10話ですか…?
グラウンドに出ると、周りはそれぞれの練習で散らばっていた。
リレーのチームはバトンの受け渡しを確認しているし、団体戦に出る人たちは固まって声を張り上げている。
僕はというと――隣でガッチガチに固まっている四季さんが気になって仕方なかった。
「……あの、四季さん? 大丈夫?」
声をかけると、彼女はびくりと肩を揺らす。
「も、もちろん大丈夫です……。ただちょっと、き、緊張してるだけですよ?」
笑ってはいるけれど、どこか不安げで、お昼休みの落ち着いた雰囲気とは違って見えた。
――昨日の六限、休み時間にゲームしてた子。あのときの感じと似てる。たぶん、この人が冬乃さんなんだろう
目線は僕の顔をまともに見れず、足元や砂をいじるように視線が泳いでいて、両手もそわそわと組んだり解いたり、落ち着かない。
「そ、そう……じゃあ足に紐を結ぶけど、きつかったら言ってね」
僕はしゃがみこんで彼女の足元に手を伸ばす。近づいた距離に、自分の心臓が変に意識して早まる。
けれど――それ以上に隣の彼女が緊張しているのがわかるから、不思議と自分の方は落ち着いてくる。
「よし……これでいいかな」
立ち上がり、軽く結び目を確かめる。
「じゃあ、四季さん。始めよう。……僕に変わってやりづらいかもしれないけど、精一杯頑張るよ」
しばらく練習してみると、お互いが慣れ始めたのか、だいぶいい感じにリズムが合うようになってきた。
最初のぎこちなさは薄れて、歩幅も自然と揃ってくる。
「……よし。少し休憩しようか」
僕がそう提案すると、冬乃さんも小さく息を吐いて頷いた。
「そ、そうですね……。だいぶ、いい感じになってきたと……思います」
僕たちはグラウンド脇の日陰に移動して足首の紐を解こうと手を伸ばすと――
「あ、あのっ……!」
冬乃さんが慌てたように声を上げる。
「け、けっこう……いい感じに合ってきてますし……。その、わざわざ解かなくても……いいんじゃ、ないかなって……」
よく分からないけど――そこまで言うのなら、何かしら理由があるのかもしれない。
「……わかった。じゃあ、このままにしておくね」
僕がそう返すと、冬乃さんはほっとしたように小さく頷いた。
足が紐で繋がっているので、彼女を先に座らせてから僕も腰を下ろす。
途端に、肩や腕がすぐ横にあるのを意識してしまう。ただ隣に座っているだけなのに、距離が近い。
紐一本のせいで、普段以上に“逃げられない”感覚があった。
冬乃さんも同じなのか、視線を下げたまま小さく膝の上で手をもぞもぞ動かしている。
しばらく、重たい沈黙が流れた。
風がグラウンドの砂をさらりと撫でていく音だけが耳に残る。
僕は空気を変えたくて、口を開いた。
「あー、そういえば……この前今度一緒にゲームやろうって話してたよね。……体育が終わったら、連絡先交換しない?」
「えっ……!」
冬乃さんは目をまんまるに見開いて、信じられないものを見たような顔をした。
「……い、いいんですか?」
声は震えているのに、アイスブルーの瞳はぱっと輝きを帯びる。
「うん。僕も今までソロでずっとやってたし……フレンドと一緒にやるの、結構楽しみというか……なんというか……」
そう言って、気恥ずかしさをごまかすように頬をかきながら笑った。
「やった! やった!」
冬乃さんは突然、ぱっと立ち上がって両手を上げた。
「とっ、危ないよ、四季さん!」
慌てて僕は彼女の手を掴んで止める。
「ほら、僕らまだ足結んだままなんだから……!」
「そ、そうだけど……! でも、やっぱり嬉しくて!」
冬乃さんは振り返りながら、アイスブルーの瞳をきらきらと輝かせている。
「わ、私……自慢じゃないけど、すごく上手いの!多分だけど!だから……ずっと誰かに見せたいって、思ってて……!」
その勢いに、思わず僕は苦笑した。
「そ、そうなんだ……。自慢したい気持ちは、すごくわかるけどね」
「天野くんは、家庭用ゲーム?それともPC?」
冬乃さんが身を乗り出してきて、目を輝かせる。
「私はね、最近PCを買ってもらったの! 前までは家庭用ゲームばっかりだったんだけど……変えてからすごい便利で!」
言葉に弾みがついて、止まらない。
「イラスト描く時もすごく使いやすいし、動画の編集とかもやってて!ゲームももちろんできるし……もう最高でね!」
僕はその勢いに少し圧倒されながらも、苦笑いで返す。
「あはは……僕もPCだよ。四季さんって多趣味だね。色々手を出してて羨ましいよ」
冬乃さんは照れたように笑い、でもすぐまた「ね、ね!」と続きを話し出す。
……こうやって突然突発的に立ち上がったり、無我夢中で沢山話すところは、秋音さんにちょっと似てるのかもしれないな
――秋音さんと違って、冬乃さんの話はちゃんと内容がわかるし、僕の趣味にも近い。
……うん。こういうのは、気が合うっていうのかもしれないな
「じゃあ……そろそろ練習、再開しようか」
僕がそう切り出すと、冬乃さんは一瞬だけ口を尖らせる。名残惜しそうに視線を落とすけど、すぐに小さく笑ってうなずいた。
「……そうですよね。これ以上は、先生に怒られちゃうかもしれないですし」
そう言って、すっと手を差し出してくれる。
「ありがとう」
僕はその手を両手でしっかり掴み、紐で繋がったまま一緒に立ち上がる。
近い距離に、少しだけ胸が高鳴った気がする。
「もしかしたら、この時間内に走るぐらいはできるようになるかもね」
「……ですね。もうちょっと、頑張りましょう!」
互いに笑みを交わして、再び歩調を合わせて走り出した。