ノー! と、言える大人
「それで、そちらの方は?」
千歳という女性の視線が木戸綾子さんへと向けられる。
さて、何と説明するべきか。
俺の取引先の担当窓口と説明するべきか? いや、俺の個人情報を知られたくは……。
「佐藤さんの友人です。本日は、銀行関係者が来られるとのことでしたので、私も銀行には伝手がありますので、一緒にご同行出来ないかと思い伺いました」
「そうですか……。ですが、ご友人となると……」
「今は! 友人です」
「あ――」
木戸さんの言い方に何故か納得する銀行員。
そして、俺も納得する。
それは、間違いなく取引先の担当窓口だということ。
それを言わずに、友人という部分を強調することで、含みのあるような物言いで相手を納得させる手口。
「そうですか……、佐藤様も、それでよろしいのでしょうか?」
「もちろんです」
まぁ、友人ということで話が通るのなら問題ない。
「そ、そうですか……。将来的なことを含めて立ち会いたいということでしたら、当銀行としても、頷くしかありませんね」
「はい。よろしくお願いします」
「それでは、御社の――、銀行の方で話を聞かせて頂いても?」
「分かりました。車を持ってきます」
「場所は京葉線の千葉駅前で?」
「はい」
「では、銀行前で落ち合うという事で宜しいでしょうか?」
「佐藤様が、それでよければ」
俺の目の前で、さくさくと話が進んでいく。
それにしても、将来的なことか。
木戸商事との取引が、今後はどうなるか分からないが、それも将来的と言えば将来的だからな。
「お爺様。相手とのファーストコンタクトは成功しました。すぐに車を」
車を獲りにいった銀行員が場を去ってから、すぐに自身の祖父へと木戸さんは連絡していた。
2時間ほどして、興行銀行から出てきた俺は疲弊していた。
理由は、口座に突然振り込まれるようになった多額の金額の事と、金融商材を勧められたからであったが、全て木戸さんが必要ないと断っていた。
「金融商材とか見せられても分からないですね」
「おそらくノルマがあるかと。今までは銀行からは連絡などは無かったのですか?」
木戸さんが不思議そうな表情で俺に訪ねてくるが、俺は頭を左右にふる。
「そうですか。普通は、何億どころか数百万円の入金があった時点で税務署に連絡は行きますし、本人にも確認の連絡はいくはずですが……」
「そういう話は聞いたことがありますね」
俺は頷きながら口を開く。
「あれ? でも、佐藤さんの前職ってエーオンですよね? エーオンって、月収が50万円超えていませんでした?」
「いやー、出張で日本中飛び回っていましたけど、基本的に出張費用を立て替えた紙を上司に提出しても払ってくれない事があって、持ち出しだったんですよね。上司に通った立て替えとか2割もなかったので。あと携帯電話費用も高くて仕事でも使っていたので、月4万は余裕で超えていましたので」
「それも自腹ですか?」
「そうなりますね」
「あれ? もしかしてエーオンって額面通りの給料って稼げなかったりしました?」
「そうですね。手取りが50万円近くありましたけど、実際に使えたのは20万ちょいだったので」
まぁ、その中には家賃や水道光熱費、携帯電話代は含まれていなかったので、さらに手取りは減りましたけど。
やっぱり前職は出張が悪夢だったんだよな。