取引先会社の福利厚生が充実していたらしい。
「少し役員と話し合いをしたいと思うのだが、佐藤さんは時間はありますかな?」
「はい。一応は――」
そう答える否や、綾小路秘書が会議室に入ってくると、
「佐藤様、それでは社内をご案内しますので、どうぞこちらに」
どうやら、俺が持ち込んだものは、かなりのモノだったようで即断即決は出来ないらしく、社内を案内してくれるようだ。
俺にとって木戸商事は、株式会社エーオンに居た時には、小さな地方のスーパーを数店舗経営している会社というイメージしかなかったが、社内を案内されたところ、無料の自動販売機などが置かれていたので、少し驚いた。
「これは――」
「以前は、有料でしたが、福利厚生の面から、会社側が全額負担してくれるようになって無料で自動販売機を利用できるようになりました」
「そうなんですか」
「はい。食堂も、一か月前から社員は無料になっています」
「へー」
「もちろん、野菜や米は全てダンジョン産で賄っていますし、フルーツも同じくダンジョン産です」
「それは、販売しているダンジョン産の商品を自分達も試飲、試食するという意味合いも含まれていますか?」
「はい。ただ、スーパー各店舗では、それは難しいですが。ただ、ここ一か月の間に福利厚生がしっかりとしてきたのは、かなりの売り上げが出ているからですので、佐藤様には感謝しております」
「そうですか」
まぁ、俺も数か月で40億円を超える振り込みが木戸商事からあったので、それなりに儲かっているのだろうという事は予測していたが。
――佐藤が自動販売機前で綾小路秘書と会話をしていた頃の会議室。
全員が、佐藤が去ったあとにテーブルに置かれたアサリとホンビノス貝とハマグリを見ていた。
そして――、木戸商事株式会社、宝塚専務は眼鏡を拭きながら口を開いた。
「木戸綾子営業課長、佐藤という人物は信用できる方なのですか?」
「はい。それは間違いありません」
「そうですか……。たしかに、これまでの取引からも農作物、フルーツ、穀物など佐藤という人物は木戸商事に膨大な――、膨大過ぎる利益をもたらしています。一か月の売り上げだけで、一年分の売り上げを叩き出している根幹を担っているのですから」
「そこまで分かっているのでしたら宝塚専務は、どうして佐藤さんを警戒しているのですか?」
木戸綾子が、ムッとした表情をすると、宝塚専務に詰め寄った。
「警戒をしない方がおかしいかと。今の木戸商事の売り上げの9割は、彼がダンジョンから持ち出している農作物、フルーツ、穀物が占めているのですから。何らかのトラブルがあって、それら取引が無くなった場合、木戸商事は、どれだけのダメージを受けるか考えておられないとは言いませんよ?」
「――ッ! 佐藤さんに限って、そんなことは……」
「我々は、彼の人となりを知らないんですよ? エーオンに努めていた時に、貴女の教育担当をしていたのが、佐藤 和也だとしても」
「……それは、分かっています」
「宝塚君。そのくらいにしたまえ」
話に割って入ったのは木戸義正であった。
木戸商事社長であり木戸綾子営業課長の父親。
「綾子の人の見る目は確かだ。こちらから不義理を働かない限り、佐藤さんは契約に関しては口を挟んでくることはないだろう。それよりも、今は、目の前の海産物に関して考えないといけないのではないのか?」
「それは、たしかに……」
渋々と言った様相で頷く宝塚。
話が一段落ついたかと思い、金宮営業部長が口を開いた。
大柄な体育会系のガタイではあったが年齢は既に60歳を超えている。
「海産物の輸送に関してですが、アイテムボックスには、生物は入れられないと聞きました」
「たしかに、そうだな」
日本ダンジョン冒険者協会に書かれているアイテムボックスの仕様を思い出しながら、木戸社長は頷く。
「それでは、ダンジョン内に冷凍設備のある工場を作る必要があるのではありませんか?」
「それは無理だな」
木戸社長は、バッサリと切り捨てる。
「以前に、その話が上がったときに、神々はメンテナンスとして一か月に一回、エレベーター以外の人工的構造物を全て初期化すると通達していた。――となれば一か月で工場を作ることは難しい。つまり、佐藤君が何とかすると言っていた言葉を鵜呑みにするほかはない。輸送関係は彼に任せるとして、我々はすることは、漁業権を有している自治体への対応ではないか?」