お天道様は見ている。
養老渓谷ダンジョン前に到着した頃には、時刻は既に午後8時を過ぎていた。
「あれですね」
「佐藤さん?」
「これは本格的に、こっちに拠点を構えた方がいいですね」
「やっぱり私と長い間のドライブは気を使いますか?」
「いえ。長時間の運転ですと疲れて事故る可能性もありますし、往復5時間近くの通勤時間を考えると――と、思いまして」
俺の言葉に何故か強張っていた木戸さんの表情が柔らかくなった気がすると、
「そうですか。よかったです。――そ! それよりも、都築さんが到着しているみたいですよ?」
「どこですか?」
「あれです!」
「あれは……、RX-7ですね。しかも赤色の」
「そうなのですか?」
「昔の話ですが、公道で走り屋が乗っている漫画があってですね」
「そんな漫画があるのですね。佐藤さんが車好きなのを始めて知りました」
「男なら普通に知っていることですから」
何せ、大ヒット作品でアニメ化までしたのだ。
知らない男の方が少ないだろう。
「それよりも、都築さんは、どこにいるのでしょうか?」
運転席から外へと出ながら、周囲を見渡す木戸さん。
俺も助手席から外へと出るが、まだ午後8時と言う事もあり駐車場にも養老渓谷ダンジョン周辺も、大勢の人影が見えるし、車両も停まっている。
正直、周囲に100人以上の人と200台近くの車が停まっていて都築さんの車を木戸さんが見つけた方が奇跡と言える。
「さあ? 電話とか――」
「そ、そうですね」
木戸さんが都築さんに電話すると数コールで相手が出たのか、
「はい。それでは、お待ちしています」
「すいません。佐藤さん」
「どうかしましたか?」
「いえ。何かがあったというわけでは――、ただ都築が冒険者カードを発行していなかったので、こちらの千葉支店の方で冒険者カードを発行していたそうです」
「なるほど……。たしかに、持っていないとダンジョンに入った場合、色々と煩そうですからね」
まぁ、神々は冒険者カードについては何も言及していないようなので、国が冒険者の動向をチェックするために作ったカードなんだろう。
神々からは氷河期世代の人間なら、前科がついてない人間は入れると公言していたらしいからな。
尚、学生時代のイジメなども前科として容赦なくカウントされるので、そういうのは救済対象外らしく、家庭を持った男女がダンジョンに入れなかったことが判明したあと、家庭が崩壊したことが、かなりの件数あったらしい。
神々は相変わらず容赦ないな。
木戸さんと会話をしていると、「すいません。お待たせしました」と、俺達に話しかけてきた男がいた。
視線を向ければ、そこにはクーラーボックスを手にし、竹刀袋のような物を背負った都築さんが立っていた。
「いえ。無事に冒険者カードを発行できたようでよかったです」
「はい。それにしても学生時代のイジメも前科としてカウントされる仕組みがあったとは驚きました」
「そのようですね。お天道様は見ているというやつですね」
頷く都築さん。
「そうですね。学生時代のイジメというのは基本的に人の本性が如実に表面化されるものですからね。危険なダンジョン内で無暗に命を散らさないようにと神々が人の本性を理解した上で手を打っているのは当然と言えば当然ですね」
そう、だからこそ日本ではダンジョンが氷河期世代に当てて実装されたあとでも、プレイヤー同士でのいざこざは表面的には起きていない。
裏ではどうかは分からないが、ダンジョン内で問題を起こせば、再度、ダンジョンには入れないらしいので、色々と予防が取られているのだろう。




