7話!
「――ってことは!」
秋音は急に手をパンッと叩き、身体をぐいっと伸ばす。
「そこまでわかってるなら、もう説明は必要ないねーっ! うん、完璧っ!」
テンションのギアが一段も二段も上がったまま、カバンの中をゴソゴソし始める。
「いや〜、よくここまで来たよね〜。今日一日で全部バレるとは思ってなかったし!」
そう言いながら、秋音はなにやら手探りで探して――
「はい、これっ!」
得意げな顔で、ポンと携帯ゲーム機を僕の手に渡してくる。
「ふゆのんがさー、今日のお弁当忘れたの、“私のせい”にしたんだよね〜? ひどくない?」
眉を寄せて怒ってる風なのに、どこか楽しそうに口を尖らせる。
「だからさ、ちょっと嫌がらせしてやろ〜と思ってさ!」
カバンを閉じながら、悪戯っぽく口角を上げる。
「ないって気づいた時にあわてふためいてムクれるふゆのんの姿が目に浮かぶ〜〜!」
「いや〜、君に相談してよかった〜。バレた甲斐あるね!」
満足げに笑う秋音を見ながら、僕は思わず口を開く。
「……ん? え、ちょっと待って」
ゲーム機を手にしたまま、ある疑問が浮かぶ。
「ちなみに聞くけど……なんで僕に“秘密”を明かしてくれたの?」
思わず漏れた疑問に、秋音はぴたりと動きを止めた。
ほんの一瞬、こちらをじっと見て――
「ふふっ」
ニーッと口を横に広げて、いたずらっぽく笑った。
「今、湊くんが考えてることで……合ってるよ?」
まるで答え合わせのように、あっさりとそう言うと、くるりと背を向けて、扉の前まで歩いていく。
「じゃあねー。」
片手を軽く振って、そのまま教室を出ていった。
――かと思いきや。
ひょこっ。
扉の隙間から、顔だけがぬっと戻ってくる。
「……あっ、そうそうそうそう」
指を一本立てて、悪戯がバレた子どものようにニコッと笑った。
「今日のこと、ぜ〜〜んぶ、みんなには秘密にしといてね〜? 絶対だよ〜?」
語尾を伸ばしながら、ウインクまで添えて、サッ!と音がしそうな勢いで再び扉の向こうに消えた。
僕は――完全に置いてけぼりだった。
「…………は?」
しばらく思考が追いつかず、ぽかんと立ち尽くす。
視線を落とすと、手元にはあのゲーム機。
「……え、じゃあ……まさか……」
「コレを渡して、困らせるためだけに――僕に“秘密”を明かしたってこと!?」
「なんじゃいそりゃぁぁぁ!!!」
僕の叫びだけが、むなしく響き渡った。
◇◇◇
廊下を出た私は、鼻歌まじりにフラフラと歩き始めた。
スキップしたかと思えば、急に一回転してみたり――廊下のラインを縫うようにジグザグとフラフラ揺れる。
「〜〜♪」
まっすぐ歩く気なんて、初めからないの〜。
心が浮かべば、足取りも浮かぶ。感情のままに体を揺らす。まるで自分だけのリズムに身を任せて踊っているよう。
ふと、ふわりとした甘い匂いがどこからか漂ってきた。
「……ん〜? いい匂い〜」
立ち止まり、首をかしげながら空気をすんすん嗅ぐ。給食室の方向からだろうか。もしくは誰かが部活で活力のために食べてる購買パンかお弁当か――
まあ、どっちでもいいかも?
そう呟くように微笑みながら足を止めて、制服のポケットからスマホを取り出した。
画面をスワイプして、とあるグループチャットを開く。
⸻
【四季 春香/夏海/秋音/冬乃(1)】
彩葉:15:22
冬乃ちゃん?天野くんの手を握ってたけど、何かあったの?説明して欲しいわ。
あと、すぐに嘘つく癖はやめた方がいいと思うの。
彩葉:15:27
私だよ!違うかも?なんの話だろ?嘘つく人って鼻が長いんだって!じゃあ、私たちみんな長いね〜!ふふっ!
彩葉:16:08
鼻先にパンダが落ちてきて、それを12時に避けたら鞄の中からメロンパンが飛び出してきたんだ〜。口に入れた瞬間、あっ、スイカ味!ってなったんだけど、粉砂糖をかけたらシロクマに変わったよ!
