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35分の記念日  作者: 芒雲 紘真
第四章:35分の遊園地
18/37

ページ17 お連れ様とライバル?

いつもと違う日には、いつもと違うことがとことん続く。

一ノ瀬が去った後、ある女性のお客様が入ってきた。

颯太には何か見覚えがあるような気がした。

女性は入店するなり澪を見かけて、その席に寄ってきた。

澪と出会って数ヶ月。颯太は陽菜以外の澪の友達を見たことがなかった。デートの時はとにかくデートのことを覚えてもらおうと、友達の話なんてのはしたことがなかった。

そんなことを考えていたら、女性が入店した時に厨房にいた大輔がフロアに戻ってきた。

もし颯太が一人でフロアに立っていたら、その女性が誰だか気づかなかったかもしれない。でも大輔の反応が颯太に教えてくれた。

 

「ゲッ……」

大輔の第一声に、颯太も思い出した。

会うのは初めてだ。

しかし写真で見せてもらったことがある。

澪の前に座った女性は、大輔の彼女。

高瀬彩花だ。

茶色いロングの髪にはウェーブがかかっており、細身のスタイルに合うオシャレな服装。

澪を清楚系美人とするなら、ギャル寄りな美人だ。

どこか堂々としていて、座り方から何から、自分の存在を知っている人間の動き方だと颯太は思った。

そして澪と彩花はおそらく友達ではない。

少なくとも澪の記憶には残っていない。

なぜなら、慌ただしく日記を捲っているからだ。

颯太はそっと大輔の袖を引いた。

「知ってたの?」

「知るわけないだろ。」

大輔は小声で、でも明らかに動揺した様子で返した。

颯太はその顔を見て、「ゲッ」が照れ隠しではなく素直な驚きだったことを確認した。

それと同時に、大輔が慌てている顔をこんなにはっきり見るのは初めてだと気づいた。いつも飄々としていて、颯太の恋愛に口を出す側の大輔が、彼女が来ただけでこうなる。颯太は少しだけ溜飲が下がった。

 

「大丈夫だよ。初めましてだから。」

慌てている澪にそう告げると、彩花は自己紹介をした。あくまで一人の女性として、どこの大学に行っているとかそんな紹介だった。

自己紹介が終わるなり、彩花はぶっ込んだ。

「颯太くんの彼女さんだよね?」

颯太と彩花は会ったことは無い。

しかし、颯太も彩花のことを知っているように、彩花も大輔から颯太のことを聞いていたのだろう。

それでも大輔の友達とかいう相関図無しで「颯太くん」という呼び方をするあたり、もう友達かというような口ぶりだった。

さすがギャルだ。見た目の期待を裏切らない。

颯太は内心、大輔が「ゲッ」と言ったのは照れ隠しだったのかもしれないと思った。彩花は大輔の自慢の彼女なのだろう。そういう空気がした。

「え?」と困惑している澪に対して「違うの?じゃあ私が貰っちゃおうかな。」と続ける彩花。

これには澪だけでなく、颯太の隣にいた大輔も即座に反応する。

「冗談だよ。」とすぐさまフォローする。

澪に言った後に大輔にも目配せをする。

これがギャルのノリというやつだろうか。

颯太は笑いをこらえながら水を補充しに厨房へ引っ込んだ。何か余計なことを言いそうだったからだ。

 

厨房の中で水を補充しながら、颯太は少しだけ息をついた。

今日は本当によく人が来る。一ノ瀬が来て、澪が来て、今度は彩花まで。いつもと違う日には、いつもと違うことがとことん続く。まるでそれを証明するような一日だった。

水差しを持ち直して、颯太はもう一度フロアを覗いた。

厨房の入り口から少しだけ覗くと、澪と彩花はもう普通に話していた。

澪が日記を開いて何か書いているのを、彩花が覗き込んで「几帳面だね」と言っている。

澪が「そうしないと忘れちゃうから」と答えると、彩花はふうん、と頷いた。

深くは聞かなかった。でもその「ふうん」には、何か察したような重さがあった。

彩花は賢い人間だと颯太は思った。

踏み込まなかった。それは無関心だからではなく、踏み込むべきタイミングではないと判断したからだろう。初対面の相手に対して、その場その場で距離を測れる人間だ。ギャルという見た目の印象で侮ってはいけない。颯太は心の中でそっと評価を修正した。

