ダンジョン海を都築は見る
さて、出荷作業も終えたので、再度、養老渓谷ダンジョン地下10階層に戻ってきた俺と都築さん。
「はぁはぁはぁ……。あの……、佐藤さん……」
「何でしょうか?」
すでに極度の疲労に達しているのか、少し歩いては休息を繰り返していた都築さんは、俺に話しかけてくるときも対面は何とか繕いつつも大変な表情をしていた。
俺は、キュウリを齧りながら体力と疲労を回復していたので問題ないが、若返りの効果と体力と疲労の回復効果のある食材は、渡す相手を選ぶことにしている。
菊池さんの件があったので、念には念を入れてという意味だが。
「ここって見渡す限り、小麦と稲穂が広がっていますが、どこに海が?」
すでに午後10時を過ぎているので、冒険者が階段を降りてくることはほぼないので、階段近くで都築さんが息絶え絶えといった形で話しかけてきた。
まぁ、木戸商事としても10階層に海があるというのは、極力、知られたくない情報だろうから、その辺は海の話を切り出してくる前に都築さんが周囲を見渡していたので、推測はできた。
「そうですね。ここから車で2時間くらいの距離でしょうか」
「車で……2時間? それって……、かなりの距離があるのでは……」
東名高速なら、静岡から東京までぎりぎり行けるくらいの時間だ。
まぁ、それは高速道路という道がキチンと敷設されているからに限るが。
「そうですね。ただ、ダンジョン内には高速道路はありませんから安心してくださって大丈夫です」
「も、もしかして……、それって……、走って……」
「まー、とりあえず、こちらへ」
絶望した表情の都築さんと連れて階段から離れる。
そして、しばらく歩く。
10分ほど歩いたところで周囲に人影が無くなったのを確認したあと、アイテムボックスから、レンタカーを取り出す。
田畑の中の畦道に、突如! 出現したジープという近代科学の結晶たる乗り物、ジープ。
「え?」
唐突に目の前に出現したジープを見て都築さんの表情は固まる。
「……だ、ダンジョン内で……、……の、乗り物……?」
「都築さん、どうぞ! ここからはジープで海に向かいます」
「そ、そうか……! アイテムボックスの容量が大容量だからこそ! 車両を持ち運び出来て、それをダンジョン内でつかうことが……」
俺の話を聞いていないのか一人納得した都築さん。
「あの都築さん?」
「も、申し訳ない」
都築さんは、慌てて竹刀袋とクーラーボックスをジープに載せたあと、助手席に座る。
そして、しばらくすると都築さんの寝息が聞こえてきた。
まぁ、55歳にもなると肉体労働はかなりきついよな。
俺は、キュウリでドーピングしているからいいけど。
そう考えると1本食べただけで1時間前の状態に肉体が戻るって、ひょっとしてチートアイテムなのでは?
今回は、都築さんが寝ていることもあって3時間ほどかけて海岸線沿いの堤防前まで運転をした。
「都築さん」
「うー」
「都築さん」
「あー」
「都築さん」
「はっ!」
「大丈夫ですか?」
「あ……。も、申し訳ない! いつの間にか寝ていてしまっていて」
「気にしないでください。俺はダンジョンに、すでに数か月潜っていて慣れているので」
「そ、そうですか……」
「それよりも海に到着しましたよ?」
二人して車から降りる。
もちろんジープはアイテムボックス内に入れる。
堤防を越えて砂浜に出てみると、日が沈まない中、波が押し寄せては去っていく光景が目に入る。
「これは……」
都築さんは波に近づくと手を濡らして舌で、
「し、しょっぱい!? 間違いなく海か塩湖ですね」
「でしょう?」
「はい。それで、ハマグリとかアサリは……」
「この砂浜でとれました」
俺は都築さんが立っている場所を指さした。