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9話になったわ

 昼休み。


 今、目の前で静かにお弁当を広げている四季は――どうやら「春香さん」というらしい。


 柔らかい物腰に、ほんのりとした微笑み。おっとりとした空気をまとっているのが特徴的かな?

 確か、昨日の朝と帰りのHRで出会った筈。ちなみに昨日の手を握っていた件の誤解は解けていた。


 思えば、転校してからまだ2日目だというのに、僕はもう彼女の中にいる“別の誰か”と何度も出会っていた。


 ――昨日のお昼休みの後と今日の朝宿題を手伝ってくれたのは、勝ち気でスポーツが得意ならしい夏海さん。

 ――教科書の代わりにゲーム機を抱えてオロオロしていたのは、内気そうな冬乃さん。まだゲーム機は返してないけど……

 ――そして、校内案内の途中で僕を振り回して、秘密を打ち明けたいたずら好きの秋音さん。


 ……なぜ、こんなふうに僕が名前まで知っているのか?

 理由は単純、朝のHRの後、秋音さんに変わったらしく、勝手に「また、説明してあげるね!」と、笑いながら暴露してきた。


 だから今、おっとりとした彼女を前にしても――驚きよりも「あぁ、この人が春香さんなのか」と妙に納得してしまっている自分がいる。

 

 もし“多重人格”だと知らなかったら、ただ雰囲気がコロコロ変わる不思議ちゃんだと思ったかもしれない。けど、事実を知っている今となっては、そういう感想すら出てこない。


 厄介なのは――秋音さんが勝手に暴露したことを、他の本人たちはまだ知らないらしいってこと。

 試しにそれとなく秋音さんに確認してみたら、「え? まだ伝えてないの?」とケロッと返されて。

 

「ねぇ湊くんってさ、笛が“ピィッ”って鳴ってるのに靴ひも結び直してるタイプ?旗がパタパタしてても『あ、風だ』で終わるタイプ?ショートケーキのいちごを守ってたらクリームが先に日没しちゃう?……あぁ、そんな感じする〜」


 なんて謎の質問まで飛んできた。……相変わらずよくわからない。


「……じゃあ、彩葉はどんなタイプなんだ?」

 軽く返すと、秋音はにやりと笑って肩をすくめた。


「私? 私はね〜、笛を吹く係で〜、旗をパタパタさせて〜、ショートケーキのイチゴを食べる係かなー」


 ……全然わからない。




「天野くん?」


 はっとして顔を上げると、目の前には春香さんがいた。柔らかな笑みを浮かべて、少しだけ首をかしげている。


「なんかね……天野くんって、よくぼーっとしてる気がするの」


「あ、いや……たまたまだよ」


 慌てて笑ってごまかすと、春香さんも「ふふっ」と微笑んだ。


 他愛もない話を続けていると、不意に影が差した。


 顔を上げると、2人の男女が僕たちの机の前に立っていた。


 片方は眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の女の子。長い髪を後ろでひとつに束ねていて、いかにも真面目そうな感じがある。


 もう片方は背が高く、爽やかな笑顔を浮かべた男子。日焼けした肌に腕を組んだまま立っている姿は、いかにも体育会系っぽい。


 僕は困った顔で「えっと……」と悩んでいると、春香さんが箸を置いてにこやかに口を開いた。


「あら? 岸本さんに田島くん……どうかしたの?」


 岸本さんは少し微笑んで、「天野くんに用事があってね」と言いながら僕の方へ視線を向ける。

 

 まずは2人そろって自己紹介をしてくれた。


「私はこのクラスの委員長をしている岸本。よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 続いて、隣に立つ男子がにこっと笑う。

「俺は体育委員の田島。よろしく」


 そう言って手を差し出してきたので、僕も慌てて握手を返す。

「……あ、よろしく」


 ひと通り挨拶が済んだところで、僕は首をかしげながら切り出した。

「えっと……それで? 僕に用事っていうのは?」


 田島くんがにやっと笑って切り出す。


「天野、再来週に体育祭があるだろ?」


「……体育祭?え、いつ?」

 思わず間抜けな声が出てしまう。


 岸本さんは小さくため息をついて、眼鏡の奥の目を細めた。


「やっぱり知らなかったのね……。10月の最初の金曜日にあるのよ」


「あら、そういえば……」

 

