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35分の記念日  作者: 芒雲 紘真
第三章:35分の水族館
14/37

ページ13 喧騒と反省

澪とのデートを初めて数週間。

今日もデートの日だ。

いつもの服装。

いつものヘアセット。

出来るだけ同じにすることで澪に早く覚えてもらおうと颯太は必死だった。

今日は快晴だ。雲ひとつない。

悪いことが起きる時は大抵が雨の日だ。

物語だといつもそう。でもこれは現実だ。

颯太は窓の外を一度だけ見て、上着を羽織った。

天気だけは味方してくれている。そう思った。

 

颯太の携帯のバイブがなる。

大輔から電話が来ていた。

嫌な予感がした。今から雨が降るんじゃないかと。

「もしもし。」

「もしもし大輔だけど。」

「どうした?」

「突然で悪いんだけど、今日バイト代われない? 就活対策の講義出たいんだよね。」

颯太たちの専門学校では就活対策の講義が全員必須のものと任意で受けたい人だけが受けるものがある。

任意なものは企業が来てくれることもあるため、狙っている企業がある人や就活に早めに取り組む人が受けることが多い。

大輔は真面目だからこういう情報は早めに調べて、バイトの休みを取っておきそうなものだ。

「珍しいな。休み取ってなかったのか。」

「それがさ、元の来るはずだった企業でインフルが流行って来週の企業が急遽、今日来ることになったんだよ。」

なるほど。

急にバイトを代わることになった理由は分かった。

 

でも今日はデートの日だ。

最初は毎週土曜日にしていたデートだが、少しづつ日数や曜日も変わってきて、今日は平日だがバイトも休みなためデートの約束をした。

「ごめん。今日は予定入っててさ。」

「例の彼女とのデートだろ?毎週してるんだし今回は代わってくれないかな?来週の休み希望は俺が代われるし!」

あえて言わなかった断る理由を当てられて動揺した。

そして来週代われるというのは、さっきの話からして来週出るはずだった就活対策講義は繰り上げになったため出ないからだろう。

たしかに毎週デートはしているし、代わりの提案もしてくれている。

しかし、澪に断る勇気が出なかった。

一度でも断ると、もう二度と会えないのではないかと不安だったのだ。

澪の記憶には颯太との水族館デートの記録が積み上がっている。

でも、それは颯太が毎回来続けたからだ。

一度でも来なければ、その日のページには「約束していたのに来なかった」と書かれるかもしれない。

あるいは、何も書かれないかもしれない。

どちらも怖かった。


「お前さ、」

どっちともつかない返事に先に切り出したのは大輔だった。

「…お前、本当に大丈夫なのか?その子、お前のこと覚えてないんだろ?もしかして、利用されてんじゃないの?周りに迷惑をかけてまでやることか?」

大輔の言葉は、まるで颯太を責めるようだった。

でも責めているというより、心配しているのだと颯太にも伝わった。

だからこそ、言い返せなかった。

大輔は続けた。

「毎日バイト代わってもらってさ、シフトもがたがたにして、水族館に何十回も行って。お前、それで相手に何か変わったことあったのか?相手はお前のこと、覚えたのか?」

静かな声だった。

怒鳴っているわけじゃない。

それが余計に刺さった。

颯太は答えられなかった。

覚えていない。毎回、澪は日記を確認して颯太の名前を確かめる。それは変わっていない。


苛立ち。同情。反省。

色んな感情が混じった。

俺の好きな人をそんな風に言わないで欲しい。

澪ははきっとこれまでも、こうやって誰にも理解されないで来たんだろうな。

自分だけ我慢してるなんて思ってたけど、知らず知らずのうちに周りに迷惑をかけてたんだな。


「……分かった。代わる。」

電話を切った後、颯太はしばらく画面を見つめた。

澪に連絡しなければならない。

今日のデートをキャンセルすることを伝えなければならない。

颯太はメッセージを打った。

消した。

また打った。

また消した。

何度も書き直して、最終的に「今日、急にバイトが入ってしまいました。本当にごめんなさい」と送った。

既読がついた。返信はすぐに来た。

「そうなんだね。大丈夫だよ。バイト頑張って!」

文章の後に可愛らしい熊のキャラクターのOKのスタンプが送られてきた。

 

颯太にはその「大丈夫だよ」が、どれくらいの温度で書かれたものなのかが分からなかった。

本当に気にしていないのか。

それとも、気にしているけれど気にしていないふりをしているのか。澪の記憶には何が残るのか。


その日のバイトは気持ちが入らなかった。

鈴の音がなる度に、ドアを見る。

いつもと変わらない行動なはずなのに、何かが違う。

来て欲しいという期待はある。

でも来た時になんて言われるか。

そう思うと来て欲しくないような気もしてくる。


いつものように常連さんにケーキを振る舞う。

「今日、大ちゃんとシフト代わったんだって?

いやー、ラッキーだったよ。颯ちゃんのケーキは格別だからね〜。」

こんなことを言われたのは初めてだった。

確かにこの店でいちばんケーキを美味しく作れる自信はある。

でも、改めて言われると嬉しいもんだ。

そうきっと今日でなければ。


そうか。今日だからか。

颯太はいつの間にか常連にすら気を遣わせていた事に気づいた。

今日の勤務態度はあまりにも酷いと自分でも分かった。

申し訳なさげにマスターを見ると、何も無かったかのようににこやかに笑い、そして手招きした。

「颯太くん、悪いけど店番頼めるかな。朝の分の豆がないみたいなんだ。」

「はい。もうお客さんも少ないですし。」


颯太が承諾すると、マスターはエプロンを外しシャツのまま出かけて行った。

朝のコーヒーがないなんてことは無い。

マスターが発注をミスるなんてことはない。

なかったのは、明日の朝ではなく

今日、颯太に振る舞うコーヒーだ。

気を遣わせてしまった。

でも朝のコーヒーと言われたら断る訳にも行かない。


お客も全て帰り、音楽を消した夜のカフェには静けさと寂しさだけが残った。

今呼び出したら来てくれるかな。

そんなことを考えながら、日記を開いてみる。

気づけば手帳には日記が詰められていた。

デートの約束だけだったのが、いつのまにかバイトのシフトや学校の予定を書き入れるのが癖になっていた。

しかし、メモ欄はスッカスカだ。

文字ではなく、中身が。

ほとんど澪のことしか書かれていない。


颯太はペンを取り、何も書かずに置いた。

もう一度消した音楽をつけてみるも、やっぱり消した。

そしてスマホを見る。

可愛らしい熊がこちらを見てOKを強調してくる。

その上に書かれた「大丈夫」の文字。

颯太はスマホに文字を書き、それを消して

日記に書き記した。

「ごめんね。」


カラン、コロン。

マスターが戻ってくる。

夜月のカフェテラスに、街の喧騒を手土産として。


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