11話なんだから!
教室に戻った瞬間、ふっと意識が浮いて――気づけば、アタシは自分の席の近くにに立っていた。
……ん?今はアタシか
ぐるりと周りを見渡すと、クラスのほとんどが体操服に着替えていた。
え、もしかして……これから体育!?うっそ、ベストタイミングじゃない!
胸の奥がドキドキして、口元が自然とにやける。
「四季さん?連絡先交換、どっちにする? 無難にデスコ?それともllne?」
天野がスマホを手に、少し照れくさそうに声をかけてきた。
アタシは勢いよく振り返って、彼にビシッと指を突きつける。
「天野?そんなことより早く、グラウンド行くわよ!連絡先交換なんて、あとあと!」
唖然とする天野の顔に、アタシは思わずニッと笑ってみせた。
そのまま天野背中をぐいぐい押して、教室を出ようとする。
「ちょ、ちょっと、四季!? 落ち着けって……!」
慌てた声を出す天野を押しながら、アタシは胸を張って答えた。
「落ち着いてるわよ!だって今が一番燃える時間でしょ?体育だもの!」
振り返った天野の困り顔に、アタシはさらに押す手に力を込める。
けれど、天野がそっと小声で言った。
「……今ちょうど終わったところだよ」
思わずぴたりと足が止まる。時計を見ると、ちょうど6限が終わって、これからHRが始まる時間だった。
「――う、そ、でしょ……?」
アタシは唖然としたまま天野の肩をがしっと掴む。
「冗談って言いなさい!今すぐ!」
「ほんとだって……さっき二人三脚の練習したところで……」
揺らされながら答える天野。
「……あ、あと、その……僕がペアになったから」
「――はぁぁ!?!?」
アタシは勢いよく声を上げる。
「ちょっと! どういうことか説明しなさいよ!」
両肩を更にがしっと掴んで、大きく揺らす。
「分かってるけど!分かってるけど……!アタシに改めて説明しなさいって言ってるの!」
さらに揺らして詰め寄る。
天野は肩を揺らされながらも、昼休みに起こったことを必死に説明してくれる。
「――っていうわけで、ペアが決まったんだよ」
「……あ、あぁ〜……そ、そんなこと……あったわね〜」
アタシは目を逸らして、白々しく相槌を打つ。
……大体わかったわ。二人三脚を提案したのは、春香か冬乃あたりかしら。秋音は波はあるけど、そういう細かいとこは気にしないタイプだし。
てか、秋音って真面目に授業とか練習とかしてるイメージないのよね。チャットではよくわからないことばっかり打ってるから、不思議ちゃんかと思ってたけど……パパやママからは“明るくて雲のように柔らかい笑顔の可愛い子”って言われてたけど……本当かしら?
「納得してくれたかな? 四季?」
天野が目を回しながら弱々しく尋ねてくる。
「えぇ、覚えてたわよ?もちろん。でも……改めて思い出しただけよ?」
アタシはそう言ってふんっと顔を逸らす。
一度、席に戻ってカバンの中にあるスマホを取り出すとグループチャットを開く。
⸻
【四季 春香/夏海/秋音/冬乃(1)】
彩葉:6:07
ちょっと!今日提出の宿題誰もやってないじゃない!
彩葉:8:41
私じゃないもーん。隠してたわけじゃないよ?ないと思ったらないんだもん!
彩葉:11:41
せめてメモに残してくれると嬉しいわ。
秋音ちゃんも変わった時にチャットを残すようになってくれたから次は連絡も伝えれるよう頑張りましょ?
彩葉:13:14
天野くん体育祭の個人競技に出れるようになったから二人三脚のペアになってもらったわ。
天野くんっていうのは昨日こっちに転校してきた席が隣の男の子よ。みんなも仲良くしてあげてね
彩葉:14:21
私のゲームカバンに入ってないけど誰か家に置いてきたの?あと、ちょっとで終わりだから弄らないでね。
彩葉:14:21
6限体育なのになんで夏海じゃないの?てか、二人三脚ってダメだと思う、、男女があれほど密着していいわけ?恥ずかしすぎ、、
彩葉:14:21
ペアの人足早くて、大変だったからすごい助かる、、あれは夏海以外無理。
彩葉:15:23
最初はぎこちなかったけど少しずつ慣れてきた。ペースも合わせてくれたし、足並みも揃えてくれて助かったかな、、
⸻
へぇ……春香だったのね
画面を見ながら、アタシは心の中で小さく呟いた。
昨日からそうだけど……アタシたちにここまで接してくるなんて、ほんと珍しいわ。……天野は、気にしてないのかしら? まあ……どうせ最初だけだろうけど
チラリと天野の方を見る。
視線に気づいたのか、彼は首を傾げて「……なにかあった?」と尋ねてきた。
「……なんでもないわ」
⸻
彩葉:15:27
アタシだって体育出たかったわよ!終わった後に変わるなんて悲しすぎでしょ、、
放課後の練習は、絶対アタシがやるんだから!
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そう打ち込んで送信すると、アタシはスマホの電源を消して、カバンにしまい込んだ。
天野が、何かを思い出したように口を開く。
「……あ、そうだ。四季さん――じゃなくて、四季」
言い直すその仕草に、アタシは思わず口元が緩む。
「今日の放課後、居残りで練習するらしくてさ。よかったら二人三脚の練習もやらない?」
待ってましたとばかりにアタシは即答する。
「もちろんいいわよ!」
けれどすぐに思い出して人差し指を立てる。
「あ、でも……男女混合リレーの練習が先にあるかもしれないから、そのときはちょっと待っててもらうことになるわ」
天野は肩をすくめて笑った。
「あぁ、そのくらい問題ないよ。一番盛り上がる競技だろうし、見てるだけでも楽しそうだしね」
アタシはちょっとだけ唇を噛んで、迷った末に口を開く。
「……変なこと聞くかもしれないけど。体育のときのアタシ、どんな感じだった?どの辺まで進んだわけ?」
「んー……最初は歩くくらいゆっくりだったけど、慣れてきたら小走り程度ならできるようになったよ。すごくやりやすかったかな」
アタシは拳を握って、ぐっと身を乗り出した。
「じゃあ、次は走れるぐらいまで頑張るわよ!」
天野も口元を緩めて頷く。
「そうだね。せっかくだし、一緒に頑張ろう」
その瞬間、チャイムが鳴り響き、教室の空気が一気に切り替わる。
「うーい、HRはじめっぞー」
担任が教室に入ってきて、ざわめいていた声が少しずつ静まっていった。