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12/21

12話ね!

 放課後の空は、まだ夏の名残を抱えながらも少しずつ色を変えていき、西の空には橙が広がっていく。


 土の匂いと、練習に励む生徒たちの声が入り混じり――昼間とは違う活気に包まれていた。


 体育委員の田島くんが声を張り上げ、混合リレーのメンバーをまとめている。集まったのは男女合わせて4人。その中に田島くんと、そして四季――今も夏海さんなのかな?


 そういえば、ルールでは4人で200メートルずつ走り、アンカーだけはさらに200メートルを追加で走るんだったか。責任重大な役割を任された彼女の背中を見ていると、自然と胸が高鳴った。


 僕はグラウンドの外周にあるベンチへ腰を下ろし、リレーの練習風景をじっと見つめることにした。


 どうやら、まずは全員で通しの練習をするらしい。


 うちのクラスの走順は――1走が女子、2・3走が男子、田島くん、そしてアンカーが夏海さん。

 こうして改めて見ると、全体のバランスも悪くないのかな。特に最後を任された夏海さんは、実力も気迫も十分に感じられる。


 田島くんの合図と同時に、1走の女子がスタートを切る。


 競争相手がいないためタイム感は分からないけれど、それでもかなり速く見えた。

 バトンはスムーズに繋がっていき、2走、3走と順調に進んでいく。


 そして、最後。

 バトンを受け取った夏海さんが、ぐんと地面を蹴って一気に加速した。


「……はっや」


 思わず、声にならないほどの驚きが口を突いて出た。


 本気で走っているのが伝わってくる。


 コーナーでは少し走りづらそうだったけど――それを抜けた直線に入った瞬間、彼女のスピードはさらに上がった。


 彼女は楽しそうに、まるで風と競い合うように嬉しそうに走るその姿。


 ただ速いだけじゃない。競技そのものを全身で味わっているような、生き生きとした表情に僕は思わず目を奪われた。


 最後の直線でも、彼女はまったくスピードを緩めない。

 むしろギアを一段上げるように、さらに加速してゴールへと駆け抜ける。

 その勢いのまま、ラインを踏み越えた瞬間


――僕は思わず、ひとりで拍手していた。


 パチン、パチン、と乾いた音がグラウンドの隅に響く。

 ふと気づくと、4人の走者たちがこちらを振り返って手を振っていた。

 真ん中で、夏海さんが嬉しそうに胸を張っている。


 僕も思わず笑って、軽く手を振り返した。


「天野ーっ!こっち来なさーい!」


 グラウンドに僕を呼ぶ声が響く。


 叫んだのは夏海さんだ。両手を大きく振りながら、こちらに来いと全力でアピールしている。


 僕は立ち上がり、ベンチを離れて、ゆっくりと彼女たちのもとへ歩き出した。


「お疲れ様。……うん、めっちゃ速かった」

 僕が素直にそう言うと、メンバーの顔がぱっと明るくなった。


「だろ?最初の頃と比べたら、全然違ったよな」

 田島くんが胸を張る。


「スタートもバトンも、流れがすごく自然になってきたな」

「タイムも確実に上がってるかもね、あれは」

「まぁでも、まだスタート合わせるのはちょっとムズいかもな〜」


 みんなそれぞれ感想を口にしながら、手応えを感じてるみたいだった。


「うんうん……で、アタシのは?アタシの走りはどうだったの?」


 夏海さん――四季が、腕を組んでにじり寄ってくる。目線はこっちだけじゃなく、全員をぐるりと見回していた。


 どうやら、僕だけじゃなくて、みんなの声も求めてるらしい。もしかして、僕を呼んだのもこのために?


「いやー、最後の直線すごかったなあれ、完全にエースの走りだったわ」

「しかもめっちゃ楽しそうだったよね、走ってるとき」

「うん、普通にかっこよかった」

「びっくりするぐらい速かったかな」


 素直な言葉が次々飛んできて、彼女はちょっと驚いたように目を瞬かせた。


 ……でも、すぐに鼻を鳴らしてふんっと笑う。


「ふふっ……ほらね?分かる人には分かるのよ、アタシの凄さが」

 誇らしげに腕を組み直して、堂々と頷く。


 その顔は、いつもの自信満々な感じなんだけど――なんだろ。

 めちゃくちゃ嬉しそうにも見える。


◇◇◇


 リレー練習が終わる頃には、空もずいぶんと赤くなっていた。

 他のグループが次々に引き上げていく中、グラウンドの賑やかさは少しずつ静けさに変わっていく。


 ふと横を見れば、夏海さんが紐を手に取って歩いてきていた。


「さてと……次はこっちの番ね」

 やる気に満ちた瞳でこっちを見上げると、躊躇なく片足を差し出してくる。


結べってことか?


