいのはそれを言ってきたことだ。それもピクニック前に。大体こういう時はそのまま乗ってくれて後からバレバレだったと言ってくれる。
颯太は何も言えなかった。
「そういえば、あんまり知らないんだけど陽菜さんってどんな人?」
そう聞かれて颯太には正直に怖い印象しか無かった。
しかし、そのまま答える訳にはいかない。
「友達思いの芯の強い人かな。」
就活で培っている短所を長所に言い換える練習が役に立った。
「そっか、優しい人ってことか。」
大輔は笑った。
その笑顔はどこか乾いていて鮮やかで、秋のオレンジのようだった。
一方、澪と陽菜はピクニック用のお弁当作りをしていた。
二人でサンドイッチを作っていると急に陽菜が質問した。
「で、何を企んでるわけ?」
澪はギクッとなったが平然と振舞ってみせる。
「別に何にも〜。」
澪の口が少しとんがる。
これは嘘をついている時だと陽菜は知っている。
でもこういう場合は大したことなく、しょうもないということも知っている。
「まあどうでもいいけど、澪はいいの?あいつで?」
あいつとは颯太のことだろう。
「陽菜ちゃんは颯太くんのこと嫌い?」
「嫌いとか好きとかじゃない。ただ、いつか澪が傷つくのが怖いの。」
「優しいね。」
「そんなことないよ。」
陽菜は自分の心配が義務感から来ていることは分かっていた。
そんな自分が嫌いだった。
「大輔くんってどんな人?」
「お?気になりました。」
「まあ、話したことないし」
「知らなーい」
「知らんのかい!」
山は山火事のごとく彩られ、秋の寒さを隠していた。




