ダンジョンに連れて行って欲しいと依頼がきた。
一軒家の打ち合わせから一週間、台所をどうするのか? という話で色々ありすぎて困っていた。
そんなおり唐突に菊池さんから電話が掛かってきた。
電話の内容は、母親を養老渓谷ダンジョンに連れて行って欲しいとの事だった。
別に断る理由もなかったので、車で迎えに来るという話からアパートの前で待っていると、一台の乗用車が目の前に停止した。
「佐藤さん、お久しぶりです」
「2週間ぶりですかね」
「はい!」
後部座席に座っていたのは、菊池涼音さんで運転手は菊池涼音さんの母親だ。
ご家族を差し置いて助手席に座るわけにはいかない事もあり、俺は菊池涼音さんが座っている後部座席に座ると車は走り出した。
「佐藤さん」
横に座った俺に話しかけてきた涼音さん。
「なんですか?」
「今、無職って佐藤さんのお母さんから聞きました」
「そ、そうですね……」
うちの母親、口が軽すぎる。
「佐藤さんは、木戸商事の……あの女性とは会ってないんですか?」
「会うも何もビジネスパートナーだったから、毎日、顔合わせをしていただけで車の送り迎えもビジネスパートナーだったからですよ」
「――え!? ……そ、そうだったんですか……(と、いうことは、今はフリーということ? これはチャンスよね!)」
「それが何か?」
「いえ! 良ければ菊池家に就職しないかなと」
「農家に転職ってことですか」
「はい! どうですか? いいよね? お母さん!」
「そうね……。夫も他界してかなり経つし男手は必要だものね」
「なるほど……」
菊池家についてはよくは知らないが、菊池楓さんの旦那さんがかなり前に亡くなったという事なら、男手が必要なのも農家だから力仕事が出来る男が必要という理由で説明はつく。
だが、俺は養老渓谷に家を購入する方向で既に調整しているし前金も渡しているんだよな。
「本当に嬉しい話ですが、じつは養老渓谷ダンジョン近くに一軒家を建ててる状況でして、就職と言われても多古市までは遠いので……」
「――え? 佐藤さん、引っ越すんですか?」
寝耳に水のような顔で俺を見てくる涼音さん。
「はい」
そういえば、母親に一軒家を建築している事や、養老渓谷の方に引っ越し予定とかの話は一切していなかったな。
「そうなんですか……。やっぱり本格的にダンジョン攻略のためですか?」
「いえ。木戸商事との契約が切れる前に購入しただけなのでタイミングが悪かっただけです」
「そうなんですか……。これから大変ですね」
「いえ。慎ましく生活していくだけのお金は既に稼げましたので、特に問題はありませんので。あと土地は多めに買ったので農作物を自分で作りながら鶏を飼って自給自足でもしようかと」
「それって、佐藤さんも農家になられるということですか?」
「そうですね。あとは畜産も自分自身で消費できるだけチャレンジしてみようかと。せっかく一万坪の土地付きの家を建てるので」
「そ、そうなんですか……」
俺の話を聞いていた菊池涼音さんは、何かを考えていたかと言うと。
「佐藤さん!」
「はい?」
「私とかどうですか? 畜産も農作物も経験があります!」
「なるほど……」
つまり従業員として、そして指導員として雇ってほしいと。
「ですが、そちらの田畑の管理は大丈夫なんですか?」
「はい! 佐藤さんが手伝ってくれるのでしたら一瞬ですから!」
何故か俺が手伝うことが前提になっているが……。
つまり指導員として教えてやるから、採取とかは手伝えという等価交換というやつか。
「それで、佐藤さんのご自宅が完成するのは何時頃なんですか?」
「半年後と聞いていますね」
「そうなんですね! そういえば台所とかは具体的な感じは決まっているんですか?」
「打ちっぱなしのコンクリート製で、あとはプロ用の器材を入れようかと考えています」
「それって台所丸ごと水洗いできるようにという?」
「そんな感じですね」
「涼音」
「はっ! 佐藤さん、もし良ければ台所に関して、私がアドバイスしましょうか?」
「え?」
「将来、嫁とかもらったときに困りますよね! 台所は女の城って呼ばれるくらい重要なんですよ! 家とか、お母さんの身長に合わせてシステムキッチンの高さとか低くしてもらいましたし」
「なるほど……」
俺は、一生独身男性として生きていく予定だったから、そのつもりはないが台所に関しては、不動産会社との話で色々と行き詰っていた事もありアドバイスを聞くもの有と言えばありだよな。