前の会社は少しブラック企業だった。
「そうだったのですか。私は、その前に退職してしまったので」
「え?」
「――い、いえ。なんでもないです。そういえば、佐藤さんは教育係時代に教えた新人って全員を覚えていたりするのですか?」
「新入社員の教育係時代ですか……。正直言って、殆ど覚えていないんですよね」
「そうなのですか?」
「はい。通常業務、出張と自分の業務もある中で割り振られたって感じなので、教育担当した新人を覚えているのかと言えば、曖昧というか……」
「そ、そうですか……」
「普段からずっと疲れていたので、きちんと仕事を教えることが出来ていたのか? と、結構、後悔していますね」
あの時代は、仕事が多すぎて会社には朝5時に出社して、翌朝2時に帰るのは普通だった。
一応、残業代は払われてはいたが、万年、寝不足だったこともあり、レンタカーで営業はしていたが、注意力散漫だったこと、近場に駐車場がなかった時に路駐したことで小さな失点が塵積って山となり、運転免許が駄目になったんだよな。
それからは社内業務という感じになったが、月の残業時間が300時間とか一年間続いた結果の手取り50万プラスの給料だから正直言って、それは――、
「そうだったのですか……。苦労されたんですね……」
前職の会話をしていると銀行から木戸さんの祖父が出てくると「待たせて、すまなかったね」と、フランクに話しかけてきた。
「今回は、一緒に立ち会って頂き助かりました」
「気にしなくていいよ。それよりも、銀行が金融商品を佐藤君に提示してきたという事は、君を顧客と見たと考えた方がいい」
「そうですよね……」
「うむ。まあ、私としては、財テクはある程度は推奨しているが、それは知識があった場合に限られるからね。そのような知識がないと、普通に先行している証券会社やファンドに食い物にされる」
「それは確率としてということでしょうか?」
「100%だ。財テクなんてものは知識、何より広く一般人が仕入れることの出来ない情報をどれだけ得る事ができるかで変わってくる」
「……そうですか」
「ああ。ということで、今は、金融商品には手を出さない方がいいと私は思う」
木戸会長が、俺に対して指摘してくる。
まぁ、俺も自分が金融関係に関しては株式も含めて知識不足と言う事は理解しているので素直に頷く。
そのあとは税務署、税金に関して軽く俺にレクチャーしてきた木戸会長は、俺と木戸綾子さんをその場に残して去っていった。
「あれ? 木戸さん」
「はい」
「足が無くなりましたが……」
「佐藤さん、アイテムボックスの中に車を入れているのですよね?」
「知っていましたか……」
「都築より話は伺っていましたので」
やはり社内で俺の情報は共有されているようだ。
アイテムボックスの中からジープを取り出した後、木戸さんを助手席に乗せたあと養老渓谷ダンジョンへと向かう。
思ったよりも時間を使ってしまったので急ぐとしよう。
養老渓谷ダンジョンに到着すれば、いつも通り木戸商事のトラックが何十台と停まっていた。
いつも通り、稲穂付きの新米、青果、穀物、野菜を出してトラックに積んでいく。
膨大な容量を入れられるようになった俺のアイテムボックスは、ダンジョンを往復することなく、すぐに作業を終えることが出来た。
なので、
「今日は、木戸さんを会社までお送りしますね」
「いいのですか?」
「はい。いつも送ってもらっているので」
何せ、木戸さんも会長が去ってしまって足がないからな。