21話ですね〜
コンコン、とノックの音が部屋に響いた。
……あれ? 誰だろう?お父さん? それともお母さん? もう……後少しで絵の完成だったのに。
手にしていたタッチペンをそっと置いて、立ち上がる。
ドアを開けると――
「あれ? 映姫ちゃん……もう帰ってきたの?」
1つ下の妹、映姫ちゃん。黒髪で左に偏ったルーズサイドテールは涼やかな顔立ちによく似合っている。
あれ?今日は帰りが遅いって言ってたはずだけど?
「冬ねえ……良かった。お母さんから“落ち込んでるかも”って聞いたから、急いで帰ってきたの」
「怪我は? どこかひねったりしてない?」
映姫ちゃんは私の体をペタペタと触りながら、心配そうにしている――と思ったけど、顔は相変わらず無表情。
映姫ちゃんってお父さん似で、表情がほとんど動かないんだよね。
「私はお母さん似でもあるよ?」
「え……? い、今、私、口に出してた?」
「ううん。目を見てたらなんとなくわかるよ」
そう言って、ほんの少しだけ口角を上げる。
……あ、そうだ。映姫ちゃんは無表情だけど、ふっと微笑む時があって――それがまた、すごく可愛いんだよね。
そういえば、お母さんも言ってたっけ。「目を見たら、考えてることがなんとなくわかる」って。
で、その流れで必ずドヤ顔で続けるんだよね。
「だからマイダーリンもゲットできたの〜」
うっ……思い出しただけで胃もたれしてくる……。
「マイラブリー?今の彩葉ちゃんは、だれかしら?」
映姫ちゃんの後ろから、ひょっこりとお母さんが顔をのぞかせる。
「今はマイスイートなのね!冬乃ちゃん!」
そう言って、ぎゅっと抱きしめてくる。
あぁ……今日は体育祭でいっぱい汗かいたから本当はやめてほしいけど、拒否するとお母さんすごく落ち込むんだよなぁ……秋音ちゃん、帰ったらシャワー浴びといてよね……
「ありがとう、お母さん。今日はちょっとだけ落ち込んだけど……皆のお陰で良くなったよ」
「そうなのね〜。じゃあ、ご飯食べに行きましょう。みんなの大好きなお店に行くわよ〜!」
「冬ねえ、今日はお疲れ様。出かける準備するなら手伝うけど?」
「う、ううん。大丈夫だよ……」
……私今日、お昼ご飯食べて、二人三脚の練習して、天野くんをこかせただけなんだけど。
◇◇◇
――チリリーン。
うーん……もぞもぞと布団から手を伸ばし、アラームを止める。
なんだか最近、朝のわたしの出番が多い気がするわね。……気のせい?
ゆっくりと身体を起こす。桜色の瞳は眠たげに細められ、頭はまだふわふわと夢の中にいるみたい。
虚ろな中、手探りでスマホを開くと――画面には今日の日付。
……もう、体育祭から2日が過ぎてる。
「あら? もうそんな日なのね」
ぽつりと呟いて、少し首をかしげる。
「体育祭、みんな楽しめたかしら? 夏海ちゃんはちゃんとアンカー走れたの? それに……二人三脚のペアは誰が担当したのかしら?」
心配するような、でもどこかのんびりとした声色でひとりごとを重ねる。
「んー……今日はお休みだけど、何をしましょうか? 学校に行って、再来週の中間考査の勉強でもいいかも……」
意識がはっきりとしてきたのできょろきょろと部屋を見渡す。衣服は脱ぎっぱなし、物は出しっぱなし。食べかけのお菓子の袋と、丸められた包み紙が散乱している。
「……わたし、この前お掃除したばっかりよね?」
のんびりした声が部屋にぽつんと落ちる。
わたしたちの部屋は4人の人格が不自由しないようにと、とても広い。プライバシーも考慮してくれて動くパーテーションで仕切れるようになっている。……けど、最近は誰も使ってないのよね。
昔は1人1部屋あったけれど――冬乃ちゃんが「寂しい」って言ったから、今の形になった。
フフッ……あの子らしいわね。
「とりあえず、部屋着に着替えましょう」
クローゼットを開ける。
「……ないわね。お母さんが違うところに入れたのかしら?」
普段ならここにあるはずなのに、今日は見当たらない。
「あ、もしかして」
脱ぎっぱなしの洋服の山を崩すと、中から自分の部屋着が顔を出した。
「……というより、よく見ると上の山は冬乃ちゃんや秋音ちゃんの洋服で、中は殆どわたしのじゃない!」
思わず頬を膨らませる。
「あぁ……お外に行く服も全部しわくちゃになってる……」
はぁ……、とため息をつきながらも気持ちを切り替える。
「とりあえず、全部きれいにしていきましょう」
手際よく山を片付けていく。
これは秋音ちゃんの洋服かしら?こっちは冬乃ちゃんに合ってる気がするわ。
大体の勘でまとめて、軽く畳んで置いてあげる。
机の上やベッド横に転がっていた袋や包み紙も拾い集めて、ゴミ袋に分別していく。
「……ちょっと待って」
袋を見つめて固まる。
「これ、全部わたしが食べたことになるよね……?」
チョコレート、ジュース、キャンディ、それにポテチの袋まで。
指で数を数えていくうちに、背筋がじんわり冷える。
「これだけで、ぜったい1000カロリーは超えてるわ……」
小さな悲鳴のような声が、部屋に落ちた。
もしかしたらご飯を抜いてる可能性もあるし……夏海ちゃんが運動してプラマイゼロ。うん、そうね。そうよ。
「念のため、今日は軽めにしておきましょう」
◇◇◇
掃除も朝食も済ませた。ここからはわたしの時間ね。
居なかった分のチャットを読み返す。
冬乃ちゃんの大量のメッセージと、秋音ちゃんのポエムが並んでいる。
「ふふっ……冬乃ちゃん、いつもはネガティブなことばかり書いてたけど、最近は明るいことも書くようになったのね」
スクロールしていくと、目に入るたびに声が漏れる。
「秋音ちゃんは……やっぱりよく分からないけど、楽しそうね」
体育祭のログを追っていくと――びっくりする内容が目に入った。
「あらまぁ……天野くんに秘密を説明しちゃったのね」
秋音ちゃんのことだから、きっと何か意味があってのことだろう。けれど……天野くんの負担になっていないか、少し心配になる。
「折角だし……今日は天野くんと勉強でもしようかしら。聞きたいこともあるし……中間考査のことも、知っているのか心配だわ」




