佐藤がクビになった後の会社な件
――株式会社エーオン、あらゆる産業に手を伸ばしているが主にスーパーやデパートを主戦場とした日本でも有数の大企業である。
会長職や社長までもが議員として活動しており政財界に絶大なる影響力を有しており、銀行業務や保険業務なども手掛けており、年商は5兆円を優に超えていた。
そんな本社の営業部門。
「何度言えばいいんだ! この無能がっ!」
灰皿を投げつけられて額に当たった20代の社員は、額から血を流しながら、
「すいません。長良部長」
「貴様に言ったよな? どんな手を使ってでもいいからプライベート商品の開発が企画部で決まったら食材を仕入れてこいと」
「わ、わかっております」
「分かってないから言っているんだ! これだから佐藤の下についていた奴は無能ばかりなんだ!」
「ですが、佐藤さんは、取引は誠実にと――」
「ふん! くだらん! 誠実なんてモノは必要ない! 一次産業に従事している連中なぞ学のない馬鹿ばかりだ!」
「そんなことは――」
「お前は何も分かってないな。一流大学に入れない人間や貧乏人が、一次産業という誰でもできる仕事をするのだ! 我が社は、そんな無能でも生きる糧を与えるために契約をしてやっているのだ! その時点で誠実! そのことを少しは自覚しろ!」
「……佐藤さんは、契約や取引は――」
「もう、いい! 山口! 貴様は、どうやら我が社には向いていないようだな! 明日から来なくていい!」
額から血を流したまま、山口と呼ばれた20代の正社員は、目の前で自説を力説している長良を見て歯ぎしりしていた。
「佐藤さんだったら……」
「どいつもこいつも佐藤! 佐藤と! あんなロートルのどこがいいんだ! アイツの契約書をみたか! 一次産業従事者に配慮したような契約書だぞ! 理解できん! 馬鹿は、馬鹿なりに利用すればいいんだよ! 世の中はな! そういう風にできているんだよ!」
長良は、苛立ちながら椅子に座る。
最近のエーオン営業部の成績が急速に悪化していること、それはロートルで無能な佐藤という部下がクビになったと知った一次産業従事者たちが、契約破棄を打診してきたからであった。
そのせいで、食品販売部門、とくにプライベートブランド商品の生産ラインが急速に品薄で悪化しつつあったのであった。
「いつまで、そこで座っているつもりだ! 貴様はクビだ! さっさと出ていけ!」
長良が、吐き捨てるかのように口にしたところで、「長良部長、人事部を通さずにクビにするのは問題がありますよ?」と、営業部で長良が怒りのあまり叫んでいたことで、第三者が入ってきたことに気がつかなかった長良は、話しかけられたことで、
「山菱――」
「これはどうも、長良さん」
「何のつもりだ?」
「それはこちらの言葉です。まだ彼は20代、まだまだ使えますし、何より――」
そこで話に割って入ってきた山菱は、山口の方を見て溜息をつく。
「山口君、本当に申し訳なかった。しばらくは静養してくれたまえ。怪我についても此方の方で手続きをしておくから病院に行く必要はないからね」
「――え?」
「行く必要はない……わかったね? 君のご家族は、母親一人だったかな? 母一人で育ててもらって一流大学を卒業して我が社に入社したのだろう? 入社して1年以内でクビになったら大変だろう? 再就職は大変だろう? 私は、寛大だから君にチャンスを与えてやっているんだ。わかったね? 大ごとは駄目だよ?」
「は……はい」
「では、今日は帰りたまえ」
「失礼します」
「うん。2週間は静養したまえ」
表情を真っ青にして顔を強張らせたまま営業部から出ていく山口の後ろ姿を二人の部長は見送ったあと、山菱部長は、長良へ視線を向けた。
「長良部長、注意するのは良いが、体に傷をつけるような真似は止してくれ。今回は、ウィークポイントが山口君にあったから良かったが、そうでなければ訴えられている可能性もあったんだぞ? そうなったら――」
山菱はニコリと笑みを浮かべる。
「分かった、分かった。気を付ける」
「理解してくれて助かる。では、私は会議があるから失礼する」
営業部から出ていった山菱。
山菱が出て行ったあと、深く長良は溜息をつくと「人の皮を被った獣が良く言う」と、口にした。