「えっと……じゃあ、結ぶね」

 僕は紐を受け取ってしゃがみこみ、足をしっかりと結んでいく。


 どこかで見たような光景だな……と思ったけど、そうか、冬乃さんのときか。

 状況も相手も同じなはずなのに、空気の重さが全然違う。


「……いい? 天野」


 ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、夏海さんは腕を組み、不敵な笑みを浮かべていた。


「アタシが転けそうになったら、あんたが下になるのよ? アタシを庇いなさい」


「……え、ちょっと待って。それ本気?」


「なに? 女の子に怪我させて平気なの?」

 夏海さんはじりっと顔を近づけてくる。


「アタシみたいに可愛い子を守れるだけでも名誉なことでしょ?」


「えっと……どこまでが冗談?」


「全部本気よ!」


――無茶苦茶言ってる。けど、まぁ……確かに、怪我させたりでもしたらクラス全体に迷惑がかかる気がするし……


それに夏海さん以外の人格に対しても、罪悪感が出るよなぁ……


誰が出てきても同じ身体なのは事実で誰か一人に怪我をさせたら、他の子たちにも影響があるんだって、頭ではわかってる。


 そう思うと、僕は自然と表情を引き締めて頷いていた。


「……わかった。絶対に転ばせないようにするよ」


 そう口にした僕の顔が、思っていた以上に真剣だったのかもしれない。


 夏海さんは一瞬だけ目を見開いて――驚いたように、ほんの少しだけ表情を崩した。


「……っ」


 けれど、それをすぐに誤魔化すように、ふいっと視線を逸らして、声を張る。


「な、なに真顔になってんのよ! ……さっさとやるわよ、練習!」


 そんなやり取りのあと、僕たちは息を合わせて練習を始めた。

 最初はゆっくりと歩くところから。歩幅を確かめるように何度か往復して――


 だんだんと、タイミングが合ってきた。

 足並みが揃いはじめたころ、夏海さんが小さく息を吐いて言った。


「……悪くないわね。アタシと組んでここまで動けるなら合格よ」


「……こっちは、ついていくだけで必死なんだけど」


「そりゃそうでしょ?アタシのレベルに合わせるの、大変なんだから」


 肩で息をしながらも、夏海さんはどこか得意げな笑みを浮かべている。

 でも、その目はちゃんと僕の動きを見ていて、合わせようとしてくれているのがわかる。


 ――さっきまであんなに強気だったのに。

 こうしてちゃんと協力してくれてるところ、ちょっと意外かもしれない。


「じゃあ、次は軽く小走りで行きましょう」


「時間ももう少なくなってきたわけだし、慣れるに越したことはないでしょ?」


 言いながらもどこか張りつめた空気が伝わってくる。


 僕は「うん」と頷いて、ふたりで息を合わせる。


「せーの……っ!」


 最初の一歩、二歩、三歩――

 今まででいちばんスムーズに走り出せた。スピードも徐々に上がって、足の運びも軽くなる。


 けれど――ほんの一瞬、リズムがずれた。


「……わっ!」


 次の瞬間、視界がぐるりと傾いた。

 バランスを崩し、そのまま地面が迫ってくる。


 咄嗟に、僕は夏海さんの肩を引き寄せながら、体をねじった。


ドサッと鈍い音がして、背中に土の感触が走る。

 痛みはあったけど、それ以上に気になるのは――


「ちょ、ちょっと……! 天野、大丈夫!?どこか打ってない!?」


 すぐ顔の上から覗き込んでくる夏海さんの声。

 目が合った瞬間、いつもの強気な感じじゃなくて、明らかに焦った顔をしていた。


「あ、うん。全然平気。……そっちは怪我ない?」


 僕がそう言うと、夏海さんは目を見開いて、一瞬だけ固まった。


「――ばかっ!」


 唐突に、強い声で叱るように言われた。


「あんたが怪我してそうじゃない!なによそれ、平気な顔して……!」


 怒ったような顔のまま、彼女は僕の体をぐいっと起こしてくる。

 そして遠慮もなく、肩や腕、背中に手を這わせながら――


「痛いところは!? 打ち身ぐらいにはなってそう!?擦り傷とか大丈夫なの!?……ちゃんと確認させなさいっての!」


 必死になって僕の体をチェックしてくる夏海さん。

 その手はちょっと乱暴だけど――どこか、すごく心配してるのが伝わってくる。


「……ほんとに平気だって。ほら、動かせるし」


 僕が苦笑しながらそう言うと、夏海さんはじっと僕の顔を見つめてから、小さくホッとため息をついた。


……実際のところは、痛い。めっちゃ痛い。背中も肩も肘も地味に痛い。動かすたびにズキズキするし、打ったところは明日には確実に痣になってそうだ。


でも、ここで顔に出したらきっともっと大騒ぎされるし――


なにより、あれだけ心配してくれた夏海さんの前で「やっぱ痛い」なんて言えない。


 だから、僕はできるだけ何でもないように振る舞った。


 ……たぶん、こういうのを見栄って言うんだろうな。

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