颯太はトレイを持って戻った。

一ノ瀬の警告がまだ頭の片隅に残っていた。「いつか現実を見なきゃいけない時が来る」。その言葉が、彩花の登場と重なって、颯太の中で妙な引っかかりを作った。

今日はやけに人が来る日だ。


「お連れ様でしょうか?」

水を持って彩花のテーブルへ向かったのは大輔だった。

「……何しに来たんだよ。」

声には出さなかったが、その目線がそのまま言葉になっていた。颯太はカウンターからその様子を眺めながら、大輔がここまで分かりやすい顔をするのを初めて見たと思った。

「バイト中でしょ。ちゃんとして。」

彩花は涼しい顔で水を受け取った。

大輔は何も言えずに水差しを持ったまま立っていた。

颯太はカウンターの陰で、声を出さずに笑った。

「ごゆっくりどうぞ。」

大輔はそれだけ言って厨房へ戻っていった。

彩花はその背中を見て、口の端だけで笑っていた。

颯太はそれを見て「この人は強い」と思った。さっきのさすがとはまた違う意味で、さすがだった。

しばらくすると、彩花は鋭い眼差しを澪に向け、挑発するように言った。

「で。あなた颯太くんの彼女じゃないの?彼のことどう思ってるの?」

颯太は思わず固まった。

なぜ彼女がこんなことを言うのかわからなかった。

というか本人がいる目の前でそんなこと言うか?普通。

さすがギャルだ。

さっきのさすがとは違う。さすがギャルだ。怖い。

颯太は咄嗟にトレイで顔を半分隠した。視線の置き場がなかった。澪が何と答えるのか聞きたいような、聞きたくないような。自分が今ここにいることを、世界から一瞬だけ消えてほしいと思った。

澪は少しだけ黙って、それから彩花をまっすぐ見た。

怒っているわけではなかった。でも、何かを決めた目だった。

颯太はその横顔を見て、息を飲んだ。

彩花は澪の様子を見て、ふっと口角を上げた。それから、自分から言った。

「ねえ、ダブルデートしない?私と大輔、あなたと颯太くんで。」

その言葉に、フロアが一瞬静止した。

颯太も大輔も、どちらも反応が一拍遅れた。

澪は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

「……いいよ。受けて立つ。」

 大輔と颯太はお互いに顔を見合せた。

「なんでそうなるんだよ。」

「俺が知るか。」

お互いに言葉にはせず、目で会話していた。

 

そうこうしているうちに女性同士で日程の調整が進んでいた。

颯太は密かに澪の横顔を見た。

さっきまでの穏やかな澪とは少し違う顔だった。頬に少し色がついていて、目が真っ直ぐ前を向いている。さっきと同じ何かを決めた目だ。

颯太は思った。澪が自分のために、彩花の挑発をまっすぐ受け止めた。それだけのことかもしれない。でもそれが颯太には、今日一番胸に刺さった出来事だった。

覚えていなくても、澪は澪だ。

マスターの言葉が、またじんわりと思い出された。

彩花が席を立ちながら大輔の方をちらりと見て言った。

「大輔、今度のダブルデート、ちゃんとエスコートしなさいよ。」

「分かってるよ。」

大輔はぶっきらぼうに答えたが、耳が少し赤かった。颯太はそれを見て、また少しだけ溜飲が下がった。

帰り際、澪はいつものように日記を取り出した。今日のことを書いた後、颯太の方を見て言った。

「楽しみだね、ダブルデート。」

その目が少しだけきらきらしていた。

颯太は答えた。「うん、楽しみ。」

本当に楽しみなのか、ちょっと怖いのか、自分でも判断がつかなかった。でも澪のそのきらきらした目を見ていると、どちらでもよくなった。

大輔は後片付けをしながら颯太に小声で言った。

「ダブルデート、うちの彩花がやらかさないといいけど。」

「どっちが先にやらかすか分かんないですよ。」

二人は顔を見合わせて、小さく笑った。

笑いながら、颯太は少しだけ安心した。大輔と笑える。それだけで、妙に心が落ち着いた。一ノ瀬の言葉も、彩花の挑発も、澪が彩花をまっすぐ見た顔も、全部が今日という一日の中に詰まっていた。多すぎる一日だった。でも笑って終われるなら、悪くない。


思いもしなかった。

このダブルデートで自分があんな風になるなんて。

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