⸻
スマホ画面にメッセージを送ると、秋音はくすっと笑った。
「……ま、これでちょっとは反省するかな〜?」
そう呟いて、再び軽やかに歩き出した。
◇◇◇
暑い時期とはいえ、太陽は今日もぴっかぴかに空を照らしていて、まさに快晴。これだけ天気がいいと、外で思いっきり体を動かすのが一番最高なのに――
「なんでアタシは教室で宿題をやらなきゃいけないのよ……!」
机に突っ伏して、思わず頭を抱える。
まだ手をつけてなかったページだし、解き方もわからないし、教科書にはヒントすら見当たらないってどういうこと?
「ちょっとこれ、意味わかんないんだけど……!?」
ペンをくるくる回しながら問題とにらめっこする。その瞳は、夏の象徴みたいな――鮮やかな“オレンジ色”に染まっている。
「ん〜〜〜〜、わっかんないっ!」
机にかじりついていたアタシは、ついに音を上げると、勢いよく立ち上がり問題用紙を手に持ったまま、スタスタと歩き出す。
「じっとしてると、逆に集中できないのよね〜……」
プリントを片手に、教室の端から端へと行ったり来たり。
体育館のウォームアップかと思うくらい、軽いステップで動き回る。
「あ、わかった!!」
「これ、たぶんさっきの公式使えば――」
――ガラッ。
背後で、突然ドアが開いた。
「きゃっ!?」
思わず肩をすくめて、手元のプリントと体が小さく跳び上がる。その衝撃で、頭の中のひらめきもキレイさっぱり吹き飛んだ。
「あ、あぁ〜……さっきまで、わかってたのに……」
がっくりと肩を落とし、白紙に近い問題用紙を見つめる。さっきまでピカピカ光ってた脳内の電球は、どこかに転がって消えていた。
「ちょっと!? 誰よ!こんな時間に教室入ってくるなんて!」
いつもなら誰も来ない静かな朝の教室。しかも、まさかこのタイミングで邪魔されるなんて、想定外にもほどがある。
ムッとした顔で後ろを振り返ると――そこに立っていたのは、昨日の転校生。
「あ、おはよう、四季さん?」
その一言に、ぐっと奥歯を噛みしめる。
――うん、わかってる。
この転校生は何も悪くない。完全にタイミングが悪かっただけ。大きく深呼吸をする。
「お、おはよう……!」
怒りが顔に出ないようにグッと堪えながら、笑顔を引きつらせて挨拶を返す。ぎこちない笑みと、ピクピク動く眉と、バチバチとした目線。
「朝早くから来て、偉いわねぇ……」
ぎこちなく引き攣った笑顔を貼りつけたまま、じりじりとプリントを机に戻す。
「でもさ? 次からはもうちょ〜っと遅くてもいいわよ? ……ホント、マジで」
声にはしっかり怒りのスパイス。笑ってはいるけど、目はまったく笑っていない。
「あ、あはは……たまたまだよ。ちょっと職員室に用事があってさ……」
彼は気まずそうに頬をかく。
「職員室に? どうして朝早くに?」
アタシはポカンと目を丸くする。怒りの炎が一瞬しぼんで、素直な疑問が飛び出る。
「……反省文、渡しに行ってたんだ」
「反省文!?アンタ、昨日転校してきたんでしょ?真面目そうな顔して、意外とやらかしてるのね〜?」
彼は苦笑しながら、肩をすくめる。
「はは……まあ、ちょっと偶然が重なっただけ、っていうか……」
「……偶然、ね。ま、なんでもいいわ」
ふいっと視線をそらして席に戻り、気を取り直すように問題用紙に目を落とす。
よし、集中集中……
そう気合いを入れたものの――
「……うーん……んー……」
さっきから唸り声ばかりで、ペンはまったく進まない。考えれば考えるほど、文字が黒いシミに見えてくる。
そこへ――
「……もしよかったら、教えようか?」
優しげな声が隣から届いた。顔を上げると、彼が小さく笑ってこちらを見ていた。
「ずっと唸り声が聞こえるし、頭も抱えてるし、何より昨日教科書貸してくれたお礼も兼ねて」
「ほ、ほんとに!?すっごい助かる!」
アタシは一気に顔を明るくして、問題用紙をぐいっと彼に近づける。
「ここなんだけどさー、教科書にも解き方が載ってなくて……どうやって解くの?」
「ああ、ここはね……」
彼は丁寧に手順を教えてくれる。