 春香さんが箸を片付けながら、にこやかにこちらを見た。


「転校してきたばかりだと、行事予定まで頭が回らないわよね。無理もないわ」


「へ、へー……」

 曖昧に相槌を打ちながら、苦笑いを浮かべる。


「団体戦は一緒に出られるんだが、個人戦の方を決めなくちゃいけないんだ」


「個人戦……?」

 僕は首をかしげながらも、すぐに首を横に振った。

「いや、僕は今回は団体戦だけでいいよ。個人戦ってもう決まってるんだよね?無理に入れてもらっても困るし……」


「気にすんな。俺、1人で3つ個人戦に出る予定だったから、そのうち1つを譲るくらい、全然余裕だ」


「え、そんなに……?」

 思わず目を丸くすると、田島くんは当然のように胸を叩いた。


「それでな、200メートルリレーと2人3脚と、男女混合リレー。この3つに出る予定なんだけど……どれかやりたいのあるか?」


「……ぜんぶ走る系なんだ……」

 苦笑しながらつぶやくと、田島くんは豪快に笑った。


「俺はこれに部活動対抗リレーもあるからな。正直、どれかやってくれると助かるんだ」


 そのとき、春香さんがふわりと口を開いた。

「天野くん、走るのは速い方?」


「んー……平均ぐらいかな。正直、期待されるほどじゃないかも」


「じゃあ、2人3脚にすればいいんじゃない?」

 春香さんはおっとりと笑いながら、まるで当たり前のように提案する。


「……2人3脚?」


「ええ。団体リレーよりも個人差が出にくいし、協力が大事だから」


 田島くんは腕をほどいて頷いた。

「まぁ、四季がいいって言うならそれでいいぞ」


「それなら……ペアの人に確認しないといけないんじゃ……」


 僕がそう言うと、春香さんはふわりと微笑んだ。


「大丈夫よ。だって、ペアの人は――わたしだから」


「……えっ」


 思わず固まってしまう。


 春香さんは胸の前で両手をそっと重ね、こちらをまっすぐ見つめていた。

 桜色の瞳が柔らかく光を宿していて、その表情は冗談めかしたものでも、からかいでもない。

 本当に、心の底から嬉しそうに見えた。


「だから、安心して――。一緒に頑張りましょうね。……天野くん」


「じゃあ、決まりね」


 岸本さんは手帳を閉じてすっきりした顔で頷いた。


「私は先生に伝えてくるわ」


 そう言って、颯爽と踵を返す。


「いやー、サンキューな、天野!四季!」


 田島くんは豪快に手を振りながら後を追っていった。


◇◇◇


……ほんとに助かったわ 


 わたしはそっと息を吐き、胸の前で手を重ね直した。


 正直に言うと、これまで田島くんと練習するときは、うまく足並みが揃わなくて困っていたの。田島くんは速すぎて、私が引っ張られるみたいになってしまうから……。


 だから、こうして天野くんと組めることになって、本当に助かった。

 きっと、彼なら歩幅も合わせてくれる。私のペースを気にしてくれる人だって――昨日と今日で、なんとなくわかったから。


「あー……という訳で2二人3脚、よろしく」

 天野くんが軽く笑って言う。


「……」

 気づけば、私はぼんやりと天野くんの顔を見つめていた。


「……大丈夫?」

 不思議そうに問いかけられ、ハッとする。


「え?あぁ……大丈夫よ」


 慌てて取り繕うように笑うと、天野くんは肩をすくめて笑った。


「やっぱり、四季さんの方がよくぼーっとしてる気がする」


――おかしい。

 ほんの何気ない会話なのに。

 さっきと同じやり取りなのに……どうしてこんなに、顔が熱くなるのかしら?


 ほんのり熱を帯びた頬を誤魔化すように、手で顔のあたりをパタパタと扇いだ。


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