無職に逆戻りした男~エピローグ~
神々のダンジョンがアップデートされてから一か月が経過した頃、木戸商事株式会社本社を俺は訪ねていた。
理由は、今までの契約内容に関してと言う事であったが、
「佐藤さん。この度は、いきなりの話し合いに応じて頂きありがとうございます」
申し訳なさそうに木戸綾子さんが頭を下げてくるが、
「おはようございます、木戸さん。自分も、こういう時が何れ来るとは思っていたので、気にしなくていいですよ」
「そうですか……」
社内を通り会議室へと通されたところで、室内には社長一人しかいない事に驚きながらも、木戸綾子さんに勧められた椅子に座る。
――社長。
木戸綾子さんの父親であり、木戸商事株式会社のトップである木戸義正。
男は、まずは頭を下げてきた。
「佐藤さん。この度は、真に勝手な話になってしまい大変に申し訳なく思う」
「いえ、気にしないでください。自分も、半年以上ずっと毎日働き詰めで休みがなかったので――。なので丁度、よかったと思っていますので」
氷河期世代の人口1700万人から2000万人。
当時、外国籍だった人と犯罪者を除いた人数としても、その人数は膨大であった。
そのため、【アイテムボックスI】を利用した農作物、海産物の持ち込みは膨大になり、俺のような大口ではなく小口から買い叩いて市場に流しても余裕で利益が出る構造になった。
何せダンジョンに行けば、いくらでも農作物や穀物、貝類などは採取できるのだ。
その結果、ダンジョン内の地下1階層から10階層までは、人混みで大変な事になっていたが。
「そう言ってくれると助かる」
木戸商事の社長である木戸義正は、ホッとした表情で頷く。
「それにしても小口買い取りと言う事でしたが、JAとか冒険者協会経由ですか?」
「いや、何十人かの冒険者と契約をした上でダンジョン産の物品を卸してもらっている」
「なるほど……」
まぁ、一人だけに頼むという歪な構造よりかは、アイテムボックスの容量が小さくても一人二人が体調不良で物品が卸せなくても数でカバー出来る方が会社としては安定するからな。
そこは理解できなくもない。
そして、それは俺が無職に戻る事を意味している。
ダンジョンが実装されて1年近くで150億近く稼げたのだから文句はない。
俺は深呼吸して気持ちを切り替える。
「今まで、契約をして頂きありがとうございます。また、良い縁がありましたら、その時は、よろしくお願いします」
「こちらこそ、今まで大変に世話になった。違約金として、1億円を払いたい」
「問題ありません。こちらとしては、今までの入金いただいた金銭だけで十分ですし、ポッと出の自分との契約を行って頂いた時点で恩があります。ですから違約金は必要ありません」
――立つ鳥跡を濁さず
自分自身が納得できたのなら、サクッと身を引く。
それは、俺の座右の銘に近い。
「そうか……。そういえば、佐藤さんは、これからもダンジョンに潜る予定はあるのかね? たとえば深層などに。今は、31階層に潜ることがブームなんだろう?」
「そこは考えていませんでした。今後、もし何かあって心変わりがあれば――、と、言ったところでしょうか」
「そうか……。最後に佐藤さん、本当に世話になった」
「いえ。それでは失礼します」
必要な取引内容の書類手続きをして俺は木戸商事株式会社をあとにした。
「これで、また無職か……。何をすればいいんだろうな」
エーオンをクビになったあと、木戸商事と取引をしてきたが、それが終わった以上、何をすればいいのか? という目標がなくなった。
幸い、短期的に稼いだ金はあるが、独身45歳の男に、150億円もの金を使う場面なんてものはない。
お金に苦労しないのはいいが、やることがないのも問題だ。
まぁ、金はあるし新しい仕事でもゆっくりと考えるとしよう。