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35分の記念日  作者: 芒雲 紘真
第四章:35分の遊園地
21/33

ページ20 夕日と現実

観覧車を降りると、ここで解散しようと彩花が提案をする。

三人もその提案に乗り、ダブルデートは終わった。

終わったのに終わってなかった。

心がモヤモヤする。

澪と大輔の楽しそうな先程の風景。それを思い出したと思ったら、ふと未来が見えた。澪の隣には、颯太ではなく大輔がいた。

「あひょ」

急に間抜けな声が出た。

「あはは」と目の前で澪が笑っている。それを見て、さっきの間抜けな情けない声が自分のものと分かった。

脇腹をつつかれたのか。

これがイチャつきか? 沸点の低い颯太の恋愛脳は先程の悩みから一転して、こんなことで湧き上がる。

「ほんとに脇腹弱いんだね。」

まるで誰かから聞いたかのような言い方だ。

颯太の恋愛脳は冷めるのも早い。先程は沸点と表現したが、液体よりも固体の方が近いだろう。鉄の熱伝導率はとてもよく、熱しやすく冷めやすいというし。

おそらく大輔から聞いたのだろうと、颯太にも簡単に予測できた。それがモヤモヤを強くする。

颯太には芽生えてしまっていた。澪は自分のものだという気持ちが。

独占欲や傲慢と似ているが少し違う。特別感。それがモヤモヤを産んだ元凶だ。水族館のデートまではこの特別感は颯太一人のものだった。しかし、澪の好意にも取れるようなLINEや仕草が二人の間の特別感を生み出した。

この特別感は不思議なことに、「嫌だ」という感情を生み出す。この「嫌だ」は嫉妬だ。

羨ましいと嫉妬の違いはこの「嫌だ」という感情があるかないかだと颯太は思う。羨ましいは、自分も欲しいという感情だ。嫉妬は、自分のものを取られたくないという感情だ。今颯太が感じているのは間違いなく後者だった。

 

「颯太くん、ぼーっとしてる。」

澪が颯太の顔を覗き込んだ。

「ちょっと考え事。」

「なんの?」

「秘密です。」

澪は少しだけ口を尖らせた。その顔がまた可愛くて、颯太はまた沸点まで戻った。熱しやすい。

二人は遊園地の出口に向かって歩き始めた。大輔と彩花の姿はもう見えなかった。

夕方の遊園地はオレンジ色の光に満ちていた。アトラクションのライトが少しずつ点き始めて、観覧車がゆっくりと回っている。颯太はさっきあのゴンドラに乗っていたことを思い出した。遠くから見ると、なんでもなく見える。

「颯太くん。」

澪が歩きながら颯太に言った。声が少し改まっていた。

「重大発表、今でもいい?」

忘れていた。

「ちょっと今は。」

「じゃあいつならいい?」

その質問の意図が一瞬分からなかった。

「別にいつだっていいじゃん。」

少し強めの返しをしてしまった。その声量に颯太は自分で驚く。

そしてそのおかげで頭が少しクリアになった。

いつでもいい訳がない。

澪は記憶がないんじゃない。35分だけ引き継ぐ。

だから澪にとってはいつでも大切に過ごしたい時間。

もしかしたら記憶に残るかもしれない時間だから。

「ごめん、やっぱり聞きたい。重大発表。」

澪は口を尖らせていた。

そして急にハッとなって、そして笑った。

「もしかして颯太くん嫉妬したの?」

ドキッとした。

それは恥ずかしさでもあり、怖さでもあった。

「なんで分かったの?」

「女の勘ってやつ?」

そう言って今度は少し気恥しそうに笑う。


「ごめんなさい。観覧車の様子見えて楽しそうだったから。」

「そっか。でも大輔くんとは友達になったよ。いや、むしろ私のライバル。」

「ライバル?」

「うん、だって颯太くんのこと詳しすぎるんだもん。あれはもう好きだね。」

なんだそれと颯太も笑った。

笑いながら想像した自分のことを楽しそうに話せる2人を。それってまるで颯太の記憶があるみたいじゃないかと。

「基本大輔が話して澪さんが聞く感じ?」

澪は一瞬プクっとしてから、答える。

「ううん、私からも話したよ。」

最近だと思う、あのプクっとする癖のようなものは。

それに、澪からも颯太の話をしたということ。

「もしかして澪さん俺の記憶ある?」

澪はまたプクっとした。

そして「へっ?」急に顔を赤くした。

「いや、その、あの」となにやら焦っていた。

何かの図星をつかれたような。

「重大発表、してもいい?」

また、同じ質問が来た。

「うん。」

颯太は短くそう答えた。

それが自分の聞きたいことを聞ける気がしたから。


「私ね、覚えてるの。水族館。」

幾度となく一緒に行った水族館。

でもここで言っている水族館が、ただの水族館じゃないことはすぐに分かった。

2人だけの、颯太と澪だけの、特別な水族館。

「颯太くんが告白してくれたものも覚えてる。」

「え?」

颯太は少しだけ困惑した。

そこだけは予想外だった。

「じゃあ、その後告白した時も覚えてたの?」

「ごめんなさい。覚えてた。分かってた上で知らないフリして告白してもらってた。2回目の告白を覚えてた時に言おうと思って。」

「じゃあ、2回目覚えてたの?」

そう聞くと、澪は大きく首を横に振った。

「彩花ちゃんに『颯太くん貰っちゃおうかな』って言われて思ったんだよね。颯太くんを取られたくないって。」

颯太は何も言わなかった。

そして無意識に明かりの下を避けた。

無償に顔を見られたくないと思ったからだ。

もう夕日も落ちてきて、夕日で誤魔化せていた頬の色がバレてしまう。

「だから。」

澪が颯太の方を向いた。

「私、颯太くんと付き合いたい。」

颯太は何も言えなかった。ただ、澪の手を強く握りしめた。

澪が少し驚いた顔をして、それからまた笑った。颯太の手を、澪も握り返した。

二人はしばらくそのまま立っていた。遊園地の出口の手前で、観覧車を背にして。言葉はなかった。でも、言葉はいらなかった。

「……颯太くん、手が震えてる。」

「震えてません。」

「震えてるよ。」

「震えてるかも。」

「うふふ。」

澪が笑う。颯太も、笑った。

その日の帰り道、颯太と澪は並んで駅まで歩いた。繋いだ手は、途中まで離さなかった。澪は日記に何かを書いた。颯太は覗かなかった。でもきっとそこには、今日のことが全部書いてある。そう思うと、颯太は少しだけ誇らしかった。

駅で別れて、颯太が振り返ると、澪はもう改札の中にいた。こちらを振り返ることなく歩いていく。それでよかった。颯太には澪の後ろ姿を見送る時間がとても好きだった。今日という日が、明日の澪の中にある。そう信じられる気がした。


次の日、颯太のスマホにメッセージが届いていた。

1つは澪から。

遊園地の感想が記されていた。

「これからよろしくね。」

最後のひと言で昨日が現実なんだと実感した。

今までも現実だった。でもどこか空虚な世界で生きているような気がしていた。

夢を見ていたような。

今更になって、胸が熱くなった。

 

そしてもう1つは大輔からだった。

「彩花と別れた。」

こちらも現実だった。

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