15話です……
お昼休み。私はいつも通り教室でお弁当を広げて、黙々と1人で食べながら、片手ではスマホを操作してデイリーを消化していく。
最近は毎日こうして出てこれるから、デイリー消化も滞らなくて助かるー。
……夏休みなんか、1週間丸ごと交代できなくてイベント走れなくて、本当に困ったなぁ。
そういえば……天野くんってソシャゲとかやるのかな?
もしやってるなら、今度おすすめ教えてみようかな……いや、でも引かれるかな……?
小さくため息をついて、またお弁当を口に運ぶ。
「ふぅ〜……」
長いため息をつきながら、天野くんが教室に入ってきた。
「あれ?天野くん、どうしたの?」
「あぁ……四季さん、おつかれ。さっき大縄跳びでやらかしてさ。みんなから、たっぷり絞られたよ……」
「そうなの?大変だったね」
そう返しながら、私はお弁当の箸を動かす。
……そっかー。私じゃなかったから分からないけど、大縄って確かに大変そうなイメージあるし……うん、私じゃなくてよかった〜
心のなかでホッと胸を撫で下ろす。もちろん、それは顔にも声にも出さない。
当たり前のように隣の席に腰を下ろして、天野くんもお弁当を広げる。
……聞くなら今!ソシャゲってやってるの?って一言言うだけ……。私、おすすめのゲームあるんだから……一緒にやろうって誘えば、それで完璧なはず。いえ、言うの! 頑張れ、私!
「四季さん?ずっと見てるけど……何かあった?」
肩越しに覗き込んでくる天野くんに、私は思わず首をぶんぶん横に振った。
「な、なんでもないよ……あ、お弁当、美味しそうだね!」
慌てて取り繕うように笑ってみせる。
ちがうよ……そうじゃない。私はただ、一緒にゲームしたいだけなのに……気づいて……!
心の中で念を送ってみるけれど、当然、届くはずもなかった。
「ありがとう。……四季さんのお弁当も、美味しそうだね」
天野くんがにっこり笑いながらそう言う。
「そ、そう? ありがとう……」
……お弁当を作ってくれたのは春香ちゃんなの誰が食べても美味しいように、私たちそれぞれの好きなものを少しずつ入れて、栄養のバランスも考えて……ほんと、すごいんだよ?美味しいに決まってるんだよ……!
心のなかで早口にまくしたてながら、私は黙々とお弁当を口に運ぶ。
「そうだ」
ふと天野くんが顔を上げた。
「お昼食べ終わった後、時間があるときに……二人三脚の練習してみない?」
「う、うん……いいよ」
頷く声が少し上ずってしまった。
……時間まではまだあるし、本番の前にきっと誰かに変わっちゃうはず。……別に、いいよね?
◇◇◇
やばい……やばい……なんで?なんでこういう時に限って変わらないの?結局、練習も私がしたし……おかげで体もあったまっていい感じにいけそう……
いや、そうじゃなくて!私って本番に弱いタイプだから!あぁ……ゲームなら勝てるのに……
誰か……みんな?まだ間に合うよー……?
内心で必死に呼びかけながらも、虚しく響く心の声。
足の紐を結び終えた天野くんが、すっと立ち上がる。
「大丈夫?だいぶ緊張してるけど?」
「……だめかも。1v3の最終安置より緊張してる……」
「あー、あれすごかったね。……え、あれ以上に?」
天野くんが、素で驚いたように目を丸くする
「だって……あれはいけるってわかってたし、何よりゲームだったから……」
「でも、大丈夫!さっき練習した時はいい感じだったよ。声出して、ゆっくり行こう!」
天野くんが急いで肩に手を回す。
よーい……パンッ!
ピストルの音が響き、観客席からどっと声援が上がる。
「せーの!」
天野くんが声を出し、ワンテンポ置いて「1!」と叫んだ。
え?最初ってどっちの足だっけ!?結んでるほう??逆??そもそも1って何の合図だっけ……!?
頭が真っ白になったまま、私は結んでいない外側の足を出す。
けれど天野くんは、しっかり結んでいる内側の足を出していて――
「うわっ!」
見事に天野くんだけがバランスを崩して転んだ。
「ご、ごめんなさい……」
アイスブルーの瞳にじわりと涙が滲む。胸の奥に重い塊が沈んで、自己嫌悪が一気に押し寄せてくる。
あぁ……どうして私は、いつもこうやってうまくいかないんだろう……
視界がじわじわと狭まり、音も遠のいていく。意識が薄れて――
――バチッ。
胸の奥で、何かのスイッチが切り替わった。
「ありゃま。まさか本当にコケるとはねー」
「私って、占いの才能あるのかも?」
湊はすぐに立ち上がり、肩に手を回して。
「ごめん、四季さん。少し急かしすぎたね……もう一度いこう」
「あいよー」
軽く笑って、その手を自分の腰へと移動させる。私も湊の腰へ手を添え、ぐっと近づいた。
びっくりした顔をする湊。でも、だいたい察してくれたのかすぐに前を向く。
「「せーのっ!」」
掛け声が、さっきよりも早く、強く響く。
それに合わせて二人の足が軽快にタイミングよく地面を蹴る。
最初のミスを帳消しにするかのように、二人の足取りはどんどんスピードに乗っていく。
直線ゾーンを駆け抜け、赤いコーンの外をぐるりと回り込む。そして再び直線ゾーンに入った瞬間――
「かそく〜、かそく〜!」
楽しそうに声を弾ませる。頑張って掛け声を出している湊の背中を、腕でぐっと押しながら掴んでいる腰をさらに近づけた。
さっきよりもペースが速くなる。掛け声も、足のリズムも、目に見えて上がっていく。
――けれど、不思議なほどタイミングはぴたりと合っている。
難なく最後の直線を駆け抜け、そのままゴールラインを越えた。
「……っ、はぁ……」
湊が大きく息を吐く横で、秋音はけろっとした顔で笑った。
「二位か〜。まあ、いい感じかな〜?」
そう言いながら肩をすくめる。その表情は、まるで遊びの延長みたいに明るい。
湊はしゃがみ込んで紐を解き、立ち上がりながら声をかける。
「彩葉さん、僕らは終わったから……あっちに行って競技が終わるまで待機だよ」
「はいはい〜」
秋音はニコニコしながら後ろ手にひらひら振り、からかうように続ける。
「湊くんもだいぶ私たちに慣れてきたね〜?」
「そんなことないよ。今もすごいびっくりしてる」
湊が苦笑いしてしゃがむと、秋音も同じ高さに合わせて隣に腰を下ろした。
「そっか〜……」
紅葉色の瞳を細め、秋音はふっと笑う。
「ま、楽しめるといいね」
湊は少し声を落として話しかけてくる。
「彩葉さん……冬乃さんに、“僕のことは気にしなくていいよ”って伝えてくれない?多分、結構気にしてると思うから」
秋音は頬に指をあてて、ひょいと肩を揺らす。
「そうだね〜。たぶん、かなり気が滅入ってると思うよ?だから私が出てきたんだろうしね〜」
「……あ、やっぱり?」
「んー。でもね、そういうことは冬乃ちゃん本人に言ってあげた方がいいかも」
紅葉色の瞳を少し細めて、私は小さく笑う。
「それとなくは伝えられるけど、ちゃんとは伝えられないからさ」
「そっか……じゃあ、会えたら僕からも伝えるよ」
「そうしてあげて〜」
ぱたぱたと手を振ったあと、私は声を弾ませた。
「それにしても盛大に転けたね〜!」
「はは……まさかほんとに本番で僕だけ転けるとは思わなかったよ」