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1話ね

初めて書きました。


自分にブッ刺さるもの書いていて、気持ちよくなりたいと思ってますので生暖かい目で見守っていただけたら嬉しいです。

9月中旬 いまだに。うだるような暑さが続く。

 蒸し返すような湿気が肌にまとわりついて、制服の襟がやけに重たく感じる。


 ……いや、これは暑さのせいじゃない。たぶん緊張しているからだと思う。


歩き慣れない校舎の廊下を、担任の先生と並んで歩く。


 ガラス越しの教室からは、冷気と笑い声が漏れ出していた。

 廊下の暑さと相まって、自分だけがまだこの場所に属していないことを思い知らされる。

 

 ――この中途半端な時期に、転校か。

 心の中でぼそりと呟いて、さらに憂鬱になる。

 目的地に辿り着いた先生は、ドアの前でふと振り返った。


 「そんなに緊張するなよ、天野」

 僕の肩を軽く叩く。

 「気のいいやつらばっかりだ。……多分な」

 

 「……はあ」

 思わず、小さくため息がこぼれた。


 トビラが開いた瞬間、冷気が頬をなでた。

 それまでまとわりついていた暑さが、すっと引いていく。

 けれど緊張の熱は、身体の奥にまだ残っていた。


 先生に続いて教室に足を踏み入れる。

 教室中の視線が、一斉にこちらに向いた。

 ざわめきは一瞬だけで収まり、空気が静かになる。


 「はい、見ての通り転校生だ」

 先生が前に出ながら、ざっくりした口調で言った。

 「名前は天野(あまの) (みなと)。……みんな仲良くな」

 そう言って、こちらをみて、小さく親指を立てウィンクとグッジョブ、のポーズ。


 ……いくらなんでも、急すぎる。

 なんの前フリもなく振られて、思わず焦る。


 「あ、……天野 湊です」

 沈黙が続き、教室の静寂が、やけに耳に残る。

 「えーっと……特技は、両手でペン回しができます」

 自分でも「それ特技か?」とツッコミたくなる。


 「よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げると、

 どこからともなく、パチパチと拍手が起きた。

 タイミングを見計らったような、少し遠慮がちな音だった。


 先生に軽く促されて、空いている席に向かって歩き出す。

 教室の床を踏みしめるたびに、自分の足音だけがやけに大きく響いているような気がした。

 心臓も、まだバクバクとうるさい。


 周囲の視線が自分に注目しているのが分かる。

 ちらっと見る人もいれば、じっと見つめてくる人もいる。

 ――これって、好意的に見てくれてるんだろうか。

 それとも、ただの物珍しさか。


 席に着くまでのほんの数歩が、思いのほか長く感じた。

 まるで水の中を歩いているみたいに、全身が重い。


 もっと、うまく自己紹介できたんじゃないか。

 いきなりだったとはいえ、特技がペン回しって……

 他にもあっただろ、何か。何か……。

 ――いや、何もない。言えただけ、ましな気がしてきた。


 机の前に立ち、少し間を置いてから、静かに椅子を引いて腰を下ろす。


椅子に座り、思わず顔を覆ってしまう。内心でひとり反省会が始まっていた。

――いや、他にも言い方あっただろ。

“読書が好きです”とか“走るのが得意です”とか、なんでもよかったのに。

よりによってペン回しって……。


「こんにちは」


――いや、でも特技なんて誰も聞いてないだろし。むしろ印象に残らなかっただけマシ……か?


「あら?もしもーし」


もっとあっただろ。例えば「ウィダーinゼリーを十秒で飲めます」とか……いや、そこじゃなくて。


「ねぇ?聞こえてる?」


――下手したら、裏で「ペン回し君」とか呼ばれるんじゃないか。

……いや、誰がそんなあだ名つけるんだよ。


「ねぇ?大丈夫?」

そう言って、彼女は僕の肩をポンポンと優しく叩いた。


 そこでようやく顔を上げる。

 初めて、隣の席の人が自分に声をかけてくれていたことに気づいた。

 視線が合った瞬間、胸の奥の強張りがふっとほどけていく。


 柔らかい微笑み。

 それは作り物ではなく、自然に零れ落ちたような温度を帯びていた。

 のんびりとした雰囲気が、クラスのざわめきの中でもすっと浮き上がって見える。


「どうも〜。初めまして」

 軽く会釈する仕草も、かっちりとした所作ではなく、自然でやわらかい。


「隣の席の四季(しき) 彩葉(いろは)です。」


 その言葉は、お淑やかな響きを持ちながらも、不思議と堅苦しさを感じさせなかった。

 むしろ、張りつめていたこちらの緊張を、ゆるやかにほどいていくようなやさしい調子だった。


「これからよろしくお願いしますね」


 そう添えて、小さくお辞儀をする。

 その仕草もまた、自然でやわらかく、どこか品のある雰囲気を漂わせていた。


「……あ、天野……湊です。よろしく」


 自分の声が少し裏返ったのがわかった。

 けれど彼女は気にする様子もなく、口元にそっと手を添えてにっこりと笑ってうなずく。


「ふふ。よろしくね」


 その笑顔を見ただけで、胸の奥に溜まっていた重さが少し軽くなる。

 さっきまで緊張が全身に貼り付いているようで息苦しかったのに、ほんの一言でほぐされてしまった気がする。


「あ、そうだ……」


 小さく手をポンと叩いて、思いついたように言った。

「よかったら、私があとで学校を案内してあげるね」


 さらりと差し伸べられた言葉に、思わず「助かる」と心の中で呟いていた。


「おーい、仲良くするのはいいが、今はHR中だぞー」


 教壇から先生の声が飛んできて、僕らは慌てて前を向いた。

 けれど、不思議と頬が少しだけ緩んでしまう。


 ◇◇◇


 お昼を告げる音が響く。周りでは元気いっぱいの声が響くと彩葉はゆっくりと立ち上がり。


「じゃあ、約束どおり学校を案内するね」


 その言葉に僕は少し戸惑いながら問いかける。

「……でも、四季さんはお昼ご飯は?」


 小さく首をかしげ、手を添えて困ったように笑った。

「えっと……今日は忘れてきちゃって」


 そのほんわかした天然さに、思わずクスッと笑ってしまう。

「なら、しょうがないね」


 二人は一緒に教室を出ていく。

 初日のぎこちなさの中で、隣の席の子がこうしてわざわざ優しくしてくれるなんて――本当にありがたい。

 そう思いながら、僕は少し軽くなった足取りで歩く。

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